【長崎特集 第2回】産官学が力を結集、長崎のスタートアップエコシステムを率いるプレーヤーの顔ぶれ(1)

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8日に公開された「長崎スタートアップカオスマップ2023
Image credit: CO-DEJIMA

本稿は、シリーズ企画の寄稿転載「長崎特集2023」の一部。

本稿は、長崎県が設置するスタートアップ交流拠点「CO-DEJIMA」による寄稿転載。CO-DEJINAは、スタートアップやそれを目指す人、企業、大学、金融機関などさまざまな人材が交流し、アイデアや技術を高め合うことで、新たなサービスを形にすることを狙い、江戸時代の日本で唯一ヨーロッパに開かれた窓だった「出島」の地に、2019年4月に開設された。無料のコワーキングスペースとしての機能のほか、起業支援、各種コミュニティイベントの開催なども行っている。

都市部には多くのスタートアップが集まっています。しかし、近年、都市部から地方にUターンやIターンする起業家、また、地方に根を張り、地方の課題を解決しようとする起業家が増えてきました。コロナ禍でリモートワークが進んだことや、投資家や取引先とオンラインで打ち合わせを完了できるようになったことも追い風になっています。岸田政権のスタートアップ支援策などと相まって、スタートアップは地方創生の原動力にもなることも期待されています。

長崎と聞いて、起業をイメージする人は少ないと思います。むしろ、長崎には高齢化や人口減少、離島の多さや複雑な地形に由来する地域分断など課題は多く、〝課題先進県〟の一つに数えられています。しかし、日本の人口の約半分(2020年の国勢調査によれば48%)は非都市部に住んでいるとされ、長崎から地方に共通のペイン(課題)を解決できるスタートアップを生み出せれば、大きなビジネスに発展する可能性があります。

地方自治体、大学、金融機関、地域コミュニティなどが力をあわせ、長崎にもスタートアップや起業を促す機運や環境が整ってきました。本連載では数回に分けて、長崎のスタートアップエコシステムの現在、課題、将来像などについて、キーパーソンへのインタビューを中心にお伝えします。本稿を通じて、一人でも多くの方に長崎のスタートアップシーンに興味をお持ちいただき、長崎からスタートアップや起業家が生まれる一助になれば幸いです。

<前回からの続き>

すべてはここから始まった——令和の時代の「出島」を標榜する「CO-DEJIMA」

CO-DEJIMAでのイベントの様子
Photo credit: CO-DEJIMA

長崎駅前から市電に乗ること3つ目の停留所が出島駅。鎖国されていた江戸時代の200年間、西欧に向けた唯一の貿易拠点だった「出島」はまさにこの場所に復元されていますが、時代の最先端のものを取り入れようとした当時の出島の文脈にインスピレーションを得て、2019年にスタートアップ交流拠点として設置された「CO-DEJIMA」は、出島駅から歩いて3分ほどのところにあります。県外から飛行機で来崎する場合も、空港バスの停留所が付近にいくつかあるので交通至便です。

長崎県は明治以降、三菱の企業城下町と呼ばれてきたほど、三菱重工長崎造船所が地域にもたらした恩恵は大きく、今でも日本の造船業ランキングでは毎年のように広島県と1位、2位の座を争っています。この造船業を中心としたサプライチェーンが形成されていることから、長崎県は長年にわたり製造業を支援してきましたが、ここにも時代の変化の波がやってきました。

CO-DEJIMA外景
Photo credit: CO-DEJIMA

造船業は近年、韓国や中国が猛追してきているというのも事実ですが、この変化の波は技術革新によるものも大きいでしょう。例えば、自動車産業では EV(電気自動車)は従来ガソリン車に比べ部品点数が半分で済むと言われており、今後、サプライチェーンの風景が一気に変化する可能性があります。造船業でも遅かれ早かれ似たようなことが起きる、というわけです。

イノベーションの源泉は、これまでに培った技術やニーズを違った形で掛け合わせること。それと同時に、これまでの産業発展の直接の延長線上には無い「飛び地」に事業を作ることが重要だと言われます。造船業や製造業からは少し離れた、全く新しいビジネスを地元の人たちに興してもらおうとの願いから、2019年3月にCO-DEJIMA が作られました。

長崎県産業労働部 新産業創造課 スタートアップ推進班の松尾幸治氏
Photo credit: kanako

長崎県庁でスタートアップ支援を担当する産業労働部 新産業創造課 スタートアップ推進班 松尾幸治さんは、CO-DEJIMAのこれまでの苦労と期待感を語ってくれました。

私が担当になったのは令和2年(2020年)からなのですが、前任の担当者が立ち上げた頃は、プレーヤーがいなさすぎて大変だったと聞いています。まさに、長崎のスタートアップコミュニティは CO-DEJIMA から始まったわけです。これまで、財団(長崎県産業振興財団)などと連携し、機運を高めるイベントを展開してきました。

そんな努力もあってか、人づてにCO-DEJIMAの存在が伝わり、人が集まってきてくれるようになりました。ここに会社を登記して事業展開するスタートアップも出てきました。渋谷QWS(キューズ)などとも連携していて、他の都市から長崎に移ってきてCO-DEJIMAに拠点を作るスタートアップも出てきています。(松尾さん)

サイノウ取締役の松口健司氏
(写真は本人提供)

CO-DEJIMAは、長崎県が、福岡のスタートアップイベント「明星和楽」の運営で知られるサイノウのチームと連携して運営しています。自身も長崎県平戸市出身で、サイノウ取締役の松口健司さんは、福岡のスタートアップシーンと比較しても、長崎にはCO-DEJIMAの存在は特に必要不可欠だったのではないかと指摘します。

スタートアップのコミュニティ醸成には、学生の動きが大事だと思うんです。自分が通っていた福岡は中心部に大学が密集しているので、学生同士がわりと集まりやすい。でも、長崎では長崎大学などがある長崎市と、県立大学や高専がある佐世保市が離れています。CO-DEJIMAがあることで、学生同士が交わりやすい機能も果たせていると思うんです。(松口さん)

佐世保〜長崎は、鉄道だと県外を迂回するルートとなり、また、高速バスでも1時間半ほどかかってしまう距離です。しかし、取材で伺った日には、イベントでのミートアップを目当てに何人かの学生が佐世保からCO-DEJIMAを訪れていました。そこに行けば、意気投合できるかもしれない誰かに会えるという梁山泊のような空気が生まれ始めているのかもしれません。

長崎の〝内と外〟のオープンイノベーションを支援する「NAIGAI CREW」

NaigaiCrew のコアメンバーの3人にお話を聞いた。左から、十八親和銀行 地域振興部 主任調査役の浜里直氏、長崎県産業労働部 新産業創造課 スタートアップ推進班の松尾幸治氏、長崎市商工部産業雇用政策課の山田貫才氏
Photo credit: kanako

産官学からさまざまな組織が寄り集い、大企業やスタートアップなどが協業するオープンイノベーションの仕組みは日本の随所で生まれています。トップダウン的なアプローチで形から入って中身が満たされていくもの、ボトムアップ的に現場のニーズから立ち上がっていくものなど、その形成プロセスは三者三様です。

長崎のオープンイノベーション支援団体「NAIGAI CREW」には、地元自治体や長崎を代表する企業が肩を並べていますが、始まりはボトムアップ的なアプローチだったそうです。新しい産業を育てたい長崎市、スタートアップの集積を狙う長崎県、そして、地方創生という大命題を持つ地元の十八親和銀行が中心メンバーとなり、2020年にスタートしました。

Image credit: NAIGAI CREW

NAIGAI CREWでは、リソースやソリューションを持っている都市の企業と、地域の課題を繋ぐということをやっています。そうしたプレーヤーに対して、銀行も、メディアも、地元企業も、市も、県も、徹底的に伴走して応援させていただきますよ、というのが我々の基本的な姿勢です。(松尾さん)

NAIGAI CREWが生まれた発端もまた、長崎が持つ地域の危機感からでした。従来からの基幹産業である造船・水産業界では産業の空洞化や従事者の高齢化が進んでおり、また、県内発で上場企業ゼロという不名誉を払拭しようと、なんとしても新しい産業を育てなくてはいけない、という意気込みが彼らを組織の枠を超えた取り組みへと駆り立てたのかもしれません。

どこの自治体でもそうだと思いますが、スタートアップの創出やデジタルの活用が話題に上ると思います。しかし、それは産業振興をするための手段であって、目的ではないですよね。目的は、最終的には長崎の経済を活性化したいということなのに、手段だけが先行してしまって、目的が切り離されてしまっているな、と思ったんです。(山田さん)

長崎市商工部産業雇用政策課 山田貫才氏
Photo credit: kanako

地方で大半を占める中小企業は、今日明日の売上を作るのに精一杯で、中長期的な目線で新しいことに取り組むのに割けるリソースもソリューションもありません。そこで、NAIGAI CREW では地方の課題をベースに、リソースやソリューションを持つ都市部の企業に、新たなビジネスを創出する場を提供する、というアイデアに行きつきました。

ここで特筆すべきは、都市部の企業と地方を結ぶ関係性で目指したのが、ソリューションを求めるための受発注ではなくオープンイノベーションだということです。そうすることで、関わる組織や人が多岐にわたり、作り上げるプロセスで培われた知見が地方にも蓄積されます。そのためには大企業が魅力的に思える「場」を提供できるコミュニティの存在が地方に必要でした。

東京でも、大阪でも、福岡でも、スタートアップが育っているところには、それを支援する企業のコミュニティがあります。でも、長崎にはそのコミュニティがまだ育っていない。もちろん、スタートアップ創出もやらなければならないんですが、コミュニティ無しの状態で一足飛びには行けないんです。NAIGAI CREW ではまずコミュニティづくりから着手しました。(山田さん)

十八親和銀行 地域振興部 主任調査役 浜里直氏
Photo credit: kanako

リソース(主に人)にせよ、ソリューションにせよ、地元に無いものは外から借りてきて、その文化を地元に根付かせようとするのは、地方だけでなく、世界各国のスタートアップ振興でも時々見かけるアプローチです。都市部の企業と地方の企業や人がオープンイノベーションを媒介に交わる中で、スタートアップ文化的なものが伝染していくことを期待するわけです。

こうした NAIGAI CREW の取り組みから生まれたプロジェクトの一つが、東京の伊藤忠インタラクティブ(ブランディングと企画)、地元スーパーのジョイフルサンアルファ(サービス運営と商品開発)、F.デザインNAGASAKI(商品開発)による、長崎から魚が定期的に届くサブスク「one bite fish」です。急速冷凍技術により、ユーザは刺身を手軽に冷凍庫に常備できます。

one bite fishの「おさかなサブスク」
Photo credit: one bite dish

F.デザインNAGASAKI代表の永石さんは飲食店をいくつか経営されていますが、ずっとプロジェクトに関わっていただいて、「オープンイノベーションは、こうやって動かしていくんだ」というのを納得しながら、新たなプロジェクトにも取り組まれています。偶然から始まったことですが、こういう偶然が生まれるコミュニティを作っていきたい、と思ってるんです。(山田さん)

NAGASAKI CREWが醸成に取り組むコミュニティは、スタートアップが恒常的に活動している場所ではありませんが、明らかにスタートアップの隣接領域であり、ここでオープンイノベーションを体現したステークホルダーが、起業家となりスタートアップを生み出す予備軍となる可能性はあるわけです。多くのプロジェクトが生まれることが期待されます。

<参考文献>

元銀行の支店がフルリノベ、イノベーション拠点「DIAGONAL RUN NAGASAKI」

DIAGONAL RUN NAGASAKI
Photo credit: kanako

DIAGONAL RUNは、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG、東証:8354)が全国展開するイノベーション拠点/コワーキングスペースです。現在、東京・八重洲、福岡・天神、長崎・思案橋の3つのロケーションがあります。長崎ロケーションは、この街随一の歓楽街の入り口にある思案橋電停前、以前の十八銀行思案橋支店の跡地に2022年1月オープンしました。

九州の地銀情勢にあまり詳しくない読者のために説明しておくと、佐世保を本拠とする親和銀行が2007年にFFG傘下に入り、2019年に長崎市を本拠とする十八銀行がFFG傘下に入ったことで、同じ持株会社を親会社とする親和銀行と十八銀行が2020年に合併、十八親和銀行が生まれました。DIAGONAL RUN NAGASAKIは、十八親和銀行の地域振興部が運営しています。

DIAGONAL RUN NAGASAKIの壁に掲げられた入居者ロゴ
Photo credit: kanako

FFG傘下のベンチャーキャピタル「FFGベンチャービジネスパートナーズ」は2022年から、長崎市などと連携し起業家コミュニティの醸成を目的としたプロジェクト「Nagasaki Startup Compass」を運営しており、また、ここに長崎出身のスタートアップKabuK Styleが加わる形で、長崎から起業家を生み出すプログラム「コッコデショ!」などが展開されています。

こうしたFFGが関与する長崎での起業家支援や事業創出に関するセミナーやイベントの多くは、DIAGONAL RUN NAGASAKIで開催されてきました。十八親和銀行では、店舗統合で生まれた跡地の有効活用を進めていて、思案橋以外にも地元の人々が起業の拠点に活用できる場所が生まれることを期待したいところです。

次回は、今回は紙幅の関係で紹介できなかった、長崎のスタートアップエコシステムを率いるプレーヤーのうち、アカデミアや草の根から立ち上がり始めた動きを中心にお伝えします。お楽しみに。

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