きめ細かい表現へのこだわりを実現したチャットボット「BOTCHAN」——生成AI、成長の方程式/wevnal 執行役員CTO 鈴木和男氏 #ms4su

本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups Founders Hub」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している

既に日常生活にも浸透しつつある生成AIテクノロジーですが、ビジネスで成果を出すために活用するには、知識やデータとの組み合わせが欠かせません。今回のシリーズでは、生成AI技術の活用により、ビジネスやサービスで革新的な成長を遂げようとするスタートアップの事例を取り上げます。

今回紹介するwevnalは、ウェブマーケティング領域における顧客のLTV(Life Time Value:顧客が企業にもたらす予測利益の総和)最大化を支援するサービス「BOTCHAN」を提供しています。以前からAIをプロダクトに取り入れていたwevnalですが、生成AIテクノロジーの導入によって、どのような課題を解決しようとしたのでしょうか。wevnal執行役員CTOの鈴木和男氏に聞きました。

顧客からの自由度の高い質問にも答えられるチャットボット

BOTCHANがターゲットとするウェブマーケティングの領域では、この数年増加する顧客獲得コストと顧客の離脱率の高さによるLTVの伸び悩みが課題となっています。そこでwevnalでは、ウェブマーケティングの各ファネルに対応するかたちでプロダクト群を展開してきました。

一連のプロダクトには、集客したユーザーの離脱を減らすため、ポップアップ等でユーザーをLINEへ誘導してコミュニケーションを継続する「BOTCHAN Engagement」、決済フォームの代わりにボットによるコミュニケーションでユーザーの入力ハードルを下げて商品購入を促進する「BOTCHAN Payment」、継続利用を促す「BOTCHAN Relation」、解約希望者から真の解約理由を引き出して継続を支援する「BOTCHAN Keeper」といったものがあります。

これらのプロダクトでは、導入企業があらかじめ設定したシナリオに沿って顧客とコミュニケーションを行う「ルールベース」のチャットボットが使われています。ルールベースのチャットボットは、予定外の質問に対応することが非常に困難でした。そこで、この問題を解決するために生成AI技術を取り入れたプロダクトが「BOTCHAN AI」です。

BOTCHAN AIは、ウェブマーケティングのフェイズ全般に対応。生成AIを活用し、自由度の高い質問にも回答することで、顧客の不安や不満解消を図れます。また、例えばコミュニケーションの中で「やはり解約しよう」と顧客が判断した場合はシームレスに解約ロボットへ対応をつなぐなど、業務の効率化を可能にしています。

Image credit: wevnal

生成AIの活用でボットの柔軟な対応を実現

wevnalは、もともと自社でAIモデルを開発していたといいます。しかし、この方法では顧客ごとにモデルを設計する必要があり、開発コストのほかにホスティング費用もかかるため、月額数百万円規模で利用できる大口の顧客に限定されてしまいます。それがChatGPTの登場により、状況が一変しました。

いち早く生成AI活用の流れに乗るべく、wevnalではマイクロソフトの「Azure OpenAI Service」経由でGPTモデルを利用できるようにプロダクトの仕様を変更し、顧客へ提供するようになりました。プレビュー提供開始は、2023年3月のことです。

Azure OpenAI ServiceでChatGPTが使えるようになったその日には、仕様を切り替えてプロダクトをリリースしていたので、日本でもかなり早い段階から使わせてもらっているユーザーの1つかと思います。(鈴木さん)

ChatGPTの導入にあわせてwevnalでは、企業独自のデータを応答のベースに使える「Azure AI Search」も適用しました。ChatGPT単体では、営業時間や店舗数といった顧客ごとに特有のドメイン知識に対応することは困難です。モデル自体に覚え込ませる方法もありますが、コストがかかります。そこで、Azure AI Searchにより、情報検索を組み合わせた文章生成「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」を実現。外部情報の取得により、情報変更にもBOTCHAN AIが柔軟に対応できるようにしました。

「BOTCHAN」
Image credit: wevnal

BOTCHANはマーケティング領域の課題解決プラットフォームであることから、主にB2Cのコミュニケーションを対象としています。このため、生成AIの応対であれども、言葉遣いやブランド体験への配慮が特に重視されています。

一般企業では社内FAQなどの社内向けDXや研究目的でのChatGPT導入事例が多く、情報さえ合っていれば、細かい言葉遣いなどを社内メンバーから問われることはありません。「おもてなし」を標榜する高級ホテルに宿泊するときに粗雑な言葉遣いをされたら、ちょっと腹が立ちますよね(笑)。ブランド体験まで考えると、言葉遣いはとても大事です。また、回答内容が長すぎても短すぎても、お客様にはお叱りを受けます。

私たちには美容系事業者の顧客も多く、細部にわたる表現のこだわりや薬機法(医薬品医療機器等法)などの規制に配慮した高精度のコミュニケーションが求められます。そうしたデリケートな部分に、プロンプトエンジニアリングと顧客から預かったデータの情報整理という両面で取り組んでいます。難しい領域ですが、面白いところです。(鈴木さん)

wevnal執行役員CTOの鈴木和男氏

リリースから約1年を経たBOTCHAN AIは、現在40社以上に導入され、導入待ちも数十社控えているとのこと。導入企業には、EC企業、百貨店やスーパーマーケット、美容クリニック、法律事務所などの士業のほか、行政機関の渋谷区(実証実験)なども含まれているそうです。現在は、導入後のオペレーション、特にデータ整理などの部分の最適化を進め、納品速度と品質の向上に努めているといいます。

wevnalでは今後、BOTCHAN AIとほかのプロダクトを通じて、ユーザーのLTVデータを顧客化前から獲得後まで取得し、分析することで、マーケティングの入り口となる広告によるLTVの向上など、プロダクト全体で価値を提案できるような改善を目指しているとのことです。

Azureのスタートアップ向け機能をとことん活用

鈴木氏は、プロダクト運用で実際にAWS、Azure、GCPの3大クラウドを利用し、エンジニアコミュニティの「Qiita」で各クラウドを比較した記事を掲載したところ、広く注目されました。そんな鈴木氏が、Azureはスタートアップ向きだと感じているそうです。

スタートアップは、サービスを試しに作ってはやめるといったスクラップアンドビルドを行うケースが多いですが、それがAzureではやりやすい。そこで金光さん(日本マイクロソフト Digital Startups & ISV 事業本部の金光大樹氏)に相談しながらサポートしてもらい、Azure Container Appsを活用したアーキテクトに移行しました。今は約1時間で新しい環境の構築を終えられるようになっています。

大企業が社内環境をクラウドに移行する「リフトアンドシフト」の事例は、Azureでもよくありますが、スタートアップ向けのサービスでもあるのです。(鈴木さん)

日本マイクロソフト Digital Startups & ISV 事業本部 Account Directorの金光大樹氏

日本マイクロソフト Digital Startups & ISV 事業本部 Account Directorの金光大樹氏は、モダンなサービスをいち早く取り入れたwevnalに対し、マイクロソフトとしてもよりよく使いこなすための支援を実施しているといいます。

wevnalにはプロダクション環境で自社のSaaSとAzureの組み合わせを実践していただき、実際に多くのコンシューマーのエンドユーザーがいらっしゃいます。早くからのAzure OpenAI Serviceの事例ユーザーとして、非常にうまくLLMとのお付き合いをされていると思います。(金光さん)

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