新人営業の〝頼れる先輩〟になるAIで金融業務を変革——生成AI、成長の方程式/MILIZE 代表取締役社長 田中徹氏 #ms4su

本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups Founders Hub」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している

既に日常生活にも浸透しつつある生成AIテクノロジーですが、明らかな成果を出すために活用するには、知識やデータとの組み合わせが欠かせません。今回のシリーズでは、生成AI技術の活用によって、ビジネスやサービスに革新的な成長をもたらそうとしているスタートアップの事例を取り上げます。

今回紹介するのは、テクノロジーを用いた金融の民主化に取り組むMILIZEです。同社では複数のフィンテックプロダクトやAI技術を用いて金融機関と個人をつなぎ、「金融をより簡単に、わかりやすい形にして届ける」ことに挑んできました。そんなMILIZEの事業は、生成AIの登場によってさらに進化しているとのこと。同社の取り組みについて代表取締役社長の田中徹氏に聞きました。

テクノロジーで金融を民主化する

現在MILIZEの事業はフィンテック事業、AI/DX事業、金融ビジネス事業の3つから構成されています。

金融機関に対してフィンテックツールやAI技術を提供する傍ら、個人向けにもツールを提供する。さらにはライセンスを取得し自ら〝金融機関〟として金融サービスも手がける。このようにMILIZEの事業領域は広いですが、2009年の設立から一貫して金融領域でサービスを手がけてきた中で培った技術や知見、複数のプロダクトは同社の大きな特徴です。

例えばMILIZEではライフシミュレーションやロボアドバイザー、保険診断、住宅ローン診断といった十数種類のフィンテックアプリケーションを金融機関に提供しています。これらのツールは「金融機関の自社サイトやモバイルアプリ内の1サービス」として消費者に届けられるため、MILIZEは金融機関のDXや事業拡大を後押しするのと同時に、消費者の利便性向上にも取り組んでいるわけです。

提供しているツールはどれかひとつだけでもスタートアップを1社作れるようなものですが、MILIZEの場合は金融全般のツールを自ら開発することで、顧客のニーズに合ったものを柔軟に組み合わせて展開できるのが強み。ツールから収集されたデータは金融統合データベースに集約され、CRMのデータなどとも合わせれば、顧客ごとにパーソナライズした情報提供やポートフォリオの分析にも繋げることができます。

MILIZEの顧客は銀行や証券会社、保険会社などの大手金融機関や事業会社が中心です。その背景には、「事業者間の垣根がなくなってきている」という金融業界の変化があると田中氏は話します。

保険会社が資産運用サービスに進出する、反対に銀行が自社で保険商品を扱えるようにするといった動きが業界内で加速。かつては特定の分野のみで事業を展開していた金融機関が領域を拡張し、「総合的な視点から、個人の役に立つ金融機関へと転換する動き」が活発になってきています。その上で、それらのサービスを〝デジタル上〟で提供する企業が増えているのです。

MILIZE 代表取締役 田中徹氏

(金融ツールの)ラインナップが豊富であるため、比較検討しながら自社に必要なものを統合して導入できる点が選ばれる理由になっています。また、実はAIとフィンテックの両方を一緒にやっている会社がそもそも少ないのです。AIのアナリストや開発者が在籍しているのも特徴ではありますが、そこに金融業界のビジネス経験があるメンバーがプロジェクトの潤滑油として加わることで、業界のニーズを深く理解したフィンテックサービスや金融AIを実現できるのが強みです。(田中さん)

田中氏がそう話す通り、金融の民主化を掲げるMILIZEにとってAIの活用は大きな柱の1つです。これまでも市況予測や需要予測といった予測系AI、信用スコアリングモデルのような判定系AIをはじめ、AI技術の研究開発やPoC、システム化を進めてきました。その一環として現在力を入れているのが、生成AIの実用化です。

生成AIが頼れる先輩やパートナーに、金融業務の新しい形

生成AIを用いた営業担当者のサポートサービス「FinAd」はその代表例です。

ChatGPTを活用したこのシステムは、営業パーソンが「新規顧客と初めてお会いするときのアイスブレイクネタを考えてください」「以下の顧客情報から豊かなセカンドライフに必要な資金を提示してください」といった問いをチャットで投げかけると、AIがアドバイスを生成してくれるというもの。AIが新人営業パーソンの〝頼れる先輩〟となって、助言をくれるようなサービスと捉えることもできそうです。

Image credit: MILIZE

FinAdの開発にあたってはAzure Open AI Serviceに加えて、データ統合基盤のDatabricksを活用。既存の顧客管理システムやMILIZEの人生設計ツールのデータと連携することで、顧客の情報に基づいた個別の提案内容がスムーズに生成されるといいます。

特に新人や若い営業担当者の場合、どのような会話や質問をするべきかがわからないということも多いです。画面上ではうまく活用している先輩たちの質問内容(プロンプト)や、よくある質問の内容がわかり、熟練の知識や現場の経験がなくても顧客に寄り添ったアドバイスができるような世界観を目指しています。人生設計ツールなどのデータを逐一ChatGPTに打ち込むのは大変なので、Databricksを活用して複数のデータソースを1つのデータレイクハウスに連携し、タイムリーに精度の高い分析結果が得られるような基盤も作りました。(田中さん)

時事通信と組んで開発した法人営業サポートサービス「NewsAd」も、生成AIが担当者のパートナーとして業務を手助けするプロダクトです。NewsAdでは担当先など特定企業のニュースやIRの外部情報を自動で取得し、重要度をスコアリングするほか、情報の要約や提案内容のアドバイスもします。

例えば倒産の予兆など危険な兆候が見られるニュースが検出されれば、いち早く取引のリスクが高いことを示唆する。反対にポジティブなニュースが出た場合には、顧客へ積極的にアプローチをするべきだと提案内容とセットでアドバイスをする。そのようなイメージです。

Image credit: MILIZE

企業ごとに直近のニュースやIR資料などから情報を集め、その情報を自社のサービスと紐付けながら分析し、提案書を作る。この一連のプロセスはこれまで営業担当者が人力で担っていました。このプロセスを細分化した上でAIを取り入れることによって、「極端に短縮することができる」と田中氏は話します。

金融にまつわる業務は他の領域と比べても「パターン化」できる要素が多いため、全般的に生成AIを活用できる余地が大きいというのが田中氏の考えです。

「LLMのその先」の実現へ

上述したように、MILIZEでは以前からAIの活用を進めてきました。ChatGPTについても早い段階から研究開発に取り組んではいたものの、チャットで社内のFAQやQ&Aをおきかえる「AIチャット」のような概念自体は数年前から存在していたこともあり、「当初はそこまで新鮮な印象は持っていなかった」(田中氏)といいます。

ただ試行錯誤をする中でNewsAdのような使い方ができるのであればLLMや生成AIの力が十分に発揮されると感じ、マイクロソフトのサポートを受けながら急ピッチで実用化に向けた研究開発を進めてきたそうです。

NewsAdのようなシステムを作る場合、今までであればサマリーの生成やスコアの算出、関連するキーワードの抽出などの仕組みを実現するにあたって、いろいろなモデルを組み合わせる必要がありました。それがLLMの発展によって、1つのモデルだけで全て実現できてしまうということが増えてきています。人間の作業をどんどん減らしてくれる、統合されたモデルのようなものを作れるようになってきたことで、(開発にかかる)工数も削減でき、精度も上がってきている。そこに大きな可能性を感じたのです。(田中さん)

日本マイクロソフト Digital Startups & ISV 事業本部 Account Directorの金光大樹氏

主にAI分野でMILIZEとの連携を進めてきたというマイクロソフトにとって、こうした取り組みはどのように映っているのか。日本マイクロソフト Digital Startups & ISV 事業本部 Account Directorの金光大樹氏は次のように話します。

金融における幅広いタッチポイントを抑え、領域を横断しながらAIとデータを軸としたサービスを展開されているのはMILIZEの特徴ではないでしょうか。マイクロソフトとしても機械学習分野からご一緒したいという考えがあった中で、生成AIだけでなくDatabricksをうまく活用いただいている点でも親和性がある(マイクロソフトではAzure Databricksを展開)と感じています。営業の玄人じゃなくてもパフォーマンスを発揮できるようにするという試みは、AIにおけるマクロソフトのCopilotの考え方とも共通しており、連携しながら質の高いサービスを提供していければと考えています。(金光さん)

MILIZEでは次の試みとして、予測系やスコアリングモデルなど複数のAIと同時にLLMを活用したプロダクトの開発にも取り掛かっているといいます。

例えば株取引の際、金融機関は財務データを分析し、ニュースやチャートを見ながら状況を捉え、銘柄の売り買いを判断します。このような複合的なデータをLLMがバランスよく取り入れながら、最適な判断をしてくれるようなシステムを作り始めています。LLM単体でも十分に価値はあるのですが、要素とするデータにもAIが計算した結果や導き出した推論をうまく活用していくと、さらにLLMが引き立つ感覚があるんです。金融機関がやってきたことにかなり近づけると感じているので、LLMのその先の実現に向けてチャレンジしていきたいです。(田中さん)

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