我々はデータを過信しているのか? マルコム・グラッドウェルが説くSnapchat、Facebook、Airbnbの問題

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via Flickr by “A Health Blog“. Licensed under CC BY-SA 2.0.
via Flickr by “Kris Krug“. Licensed under CC BY-SA 2.0.

昨夜、フューチャーリストでジャーナリスト、予言者であり作家のマルコム・グラッドウェル氏は、データドリブンマーケティングのテクノロジストのほとんどに対して、データは救いにならないと語った。

事実、不幸の元凶と言っても良いかもしれない。

「データが多ければ自信になるが、精度が増すことはない」と、シアトルで開催されたモバイルマーケティングアナリティクスプロバイダのTuneによるPostback 2015イベントで語った。「マーケターの過信を諫めるべく、どういう点でデータが役に立たないかを示しましょう。」

Snapchatの問題

グラッドウェル氏によると、55歳以上の平均的な人が1年間に送るテキストメッセージの数よりも、25歳以下の平均的な人が1日に送信するメッセージの方が多いという。それがデータが示すことだ。

データが教えてくれないのはその理由だ。

「データはその行動の本質を教えてくれません。それは、それまでの成長環境による特徴かもしれませんし、世代に関する特徴かもしれません」とGladwell氏は言う。

Gladwell氏の話における成長上の変化とは、人が年齢を重ねるごとに起こす行動のことだ。たとえば「殺人は若者にとってゲームなのだ」と同氏は言う。殺人事件の犯人のほぼ全員が25歳以下の男性なのだから。同じように、40歳を超えていると自動車事故での死亡は「統計上」あり得ないことになる。つまり、人間は年をとるにつれて成長上の変化は少なくなる。そうした変化は長期にわたってずっと続く真の行動の転換ではない。

一方で世代的な変化は異なる。世代の特徴をなす行動であり、世代という集団が成長し、その行動をし続ける。例えば、ベビーブーム世代の人たちがさらなる自由と報酬を求め、そして雇い主と被雇用者の関係転換を要求したため、この世代の人たちは1970年代に「米国内のあらゆる職」に変化をもたらした、とGladwell氏は述べている。

問題はSnapchatのような行動が成長由来なのか、あるいは世代由来なのかということだ。

「この質問に対する答えの中には、Snapchatが10年後も存在しているかどうかの答えが隠されています」とGladwell氏は言う。

Facebookの問題

Facebookは巨大で途方もなく、文字通りとてつもない規模で10億人を超える人を結びつけるソーシャルネットワークである。それがデータが示すことだ。

データが私たちに伝えることができないのは、Facebookがどうなるか、限界はどこなのかということである。

「Facebookはまだ初期段階にしかなく、電話に例えるならば、電話で無駄話をすることが考えられなかった時期にあるようなものです」と、初期の電話のマーケターが電話はビジネス目的だけのものと考えていたことを引き合いに出してGladwell氏は語った。「結論を出すときは注意深くなければいけません。今の現状について何か見ることはできますが、どこに向かっていくかということはわからないのです。」

なぜか?

新たな技術の普及は私たちが思っているより時間がかかるのが常だとGladwell氏は言う。電話による最初の交信は1878年に行われたが、それが普及したのは1920年代のことだ。ビデオテープレコーダーが生まれたのは1960年代のイギリスであったが、大きな転機がやってきたのは1980年代になってからだった。テレビや映画業界からの騒々しい反対運動も相まって、ビデオは業界を駄目にしてしまうと信じられていた。

ただ革新的なテクノロジーとはそういうものだ。

Facebookのような革新的かつ複雑なテクノロジーであれば、それが本当の意味で表に出てくるにはさらに長い時間がかかるだろう。

「新しく大きなイノベーションはみな普及し理解されるのに長い時間がかかります。歴史を振り返れば、今日のFacebookは明日の姿とは全く異なるのです」とGladwell氏は語った。

Airbnbの問題

シェアリングエコノミーとそれを体現するAirBnB、Uber/Lyft、さらにeBayなどの企業は山火事のような勢いで広まっているが、信頼によって成り立っている。

しかしながら、信用や信頼性に関する最近の意見調査では、特にミレニアル世代(2000年代に成人を迎える人々)で、信頼は史上最も低くなっている。教会や議会、大統領などアメリカの10の「制度・組織」のうち、ミレニアル世代が信用していたのは軍と科学の2つだけだったという。

「これらは複数のデータです。データが私たちに伝えられないこととは、その信憑性です」とGladwell氏は述べた。

「データは私たちに人の考え方に関する現在の状況を示してくれますが、その状況がどのように形成されたかについては教えてくれません。では、どちらが正しいのでしょうか。人は他人を信頼していないのでしょうか。統計が示すように。もしくは、調査対象者が調査に対して嘘をついているのでしょうか。」

歴史的背景は参考になる、とグラッドウェル氏は言う。

背景とはつまり、過去数十年に渡るアメリカ社会の大変遷、つまりは凶悪犯罪の劇的な減少のことだ。例えば、1990年代のニューヨーク市では2,000件以上の殺人が発生した。昨年はわずか300件であった。同じ期間内で、10万人当たりの全凶悪犯罪指数は、2,500から500まで減少した。

「それはつまり、インターネットや携帯電話で育ってきたというだけでなく、犯罪とは何なのかということを個人のレベルで身をもって理解することなく育ってきてしまった世代が存在するということです」とGladwell氏は言う。

団塊の世代は、個人のレベルで犯罪というものを体験してきており、人を信用してはいけないという強力な根拠を与えられてきた。しかしそれに続く世代は、心理学者が「嘘がないのが当たり前の世の中」と呼ぶ状態に戻りつつある。言い換えれば、ある人が何かを言えば、それに反する証拠を目にするまでは、それは真実であるということである。

「ミレニアル世代はずいぶん人を信用する世代だと思います」とGladwell氏は述べた。「そんなことはない、と彼らが言う時は嘘をかましているのです」

ともあれ、その言葉が真実かどうかは、シェアリングエコノミーの未来にとって極めて重要なことだ。

マーケターに仕事がある理由

データの中に不備があるといよりも、データそれ自体に不備があるという点がマーケターに仕事がある所以であるとグラッドウェル氏は言う。実際、それ以上の意味がある。

「あなたの職業が単なる業務ではなく職業である理由は、あなたの役割がデータの中に真実を見出すことであるからです」と彼は述べた。

そして、それは大きな挑戦である。

【via VentureBeat】 @VentureBeat
【原文】