リモートワーク環境完備アパート「Anyplace」シリーズBラウンドで1,000万ドル調達——目標売上年間1億ドル、1600室運用目指す【後編】

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内藤聡氏

前編からの続き)

2023年6月27日、リモートワーク環境完備のサービスアパートメント「Anyplace」が1,000万ドルの資金調達を発表した。リード投資を務めたのはLAUNCH Fund。本ファンドは以前のラウンドから出資参加するエンジェル投資家のジェイソン・カラカニス氏が率いる。そのほか米国からはCapitalX、Gaingels、Riverside Ventures、Potluck Ventures、Joe Speiser氏ら、日本からは三井住友海上キャピタル、FreakOut Shinsei Fund、Delight Ventures、マイナビ、90s、Cygames Capital、カシワバラコーポレーション、富島寛氏、石塚亮氏らが出資。シリコンバレー銀行が融資参加した。

Anyplaceは2020年にシリーズAラウンドにて530万ドル調達を発表しており、今回のラウンドがシリーズBに当たる。現在の収益ランレートは430万ドル、年間売上成長率は173%、運用部屋数は100室となっている。今回の資金調達に際して、創業者の内藤聡氏に取材をした。

上場事例も、マネージドマーケットプレイスモデルの可能性

Image Credit: Anyplace

前編でも紹介したが、AnyplaceはシリーズAラウンドの調達前後でピボットを決断している。月単位で滞在可能な提携先ホテルやアパートメントを掲載するリスティングマーケットプレイスモデルから、自社で部屋を借り上げて在庫を持つマネージドマーケットプレイスモデルへと事業転換をした。同モデルは在庫リスクは高いが、部屋の内装を独自にカスタマイズできる柔軟性を持つ。Anyplaceの場合、リモートワーカーが好む高級志向のワークデスク、チェア、高速Wifiを設置した部屋へリデザインした。

マネージドマーケットプレイスモデルでは、上場ケースも存在する。それが以前本誌でも特集したことのある「Sonder」だ。内藤氏はSonderを参考に、Anyplaceの長期戦略を次のように語る。

Sonderは元々、ショートターム民泊代行サービスとして始まったと聞いています。しかしAirbnbの登場余波で民泊ゾーニングの法整備が整って事業運営が難しくなったとのことです。30日以下の滞在はショートターム向けの民泊区画が決まって事業展開できる範囲が狭くなってしまったんです。一方で30日以上の滞在はハウジング扱いになるのでやりやすい。

そこでSonderはピボットしてゾーニングをクリアしているビルを丸ごと借り上げてリノベーションするマネージドマーケットプレイモデルへ転換しました。この観点からAnyplaceもSonderと同じピボット方針を採用しています。また、Anyplaceも資金力が貯まればビルを借り上げていくモデルを最終的にはやっていきたいと考えています。

Sonderはマネージドマーケットプレイスモデルを採用後、内装をモダン基調にリノベーションをして、かつDXにも力を入れた。サブリースの形態の為、顧客獲得までの期間、在庫を抱えてしまうが、サービスの質を担保できれば早く少ないコストで物件を売っていく目処がつく。どの物件へ行ってもブランドの一貫性を保つことができるため長期利用顧客が一定数存在するためだ。

最終的にはSonderは、物件を「所有」するのではなく「運用」「監修」するマネージメントコントラクトモデルに上場時に切り替え、アセットライト(在庫を軽くする)方向へと事業をアップデートする方針を示している。ブランド力やアセットノウハウを貯めていったからこそ採れる戦略である。この事例に倣い、Anyplaceも最終的にはコントラクトベースに切り替えるのだという。

ハードシングスを超えるのは、熱心なコミュニケーション

写真右がジェイソン・カラカニス氏

ピボットの決断をするのは容易いではないのは自明だ。投資家からの同意もある程度勝ち取らなければ、ピボット後の動きに影響する。この点は今回のラウンドにジェイソン氏(LAUNCH Fund)が引き続き関わっている点を見れば、Anyplaceが上手く立ち回ったことがよくわかる。内藤氏は次のように語る。

ジェイソンとは長い付き合いですが、彼とのやり取りからの学びとして、正直なコミュニケーションがとても大事であることが言えます。たとえばAnyplaceの場合、コロナ禍では売上が右肩下がりに落ちてしまい、進捗報告すること自体が辛い時期がありました。

ただ、アップデートメールを送信するのが億劫になる、そんな時に正直に状況を伝え続けるからこそ勝ち取れる信頼があります。こうした正直なコミュニケーションこそが起業家にとって次の投資へ繋げるチャンスになります。実際ジェイソンとの関係作りでは辛い時でも正直になったからこそ、今回の投資にも繋がりました。

当たり前のことを、当たり前に伝える。精神的な紆余曲折が日頃起きるからこそ、意外と多くの起業家がやりきれていないとも語る内藤氏。別の機会にジェイソン氏に取材をした際、内藤氏のことを「グッドコミュニケーター」と呼んでいた背景がここにある。ほかの起業家は長い文章で誤魔化そうとするが、内藤氏のアップデータは簡潔にFactやKPI達成率などを載せたフォーマットに留まる。シンプルに伝える努力の姿勢を持ち、不動産市場の課題に熱心、そしてトーカー(永遠とアイデアだけを語るような人)ではなくビルダー(サービスの作り手)である3点を併せ持っている点を評価しているとも語っていた。

破綻のシリコンバレー銀行、起業家から人気だった理由

Image credit by Unsplash Mariia Shalabaieva

LAUNCH Fund以外に、シリコンバレー銀行がラウンド参加している点に目がいく。3月に突如として報道された同行の破綻。超低金利な市場ではリスクマネジメント無視で多額の資金がマーケットへ注がれた。そんな中、相次ぐ米FRBの利上げによって銀行は相次ぐ経営難に立ち塞がり、破綻へと行き着いた。

欧米の銀行破綻ニュースは日本にも瞬く間に伝えられた。シリコンバレー銀行はスタートアップ融資にかなり積極的であり、こうしたハイリスク融資が祟って今回の破綻に繋がった印象を持たれる方もいるかもしれないが、実態はそうではないし、逆に起業家にとっては今でも貴重な存在であったと内藤氏は語る。

シリコンバレー銀行とは昨年末から融資(デット調達)の話をしていました。途中、銀行破綻という珍しい経験もしましたが、これは預金運用のリスクマネジメントが欠場していたことが原因であり、スタートアップ融資活動とは基本的に切り離して話されるべきことです。シリコンバレー銀行のスタートアップ融資担当の人は、他行の担当と比べて圧倒的に事業理解が早く、調達の話もスピーディにまとまりました。

たとえばAnyplace競合のZeus LivingBluegroundへの融資実績もあります。他の大手銀行であればかろうじてAirbnbの話が通じるくらいで、説明コストがバカになりません。また、大手銀行は500万ドルからの融資しか行わないところが多いですが、シリコンバレー銀行は200万ドルという少額でも融資を行うので、起業家としてアプローチしやすい存在です。今後スタートアップ融資がどうなるか不透明ですが、シリコンバレーの起業家には欠かせない存在であるからこそ、このカルチャーは存続して欲しいと願っています。

起業家はスピードが命。資金調達に関してもいち早く完了させて、プロダクト開発の時間を割きたいもの。この点ではシリコンバレー銀行が他の銀行以上に融通が利き、現地の起業家から人気であると語っていたのが印象であった。

また、今回の銀行破綻の状況は、Airbnb創業期のスタートアップ調達環境と似ているとも語る。過度なバリエーションをつけるトレンドが急速に止み、投資基準のハードルも急速に上がっている。だからこそ、真に顧客と向き合う良い製品、サービスのみが評価される時代になっているという。Anyplace投資家のジェイソン氏も、アーリーステージへの投資好機は今であると息巻いているそうだ。曰く、ドットコムバブル終結に次ぐスタートアップ市況の悪化が現在であるが、そんな状況だからこそ、顧客に喜んでもらえるサービスを提供できる起業家にスポットライトが当たり、将来的には高いリターンをもたらすだろうとのこと。

上場意識の高まり、そして「挑戦のカタチ」を変える

内藤聡氏

Anyplaceの未来、そして内藤氏個人のミッションに関しても聞いた。(前編ではAnyplaceのビジョンを語ってもらっているが、本記事では事業面における長期展開を聞いている)

ピボット前のビジネスモデルでは、自分が上場している姿は正直思い浮かびませんでした。しかしこのままのペースで1,600室の運用ができれば1億ドルの年間売上に到達できます。これは米国上場に手が届く額だと考えています。まずはこの売上を目標にしていきます。引き続きハイエンドなリモートワーカー向けの部屋を提供しつつ、最終的にはSonderのように運用契約のモデルに切り替えて安価な部屋の提供も検討してネットワークを広げていければと思っています。

これまでの「月単位で部屋に住める」価値から、「充実した仕事環境が用意された部屋に月単位で住める」というよりターゲット解像度が上がった顧客価値へと突き進んでいるのがAnyplaceである。同社ネットワークが広がれば、生産性の高い仕事をしながら世界中どこへでも働きながら旅ができるようになるとも語る。

Anyplaceの平均滞在期間は2-3か月と長い。そこで今後は家具や美容、生活品D2Cやメーカーと提携して「住居版b8ta」のようなネットワーク展開構想もあるという。b8taとは家電メーカーに店舗のスペースを場所貸しするモデルで急成長を遂げたスタートアップである。小売商品は実際に体験してもらわないとその良さがわからない。この体験接点をAnyplaceが作る考えだ。

顧客は1か月50-100万円単位で部屋を借りられるハイエンド層なので購買力が高い。なにより生活しながら長く使ってもらえる。Airbnbもブランドとタイアップした専用住居をキャンペーン的に展開しているが、リスティングマーケットプレイスモデルのため、どうブランド品を提供するかはホストに委ねられており、クオリティ担保とスケールがしづらい。この点Anyplaceはマネージドマーケットプレイスモデルの形で一律に管理されているため、運用面から見ても導入を検討しやすい。このメリットをフル活用する算段だ。

Anyplace のメンバー

さて、最後は内藤氏が米国に挑戦し続けるモチベーションに関して回答をもらい、取材を終えた。

同じアジアでも韓国やインドの起業家・投資家は米国現地のネットワークに多方面から入り込んでいます。ZOOM創業者のEric Yuan氏がSequioa Capitalらから投資を引っ張ってこれたのは、中国系のVCパートナーがいたからこそ。しかし日本人でこうした根を張る動きをやれている人はほとんどいません。だからこそ、同じ日本人起業家として、たとえばキヨさん(小林清剛氏)ヒロ(長谷川浩之氏)ライダー(山田俊輔氏)カズサ(玉井和佐氏)らのような僕らが米国に積極的に挑戦して結果を出し、10-20年後には日本人がもっと米国スタートアップに挑戦しやすい環境を整えたいと考えています。

Anyplaceの顧客のように月100万円も賃貸にお金を出せる層がいるとは日本にいたら思い付きもしませんでした。日本で事業を行っている人ほど、こうしたアップサイドの広い市場がある実情を知らず、「なんで日本ではやらないの?」と疑いの目を持ってかかってきます。こうした固定観念を取り払うため、日本人起業家のミッションとして「挑戦のカタチ」を変え、米国での日本人ファウンダーのプレゼンスをあげたいと強く思っています。

(渡米から早くも約10年。内藤さんの姿を追いかけて10年。益々の活躍期待しております!ありがとうございました!)

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