Duolingoに学ぶ〝Employee Experience〟のベストプラクティス(1/3)

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本稿は独立系ベンチャーキャピタル、ジェネシア・ベンチャーズのインベストメントマネージャー水谷航己氏によるもの。原文はこちらから、また、その他の記事はこちらから読める。Twitterアカウントは@KokiMizutani。ジェネシア・ベンチャーズの最新イベントなどの情報を必要とする方は「TEAM by Genesia.から

事業を成長させるために必要な強い組織創りは、唯一解があるわけでもなければ、ここまでやれば終わりというゴールがあるわけでもなく、頭を悩ませている経営者や人事担当者の方も非常に多いかと思います。

自分自身も強い組織創りについてのnoteを書いたりしながら、思索を深める日々を過ごしています。そんな中、USのスタートアップの組織創りに関するベストプラクティスの一つとして Duolingo に話を伺う貴重な機会を頂きましたので、その取り組みについてまとめてみました!

2019年11月23日、都内で開かれたユーザイベント「Duolingo Super Night」から
Image credit: Duolingo

Employee Experience

組織創りの重要性については、日本のスタートアップコミュニティの中でも認識が共通化され、ビジョンやミッションといったコーポレート・アイデンティティーの言語化、バリューや行動規範の策定を通じた思考やアクションに関するスタンスの重み付けといった取り組みが各社で進められています。

しかしながら、実現したいビジョンやミッション、各メンバーに体現してほしいバリューを定めるだけで、強い組織ができるわけではありません。

自社のカルチャーにフィットした優秀なメンバー達が、キャリア実現の場として、高い生産性を維持しながら長期に渡って会社で活躍してもらうための組織創りのキーワードとして、Employee Experience(EX)を挙げることができます。最近、耳にする機会が増えてきた単語です。

このEmployee Experienceについて、解像度高く具体的なイメージを持つことができる人は、自分も含めて、まだ多くはありません。

PwCが日本企業を対象に実施した調査によると、「Employee Experienceを自社の人材マネジメントにおいて重要」と考える企業は89%にのぼる、にもかかわらず、「EX向上のための施策を既に検討・実施していた」「具体的な事例まで知っていた」という回答は約2割にとどまっています。EXの重要性には気付いていながら、その知見は日本において普及していない状況です。

Employee Experienceの重要性については、科学的にも検証が進んでいます。MITのある研究によると、EXに優れたTop 25%の企業は、Bottom 25%の企業と比較すると、

  • 顧客満足度(NPS)が2倍
  • 革新性(新商品や新サービスによる収益比率)が2倍
  • 収益性が25%高い

というビジネス上の成果を得られているようです。

Image credit: Center for Information Systems Research, MIT Sloan School of Management

Duolingo社について

水谷翔氏(写真は、水谷氏のツイッターから)

今回は、世界で最も利用されている外国語学習アプリを開発しているDuolingo社で、Employee Experienceを担当されているSenior Managerの方にお話しをお伺いさせて頂きました。

Duolingo社で日本と韓国のカントリーマネジャーを務めるSho(水谷翔)さんにインタビューのアレンジをしてもらいました!貴重すぎる機会をありがとうございます!

Duolignoは、高度な外国語学習ができるアプリ(AppleAndoroid)で、Shoさんに紹介してもらってから、水谷も200日以上連続で利用して中国語の勉強を継続しています。

ユーザーが無理なく学習を継続していくための仕掛けが、アプリの中に多く備わっている、とても素晴らしいプロダクトです。ユーザーはなんと無料で利用できます。

Duolingo社は、世界中の人々が無料で外国語を学習できる夢のようなアプリを開発しているUSのスタートアップで、先日、NasdaqへのIPOを果たしました。そんな注目を集めるDuolingo社ですが、成長の裏側にあるEmployee Experieceの取り組みに迫るべく、インタビューに移ります。

① Employee Experienceをいつから大事にしてきたか

Elise Walton 氏
Image credit: Duolingo

今回は、Duolingo社のElise Waltonさんにお話しをお伺いしました。

Eliseさんは、People Team所属のSenior Employee Experience Managerという肩書を持つ方ですが、EXを冠する役職が確立され存在していることに、まず驚きがありました。

さらに、HR Teamではなく、People Teamという部署名の表現選択からも、メンバー各人に向き合っている印象を受けました。また、日本でも注目度が高まっているDiversity & InclusionもEmployee Experienceの文脈で捉えているという点も、学びがあります。

ということで、肩書や所管領域だけでもWowがあったEliseさんという専門の役職者によって推進されているEmployee Experienceが、Duolingo社ではいつから重要視されてきたのか、聞いてみました。

創業者のLuisが会社を立ち上げたその日から、Duolingo社ではEmployee ExperienceとCultureをとても大事にしてきました。

彼にとってDuolingo社は三社目の起業です。初めの二社ではEXやCultureは必ずしも考慮されていませんでした。ただ仕事を早く終わらせていくために人を雇用していて、メンバーへの特段の配慮もなかったから、とても大変な職場環境だったと思います。

そんな二社での経営経験を経て、Duolingo社では創業一日目からEXとCultureが優先されてきたため、私たちはとても幸運でした。

Luis von Ahn 氏
Image credit: Duolingo

スタートアップの創業期は、プロダクト開発やユーザーニーズの検証に経営チームのリソースが優先され、ヒトや文化への投資は後手になりがちです。結果としてメンバーがバーンアウトしてしまったり、ブラックというレピュテーションが生まれてしまいます。

しかし、連続起業家だからこそ、創業期からEmployee Experienceにコミットしていたという話には、説得力があります。

そんな思想の下で立ち上がったDuolingo社にて、EliseさんはEmployee ExperienceのManagerとして、どのような役割を担ってきたのでしょうか。まずは入社の経緯を伺いました。

大学ではアートの学位を取得して卒業後、芸術系の仕事を複数掛け持ちしている中でDuolingo社に仕事で出入りする機会があり、たまたま知り合いに誘われて、Office Managerとして入社しました。

アートの世界では、作品を鑑賞するヒト側の視点に立つ体験設計を考慮することが大事にされてきたこともあり、Duolingo社でのオフィスを設計していく仕事には、とても親和性がありました。余談だけど、2015年の時点でZoomの導入を決めていた自分の先見性は、とても誇らしいです。

Eliseさんのキャリアはとてもユニークで、Employee Experienceの役割を果たしていく上でアートのキャリアが効いているというのは一見意外でしたが、EXについて考えていく上ではとても示唆深いです。

アートの世界における「制作するアーティスト側の視点」と「鑑賞する消費者側の視点」の二つの視点の持ち方を会社組織に応用すると、「経営者視点から見る組織」と「従業員視点から見る組織」があり、ややもすると両者は別物になりうる、ということが含意されていると感じます。

Eliseさんはその後、Duolingo社でどのような役割を担ってきたのでしょうか。

自分の役割は、入社してからの6年間を通じて職場で働くメンバーの体験をエンジニアリングすることです。

Office Managerとしてスタートした当初は、物理的な空間設計からランチの場創りやAV機器・オフィス家具の選定から、入社時のオンボーディングの在り方について考えていました。

事業が成長していくにつれて、日々の業務体験へとフォーカスが移っていきました。具体的には、チームでの協力的な仕事の進め方(Collaboration)や帰属意識(Inclusion and Belonging)について現在は考えています。

Employee Experienceのスコープが、身体的なハード面に留まらず、情緒的な関係性を含むソフト面へと拡張されてきているようです。EXの目的として、事業の成長とともに社員数が増えていく過程で、組織としての生産性を向上させる優先度がより高くなってくることから、メンバー同士の協働的な関係構築や帰属意識を醸成することに比重が寄るというのは、グロースフェーズのスタートアップが抱える共通の組織経営イシューに沿うものと感じます。

■EX Points①

スタートアップの創業一日目からEmployee Experienceの重要性を認識し、メンバー視点での体験設計を通じて、メンバー同士での協働的な関係構築や帰属意識の醸成を目指していく。

②Duolingo社が毎年カンクンへ社員旅行に行く理由

メキシコ・カンクン
Used under the CC 3.0 Unported license. Image credit: Dronepicr

Eliseさんからのお話しで驚きだったことの一つに、Duolingo社が創業以来、毎年カンクンへの社員旅行を開催してきたことがあります。Eliseさんが着任されてすぐに企画担当した仕事の一つとのことでした。

入社してからすぐに、社内イベントの企画担当として、年に一度のカンクンへの社員旅行の企画を任されました。

この社員旅行は、とても規模の大きなイベントです。日々のハードワークに対する福利厚生としてのご褒美だと最初は認識していましたが、それにしてはコストを掛けすぎだと企画しながら懐疑的に感じることもありました。

それでも6年間、カンクンへの社員旅行を続けてきました。会社が成長していくにつれ、ヒトが増えて多様性も豊かになっていく一方、普段の業務では関わりがなく、知り合う機会が乏しいメンバーも増えていました。それが、このカンクンのビーチで三日間を一緒に過ごすと、簡単に友人になることができるのです。それも単に知り合うだけ、というわけではない、”Authentic Connection”を生み出すことが可能です。

この”Authentic Connection”が社内で深く醸成されていくと、6年間で結婚するカップルも何組か出てきていますし、ベストフレンドを見つける貴重な機会になっています。

社員旅行というイメージから伝統的な日系企業でありがちな会社行事を思い浮かべてしまう自分にとって、USのスタートアップでEmployee Experienceを担当するマネージャーからこの単語を耳にするのは意外性がありました。最近では減ってきているかもしれませんが、日系企業の社員旅行は仲の良いボーイズクラブによる慰安的な目的を含むケースが多いと思います。

一方、Duolingo社の社員旅行の場合は、多様な構成員を持つ会社の、全社によるチームビルディングのプログラムとしてオフィシャルに位置づけられているのは大きな特徴です。

このプログラムが目指すメンバー同士の関係性は、単なる「会社の従業員」という枠を越えて、「家族」のような間柄を目指しているような印象を受けましたが、Eliseさんはそのことについても補足してくれました。

家族のような関係性の構築については、意図しているところです。

戦略的、事業的な視点から話をすると、会社の同僚との間で “Authentic Connection” を醸成していくことで、職場における心理的安全性を保つことができるようになります。

そうすると、安心して反対意見を述べたり、同僚に対して正直でいられるようになり、私たちは組織としてより協力的に、且つ、イノベーティブになることができます。

そのような事業上の観点から、会社としてメンバー同士の “Authentic Connection” を大切にしているのです。

これもとても大事なポイントと感じました。

メンバー同士の家族のような”Authentic Connection”は、それ自体が目的化しているわけではもちろんなく、メンバー同士の心理的安全性の礎となって健全な事業成長に繋がる、との判断の下で意図して醸成に取り組んでいる、ことがわかります。

メンバー同士の協働的な関係性の構築は、Eliseさんの役割として、冒頭から挙げられていたことでもあり、Employee Experienceの向上を通じて目指す重要な目的です。この目的を達成するための手段として、毎年の社員旅行を位置づけているという話には、膝を打たれることになりました。

■EX Points②

メンバー同士の心理的安全性が醸成されていくことにより、社内で安心して反対意見やイノベーティブな意見が発信されるようになる。従って、単なる会社の従業員という枠を越えて、メンバー同士が家族のような”Authentic Connection”を構築することをとても大切にしており、その機会として毎年の社員旅行が機能している。

次回へ続く)

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