「投資するならビルダーだ」——エンジェル投資家カラカニス氏が評価する起業家像

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Jason Calacanis 氏

Uber、Calm、Robinhood、そして日本人起業家の内藤聡氏が立ち上げたAnyplaceにも出資するジェイソン・カラカニス氏。Twitterの買収騒動時にも名前が取り沙汰された同氏は、長くシリコンバレーを見つめ続けてきた。エンジェル投資家として彼の名前はシリコンバレーではあまりにも有名である。そして今回、5年ぶりに再度本誌で取材する機会を得た。

かつてスタートアップの代名詞であった、ジェイソン氏の投資先でもあるUberは上場を迎え、5年前とは全く異なる市場環境となっている。生成AIやメタバース、Web3といったバズワードが頻出する中、ジェイソン氏はスタートアップの時流をどう捉え、どのような起業家を評価するのかに迫った。

注目領域は2つの“A” — 「AI」「AR」

Jason Calacanis 氏

まず最初に尋ねたのは、過去5年を振り返りつつ、今はどの市場に注目しているかであった。クラウド人材を束ねたUberやInstacart、そして有休資産を活用したAirbnbは消費者の価値観を大きく変えた。そして昨今は言うまでもなくAIが市場を席巻し、わたしたちの生活概念を根底から覆そうとしている。次なるスタートアップが乗り込むべきマーケットやテーマはどこになるのだろうか。ジェイソン氏は次のように語る。

わたしが注目しているのは「AI」と「AR」の市場です。これまで「インターネット」「モバイル」「クラウド」といった巨大なプラットフォームが登場しましたが、これに該当するものとなるでしょう。AIはあらゆるアプリケーションのあり方を、ARは情報のコミュニケーションのあり方を大きく変化させるでしょう。

AIはトレンドというよりはテクノロジーだけでなく私たちの生活を根底から押し上げるファンダメンタルな変革を及ぼすものであり、シリコンバレーでは「AIか、それ以外か」で投資対象が二分されるほどの勢いであることも伝え聞いている。この点、AIが巷を賑やかせているのは周知であり、ジェイソン氏のAIに注目する発言には納得だ。ただ、同氏の口からARが出てきたのには少し驚いた。続けて次のように語る。

AR普及のために期待されるのがメガネ型デバイスの登場です。もし軽量なデバイスがリリースされたら、私たちが日常使いし、かつ一日中着けるものとなるでしょう。ちょうどAirPodsのように、音楽やPodcastを再生し終わった後も取り外しが面倒なのでずっと付けっぱなしにするでしょう。

一日中装着するデバイスであれば、ユーザーと接する時間は膨大なものとなり、そこに新たな市場が生まれるという算段。これはあらゆるAR事業者が狙う巨大市場であり、いずれ登場すると期待される、iPhoneに代わる新たなハードウェアがもたらす変化である。

一時はメタバースのように、バーチャル世界に身を置くようなトレンドが流行しましたが、わたしはユーザーが常日頃、完全なバーチャル世界で暮らしたいと思っているとは感じません。ヘッドセットを装着させてバーチャル空間にユーザーをロックさせてしまうのは、非常に限定的な使用例だと思っていますし、人間にとって自然な操作ではないと考えます。わたしは乗り物酔いしがちなので30分ほどしか遊べませんし、たとえ酔いがなくとも誰もが長時間楽しめるものではないでしょう。テレビゲームをするにもパソコンでやった方が楽しいと思いますし、人との交流はビデオで行う方が良いと思う派です。

ARとVRの業界では、バーチャルと物理世界を行き来する二世界に重きを置く考えと、バーチャルが物理世界の体験や身体性を包括するバーチャル世界優位の考え、大きく2つがある。ジェイソン氏は前者の二世界がバランスよく設計された考えを好むように聞こえた。そのソリューションがARメガネ型デバイスというわけだ。なお、本取材はApple Vision Pro発表前に行ったが、Appleが示した空間コンピューティングの考えは、まさにこの二世界の調和をとったデザインであるとわかる。

「投資するならビルダーだ」

Jason Calacanis 氏

ここまでジェイソン氏が注目する市場観について聞いてきた。マーケットについての話の後、どのような起業家に投資したいと思うのかに話が及んだ。同氏は次のように答えた。

わたしは製品を作る「ビルダー」が好きです。投資を判断する際、製品を見ることに最も時間を使うこともあり、起業家はビルダーであるべきだと考えます。逆に言えば、誰も何も作らないにも関わらず、ただ市場が膨らんでいくような領域は投資対象外になります。たとえば、最近大きく注目されたWeb3、とくにクリプトの領域にはそこまで興味が湧きませんでした。

ジェイソン氏らしい痛快な語り口で、しかし芯を食った意見が飛び出た。Web3に対してのコメントが出たのは意外ではあったが、投資対象領域として確固たるロジックがあるように感じた。この流れのまま、昨今の起業家への憂いに話が及んだ。次のように語る。

この5-10年、スタートアップの評価額は上がり続ける傾向にありました。一方、その評価額に見合うリターンが製品開発に反映されていないように思えます。顧客から求められている機能を反映し、より良い製品を素早く市場に投下する速度「ベロシティ」がスタートアップにとっては最も重要な指標です。しかしながら、このベロシティが軽んじられています

スタートアップのバリエーション評価が加速度的に伸びた過去数年のトレンドを振り返りつつ、起業家へ及ぼした悪影響について話が及んだ。

株式市場が盛り上がり、投資額が増えることに反して製品開発のベロシティが低下してしまっている大きな理由は、起業家のマインドが製品や顧客に目を向けられていないことにあるでしょう。単に巨額のお金を集めること、そしてそれを製品開発以外の何かに使うことに夢中になり過ぎていたのだと思います。

たとえばマーケティング活動などです。時間の使い方に関してもそうです。わたしのイメージで話すと今の起業家は、お金を集めることに50%の時間を、25%を顧客と製品開発に、そして残りの25%をその他のことに時間を費やしているように思えます。本来は98%の時間を顧客と製品開発に費やし、残りの2%の時間を資金調達に費やすべきです。

起業家が向き合うべきでないコストを膨らませないため、支出を減らすと同時に、資金調達額も減らす必要性を感じています。また、資金調達を素早く行い、製品に集中する方がスタートアップの成長にとってはずっと良いと思います。

資金調達は私たちメディアも率先して取り上げるニュースであり、起業家にとっても世間との接点を持つ大事なタイミングだ。しかし、あまりにも調達への動きに起業家の意識が傾きすぎており、スタートアップとして、そして企業として健全な動き方ができていないと語った。

解雇はベロシティを上げることもある

Jason Calacanis 氏

スタートアップが機敏に動き続ける必要性を語ったジェイソン氏。顧客のニーズを速やかに製品へと反映させる重要性は、いつどんな時代であっても必要であるが、これは企業規模に関わらず必然であるとも語る。

Apple、Amazon、Google、Facebook、彼らビックテックは自分たちがどう破壊(ディスラプト)されるかを強く意識しています。たとえば最近のAIに代表される新しい技術やトレンドは、ビックテックが作り上げてきた業界のルールを大きく変えることになるでしょう。しかし、彼らは巨大で進みは遅いですが、ただ破壊されるのを待つのではなく、徐々にこうした市場変化に対する対応速度を早めようとしています。ソフトウェアの領域では1000人ではなく50人、1万人ではなく200人と規模を縮小して機敏になろうとしてます。

たとえば最近ではTwitterやFacebookで、こうした小さなチームを志向する動きになっています。Googleでは、一体どんなことをしているのか明確にわからない技術者も大勢いました。それは多額の資金があったからですが、AIのようなトレンドに押し流され始めている今、ビックテックを筆頭により小さなチームで、より素早く市場の動きに反応する必要が出ており、最近の解雇ニュースはチームを縮小させてマーケットに対応する動きとも捉えられます。全ての企業がより効率的になる必要があるタイミングに来ていると思います。

メディアから伝わるビックテックの大規模解雇のニュースは、かなりネガティブに映るものではあったが、ジェイソン氏の見立てではそこまで悲観する動きではないように聞こえた。むしろスタートアップが持つべきベロシティを大企業も採用するようになる良いきっかけになっていると感じた。

大企業の解雇ニュースが一時期同じタイミングで行われ、悲観的な話題が紙面を踊りました。企業が解雇した人を評価していたのは事実でしょうが、それは「優秀」という評価範囲だけの話であり、彼ら・彼女らは「極めて優秀」という域ではなかったと考えられます。

必要のないポジションはもちろん、高いパフォーマンスを発揮できない人のポジションをできるだけなくし、身軽になること。これによってそもそも人材を管理するコストが減り、顧客や製品と向き合う時間が相対的に増えます。先ほど述べたベロシティへと繋がるのです。

ビックテックであっても、最近ではスタートアップに求められる「ベロシティ」を重んじて、速やかに顧客ニーズを製品へと転換する動きが加速している。そのための解雇劇であったと振り返っていた。

遅くとも2週間で1回はイテレーションを回せ

Jason Calacanis 氏

取材の最後では、ジェイソン氏が起業家へ期待することを改めて聞いた。

わたしは会社の作り方を知っているビルダーを応援しています。そして製品が素早く成長して変化しているベロシティにとても注目しています。たとえばAnyplaceのスティーブ(創業者 内藤氏のニックネーム)は、2週間ごとに顧客の声を製品へと反映するイテレーションを回しています。

これは顧客のことをしっかりと理解し、向き合っているからこそのアクションであり、わたしはとても評価しています。「ベロシティ」と「カスタマー」、この2つだけは決して偽ることができない起業家が向き合うべき必須事項です。

続けてジェイソン氏は次のように語り、取材は幕を閉じた。

起業家は素晴らしいチームを作らなければなりません。だからこそ、先ほどビックテックの解雇ニュースを取り上げたように、たとえチーム内に「優秀」な人がいたとしても、「極めて優秀」でないのならば、意を決して解雇をする勇気を持ち、常に素晴らしいチームであることを保つ必要があります。

極めて優れたチームは、昨今のような目まぐるしく変化する技術トレンドにも対応し、すぐに身につけることができるでしょう。素早くスキルを獲得する能力と市場への対応力があるからこそ彼らは自立しており、こうしたチーム状態が最も好ましいと考えます。

素晴らしい製品を開発できる良いチームを作る能力、そこに顧客へ向き合うことにこだわり続ける能力が合わさることで、初めて成功へと近づくことでしょう。

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