【長崎特集 第1回】大石県知事と孫泰蔵氏に聞いた、これからのスタートアップハブ「ナガサキ」の魅力と可能性

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長崎県知事 大石賢吾氏(左)、起業家で投資家の孫泰蔵氏(右)。孫氏は2019年、長崎から起業家輩出を促す教育コミュニティ「GEUDA(ギウーダ)」を設立した。
大石氏の写真は kanako 撮影。孫氏の写真は本人提供。

本稿は、シリーズ企画の寄稿転載「長崎特集2023」の一部。

本稿は、長崎県が設置するスタートアップ交流拠点「CO-DEJIMA」による寄稿転載。CO-DEJINAは、スタートアップやそれを目指す人、企業、大学、金融機関などさまざまな人材が交流し、アイデアや技術を高め合うことで、新たなサービスを形にすることを狙い、江戸時代の日本で唯一ヨーロッパに開かれた窓だった「出島」の地に、2019年4月に開設された。無料のコワーキングスペースとしての機能のほか、起業支援、各種コミュニティイベントの開催なども行っている。

都市部には多くのスタートアップが集まっています。しかし、近年、都市部から地方にUターンやIターンする起業家、また、地方に根を張り、地方の課題を解決しようとする起業家が増えてきました。コロナ禍でリモートワークが進んだことや、投資家や取引先とオンラインで打ち合わせを完了できるようになったことも追い風になっています。岸田政権のスタートアップ支援策などと相まって、スタートアップは地方創生の原動力になることも期待されています。

長崎と聞いて、起業をイメージする人はまだ少ないと思います。むしろ、長崎には高齢化や人口減少、離島の多さや複雑な地形に由来する地域分断など課題は多く、〝課題先進県〟の一つに数えられています。しかし、日本の人口の約半分(2020年の国勢調査によれば48%)は非都市部に住んでいるとされ、長崎から地方に共通のペイン(課題)を解決できるスタートアップを生み出せれば、大きなビジネスに発展する可能性があります。

地方自治体、大学、金融機関、地域コミュニティなどが力をあわせ、長崎にもスタートアップや起業を促す機運や環境が整ってきました。本連載では数回にわたり、長崎のスタートアップエコシステムの現在、課題、将来像などについて、キーパーソンへのインタビューを中心にお伝えします。本稿を通じて、多くの方に長崎のスタートアップシーンに興味をお持ちいただき、長崎からスタートアップや起業家が生まれる一助になれば幸いです。

(CO-DEJIMAでは本連載の寄稿転載開始とあわせ、「長崎スタートアップカオスマップ 2023」を公開しました。)

課題先進県だからこそ持てる、スタートアップを生み出し集める力

長崎県知事 大石賢吾氏
Photo credit: kanako

冒頭にも書きましたが、長崎県の地形的特徴の一つが離島の多さです。日本の県では最も多い971の島々があり、県の真ん中にある大村湾は、佐世保を中心とした県北部と、長崎市を中心とした県南部を分断しています。島原半島の中央には火山の雲仙・普賢岳があるため、長崎市から半島南部に行くには、海岸に沿って伸びる国道で回り込む必要があります。

長崎県知事の大石賢吾さんは、自らが長崎の離島出身(五島列島)ということもあり、こうした地形的なハンディキャップに起因する長崎ならではの課題は多くあるとしつつも、それを解決したり活用したりすることができれば、日本や世界に誇れる技術やビジネスを長崎から生み出せるのではないか、と期待を膨らませます。

社会のニーズが変わってくると、そのニーズにフィットした事業が生まれることが必要です。そして、新しいものが生まれるには、それに合った土壌が必要です。地図を見ていただくと、長崎県というのは、かなり隔絶しやすい地形をしていまして、行政としての難しさもあるんですが、そういった不便から、おそらく新しいものが生まれてくると思っています。

長崎の離島では、特に日本の他の地域よりも少子高齢化が進んでいて、社会が当たり前に享受すべき、学校・病院・消防・警察など、そういったものを維持することさえ難しくなりつつあります。行政としてやれることはやっていくのですが、そういったところにテクノロジーを活用して、維持・向上させていくことは必要だと思っています。

行政はすべからく住民サービスは提供していくのですが、利便性を高めるとか、サービスの効率を向上させようとかいったアプローチは、行政にとって非常に弱いところです。こうした課題をヒントに、ソリューションやビジネスが生まれてくる場所になれるのではないか、と思っているんです。(大石知事)

長崎県は、対馬・壱岐・五島などの島嶼部に加え、大村湾や雲仙を挟んで多様な地域からなる。(地図は、公開情報をもとにCO-DEJIMAが独自に作成)

ここからは、アジアやアフリカでみられるリープフロッグ(カエル飛び)に似た技術進化が期待できるかもしれません。こうした地域では、地上電話網が無いからスマホが先進国より普及したり、ATM網が無いからモバイル決済が浸透したり、電力網が未整備だから電力の地産地消が発達したりしていますが、同様に、都市部では利便性の中で気づかないものの、地方では顕在化する社会ニーズの中に、イノベーションのタネが見つけられるかもしれないのです。

大石さんは現在、現職都道府県知事として最年少の若さで、シリコンバレーにもほど近いカリフォルニアの大学を卒業していることもあってか、スタートアップに対する期待感は知事に就任する以前から並々ならぬものがあったようです。選挙の際に掲げた「ミライ企業Nagasaki」というスローガンは知事就任後、その名を冠して、県の新規事業創出促進事業として立ち上がりました。言わば、スタートアップ創出の公約を、そのまま行動に移した形です。

長崎県知事 大石賢吾氏に話を聞くCO-DEJIMAのメンバー
Photo credit: kanako

アイデアを持っている人たちが、長崎のこと、長崎の課題を知ってもらうことが大切ですね。そして、その人たちがアクションしようとしたときに県がサポートする。アイデアや人が集まってもお金が無いと動けませんから、資金調達、つまり、アイデアを持っている人と出資者とのマッチングが必要になります。

ミライ企業Nagasakiは、そういうことを念頭においた行政主導のマッチングイベントです。昨年度始めたばかりですが、今年度からは県内の各地域で開催されている起業関連イベントなどとも連動して、より注目を集められるよう工夫していきたいと思っています。(大石知事)

長崎県は、2021年度から2025年度までの5年間の県政運営の指針や考え方を示した新たな総合計画「長崎県総合計画チェンジ&チャレンジ2025」を発表しており、この中で2025年のスタートアップの誘致・創出件数目標を15件と掲げるほか、10年後の「新しい長崎県づくり」のビジョン策定に着手しました。他の地域に比べて顕著な長崎ならではの課題によって、この街が個性的なスタートアップの集積地になることを期待せずにはいられません。

ところで、今回、長崎のスタートアップシーンの取材を進める中で、農林業や水産業を革新しようとするスタートアップに数多く出会いました。各社の事業内容は今後の連載で詳述しますが、山と海に囲まれ、一見すると日常生活には不便な自然環境を逆手にとって発展してきた長崎県の一次産業は、日本全体の一次産業の標準を牽引するほどの影響力を持った事例も現れてきています。

例えば、イチゴは生育環境を数値に基づいて制御することで、一定のクオリティや生産量を担保できるようになってきています。こうした技術をパッケージ化して、長崎に移住してきた新規就農者の方に、「始めてから1年後にはこのくらいの収入になりますよ」というのを提示して、長崎に人を呼び込むというようなことも可能になってきています。

競争が技術やビジネスの進化の原動力になっていることも事実ですが、このイチゴの話でいうと競争じゃないんです。ある農家の隣に新しい農家が引っ越してきても、競合ができて商売がやりにくくなるのではなく、地域全体として生産量や商品価値が底上げされるんです。環境制御をどうやるかとかノウハウを共有し合うことで、地域の皆の収入が上がるわけです。(大石知事)

同業の競合他社と売上を競うのではなく、地域や日本全体の収入の底上げにも繋がるということは、ピッチイベントのプレゼンテーションなどで、我々が起業家の口からしばしば聞く「世界にインパクトを与えたい」「世の中をよりいい場所にしたい」という理想により近づいているような気がします。これからの時代を創る先駆的なスタートアップは、シリコンバレーやビットバレーではなく、長崎のような地方から生まれてくるのかもしれません。

起業家育成の場として、孫泰蔵氏はなぜ長崎を選んだのか

GEUDA 理事の孫泰蔵氏(写真は本人提供)

長崎県のスタートアップエコシステムの生い立ちを探る中で、日本でスタートアップしている人なら誰もが知る、あの人のニュースに出会いました。連続起業家であり投資家でもある孫泰蔵さんです。詳しくない読者のために記しておくと、孫さんは大学在学中にYahoo JAPANの立ち上げに参画しコンテンツ開発を統括、その後、複数の会社の起業を経て、「パズル&ドラゴンズ」で知られるガンホー・オンライン・エンターテイメントの代表取締役を長年務めました。

九州出身の孫さんは、福岡市が2012年9月に「スタートアップ都市」宣言を行った際の立役者としても知られています。2013年には、テクノロジーを駆使して人間中心の持続可能な未来を創造することを目指すコレクティブインパクトコミュニティ「Mistletoe(ミスルトウ)」を設立。そのMistletoeが2019年、長崎で起業家を目指す人々のために立ち上げたのが教育コミュニティ「GEUDA(ギウーダ)」です。孫さんに、なぜ長崎に起業支援の拠点を構えたのかを尋ねてみました。

今後、純粋なインターネット系のアプリケーションとか、テクノロジーだけでスタートアップをやっていくのは、多分難しくなっていくように思うんですね。企業は社内で一からシステムを作るのが面倒なので、アウトソーシングできると便利だからSaaSを重宝していて、SaaSを提供するスタートアップが成り立っています。

しかし、SaaSのコモディティ化は進んでいて、ChatGPTのようなAIが出てきたことで、この傾向はますます顕著になると思います。GPT-4のような汎用的なAIは、聞けば何でも答えてくれるし、何かをやってほしいと指示すればやってくれますから。。(孫さん)

孫さんによれば、Deepmindが目下開発中の「Gato」は、「予定を調整して」と頼むだけで、会う相手とスケジュールを擦り合わせし、予約システムと接続して、会場を押さえてくれるような芸当も可能になるそうです。SaaS領域は資金調達額でスタートアップ全体の3割、売上ベースで2割を占めていますが、彼らは遠くない将来、ピボットを余儀なくされるのでしょうか。

大規模言語モデルによって、言葉で指示すれば、だいたい何でもできてしまうようになると、SaaSのビジネスは、よほど特殊な領域を除いて、なかなかもう成り立ちにくくなると思うんですよね。つまり、インターネットビジネスでは、アプリケーションレイヤーのコモディティ化すると思っていて、反対にそうならない分野がディープテックの分野だと思うんです。

ディープテックは、地域課題や農林水産のような一次産業の課題解決にも近いので、シリコンバレーのビックテックが全てを牛耳るという話にもならないと思います。地域課題を解決できるテクノロジーが生まれたら、「それ、うちにも欲しい」という他の地域もきっと手を挙げるだろうし、そういうのをグローバルに展開すると、結構なボリュウムになると思うんです。(孫さん)

グラバー園から望む長崎市街地
Photo credit: Tomio344456 via Wikimedia Commons
Used under the CC BY-SA 4.0 license.

地域課題を解決できるテクノロジーを生み出せれば、将来、大きなスタートアップムーブメントに繋がるかもしれないというのは、前出の大石知事の話にも相い通じるものがあります。ディープテックとは、主に大学の研究室などで生まれ、ビジネスに応用することさえできれば、世界に大きなインパクトを与えることができるかもしれない基礎技術の総称です。

長崎には、長崎大学や佐世保高専などをはじめとするアカデミアや研究機関があり、それらを中心として活動する人々が多くいて、歴史的にもノウハウや知見があることから、長崎には十分な可能性があると考えた、と孫さんは語ります。地元の人々との縁などから、GEUDAは長崎市内の由緒ある料亭の建物に拠点を置き、これまでに3社に出資し事業を支援しています。

スタートアップを増やしていく上で、何かインパクトの大きさみたいなものを定量化していく必要があると思っているんですよね。でも、それは、売上合計がいくらとか、時価総額がいくらとか、そういう尺度ではなくて、どれだけの社会的なインパクトを生み出せたか、ということを見ていく必要があるだろうなと思っています。

クリティカルな技術を生み出して、もうそれ無しでは今後やっていけないよねというくらい新しいものに達する人たちが、何社も何社も継続的に生まれてくるということじゃないかと思うんです。本当は、(その地域に)大学が1つあれば、1年に数社スタートアップが生み出すくらいのことはできなくないはずなんですよね。長崎に限らず、ほとんどの地域でそれすらできてない。

そんな状況を作り出すには、2つのことが必要だと思います。一つはロールモデルの存在。京都から任天堂が生まれたように、長崎と言えば××社だよね、というところが出てくることで、後に続く企業が出てきやすくなる。そして、もう一つは、これも、長崎に限った話ではなく、日本全般的に言えることですが、外から人をもっと受け入れていくべきでしょうね。(孫さん)

こうした指摘は、地方のスタートアップシーンを巡ってみると時々耳にします。地域のスタートアップシーンの主役は、言うまでもなく、その地域に拠点を置く起業家やスタートアップに関わる人たち。しかし、その地域外からの人や視点が加わることで化学反応が生まれる。〝仲良しクラブ〟で終わらないようにするための外部刺激が必要、ということでしょうか。

92年間続いた長崎を代表する老舗料亭「春海」は2019年3月に閉業。 GEUDAは登録無形文化財の建物を取得し、ここを学び舎として活動している。
Photo credit: 料亭「春海」

そもそも自分たちだけで今まで生み出せてこなかったのに、頭をひねって考えただけで新しいものが出てくるわけがないと思うんですよ。Jリーグとかを見ていますと、今では日本代表はすごく強くなりましたが、立ち上がった頃は、ジーコとか、アルシンドとか、ストイコビッチとか、世界中からすごい選手やコーチを呼んできて、そこから学んで成長していったんですね。

長崎にはかつて出島があり、明治維新の時は、海外からどんどん新しい技術や人を招聘して学んでいったわけじゃないですか。そういうことが、日本全体で足りてない。海外から見ていると、圧倒的にスピードが遅すぎるんですよ。かたやダイレクトパスして戦って勝っていく人たちを前に、持ち帰って判断します、とかでは遅すぎるんですよね。

固定観念——今まで議論してきた話の延長線上には、もういいアイデアは出てこない、ということを早く認識した方がいいと思うんです。各地でスタートアップ支援が行われていますけど、やっていることは10年前と何も変わっていない。でもそれで成果が出ていないのであれば、そのやり方がダメってことが、なぜわからないんだろうと思うんですよね。(孫さん)

成熟したスタートアップエコシステムがすでに出来上がってしまっているところでは、それに沿った形でスタートアップが支援され成長していく。「我が街にもシリコンバレーを」的な発想はそれに近いかもしれません。これから生み出していくエコシステムだからこそ、長崎にはスタートアップエコシステムのリープフロッグを期待できるのではないかと思いました。

これから数回にわけて、本連載では、長崎で活躍するスタートアップや起業家、スタートアップを支援する企業、コミュニティ、人々の動きなどを多角的にとらえお伝えしていきます。次回もぜひお楽しみに。

<次回への続き>

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