Web3時代のデザイン経営、エクイティ分配を目指す新発想——デザイン業界の新常識を提唱するZypsy(後編)

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創業チームメンバーの写真。写真右が玉井和佐氏。

前編からの続き

サンフランシスコを拠点とするデザイン会社「Zypsy」。スタートアップ特化でデザインやブランディングサービスを提供する、日本人起業家の玉井和佐氏が創業した会社だ。

Zypsyは8週間を1スプリントに、1社ずつ丁寧にサービス提供を行う。年間では厳選された24社のデザインワークしか請けていない。今や現地スタートアップから人気のデザイン会社となっている。

前半では、Zypsyピボットの変遷から、デザイン会社につきまとうビジネスモデルを突破する兆しを得た話までを紹介した。後半では、Web3に学んだユニークなエクイティ再分配の経営手法から、Zypsyの見据えるミッションまでを取材した。

Web3思想に基づく「再分配経営」

Zypsyは収益を最大化するために、スタートアップのエクイティを獲得するモデルを構築したのは前半で話した。しかし話はここでは終わらず、玉井氏は現場で働くクリエイティブ人材へリターンが行き渡るモデルへの進化を模索し始める。そこからWeb3の考えへとZypsyは結ばれていく。

Web3の基本思想として、コミュニティに対して何かしらの「貢献」や「サービス」を提供してくれる個人にトークンを発行し、一緒にコミュニティを持続可能的に盛り上げていく考えが重んじられる。従来の企業では、金銭的資本を投下できるキャピタルプロバイダーにだけエクイティ(株式)の形でオーナーシップとリターンの権利が分配されていたが、コミュニティへ携わる個人にもトークンを通じてオーナーシップとリターン獲得の機会を持たせる考えがWeb3にはある。

ZypsyではこうしたWeb3の共同オーナーシップ思想を自社のモデルに組み込んだ。「デザインサービス」を提供するZypsy社員は、給与の一部額分を担当したポートフォリオ先のエクイティとして取得。ポートフォリオ先がエグジットした際、エクイティはリターン(現金)に転換されて受け取れる仕組みを採用したのだ。(実際にはエクイティがメンバーに直接配られることはなく、ボーナスとして支給される)

ウォールストリートから始まった投資の歴史を振り返ると、投資家がポートフォリオを組み、Facebookのような巨大企業1社でも当たれば、他の投資損失額を補えるほどの巨額の資産を勝ち取る分散投資の戦略が一般的です。しかしこの分散投資の考えは、スタートアップで働き、SO(ストックオプション)などのエクイティをもらっている人には当てはまりません。

例えばスタートアップに勤め、SOの形でエクイティを獲得したとしても、4年間のベスティングと1年間のクリフ(4年 = 48か月に亘るエクイティの分割付与及び初年度の終わりに初めてエクイティ付与される仕組み)が課されます。言い換えれば、スタートアップは9割以上が失敗すると言われている中で、最大4年も勤め続けないとエクイティの見返りを得られません。そんな中、複数社のSOを効率的に獲得して、リターン最大化を目指すことはかなり難易度が高いです。

特にクリエイティブに従事するコピーライターやデザイナー、ブランディングマネージャーらは、アーリーステージのスタートアップにおいてフルタイムで活躍する機会はそうありません。基本的には開発メインで進むからです。そのためエクイティをもらえる機会がそもそも少ないのが現状です。優秀なクリエイティブ人材がいたとしても、それに見合うリターンをスタートアップから得る仕組みがこれまでなかったんです。

そこでZypsyでは、従業員に基本給を支払いつつ、担当したポートフォリオ企業がエグジットした際、キャッシュボーナスの形でリターンの一部が分配されるWeb3型のデザインスタジオの形態を採用することにしました。Zypsyがポートフォリオ企業のエクイティを持ち、得られたリターンをデザイナーらに再分配させるモデルです。(玉井氏)

Zypsyが行っているのは、まさにWeb2とWeb3の架け橋のようなモデルだ。従来、デザイナーは現金でしか資本をスケールさせることができなかった。同じくデザイン会社も現金売上でしかスケールできなかった。しかしエクイティならば、もらうべき対価を最大化でき、かつ再分配を通じて関わってくれる全てのメンバーと一緒に成長できると信じている、と玉井氏は語る。

「エクイティ」で回すデザイン会社

Image credirt: 1kx

まさにWeb3型の再分配経営とも言えるこのZypsyの事業。実際、Web3スタートアップからはエクイティやトークンの形でサービス報酬をもらっているケースもあるという。ここにもSequoia CapitalやAndreessen Horowitzのような立役者がいる。

Zypsyへ声をかけたのはWeb3投資ファンド「1kx」。同ファンドは元々サービス対価としてエクイティトークンを発行してもらい、スケール性の高いスタートアップ投資と支援を手掛ける思想を持っていたという。1kxからの連絡を皮切りに、玉井氏は提携までの意思決定を高速に行い、同ファンドポートフォリオとの接点を作っていった。1kxがラウンド出資をした直後から、デザインやブランディング支援の案件を繋いでもらい、エクイティやトークンと引き換えに仕事を請けているという。

ただ気になるのは、昨今のWeb3業界は一時期と比べると勢いが落ちていて、氷河期を迎えている印象があることだ。この点、1kxは順調に投資実績を重ねられているのだろうか。玉井氏に聞いた。

確かに今のWeb3は、LP投資もほぼ活動を止めていて氷河期のような時期です。ただ、ベアマーケット(市場下落が続いている状況)で活躍した投資ファンドのパフォーマンスの方が、一番良い結果をもたらすとも言われています。ファンドの競合が少ない一方で、スタートアップ側も資金を求めているからです。1kxも本来ならばもっと高い額でしか入れないディールに、低いバリエーションで参加できて積極的に投資を進めています。例えば「Lagrange Labs」や「Modulus Labs」が挙げられます。ベアマーケットがVCにとって追い風であるという意味を現地で強く感じています。(玉井氏)

Web3市場は確実に底上げされていると語る。なかでも投資ファンドの形も変化してきているという。例として、Zypsyが担当する「Hydra Ventures」の名前が挙がった。同社は投資ファンドをDAOの形態で行う。従来の投資ファンドではジェネラルパートナーが数件のディールソートをして出資の意思決定をしてきたが、コミュニティメンバー全体でファンドを募り、ディールを持ってきて、デューデリジェンスを行って意思決定をすれば、より効率的なソーシングができるという仮説に基づいているのだという。

投資家や起業家のコミュニティから集めた資金を、ブロックチェーン上のWalletで管理をし、エグジットした時の利益分配から、メンバーがDAOを辞めた時のシェア変化まで、あらゆることが弁護士によってスマートコントラクトに明文化される(リーガルエンジニアリングという)次世代の投資ファンドだ。Hydra VenturesではAIやバイオテックスタートアップを扱う投資DAOまで、様々なDAOがメンバーによって支援されているという。

今年はWeb3と呼ばれるだけで勢いのない印象を持たれがちだが、そうではないと玉井氏は答える。しっかりと伸びているスタートアップは評価され、機能するスキームは活躍の場を増やしているという。

インターネット業界のウォーレンバフェットに倣う

Image credit: MetaLab

デザイン会社やクリエイティブスタジオ経営のモデルは起業家から敬遠されがちだ。人海戦術になりがちで、スケール性も乏しい。この点、投資家も起業家に対してSaaS事業を勧めることが多い印象である。しかし玉井氏は、ファウンダーフィットの観点から、敢えてデザイン会社の事業を選んだのだという。

デザインやスタートアップが好きなのはもちろん、他の起業家の役に立ちたかったんです。サンフランシスコでは自分が提供した価値が、担当したスタートアップを通じて世界中に届けられる醍醐味があります。日本でも有名なAirbnbやUberのような世界的サービスがいくつも登場しているのがこの場所で、ちゃんと世界中の人たちに自分が作ったものを周りの起業家をサポートしながら届けたい気持ちが強くありました。ただ、自分1人でデザイナーとして活躍してもその価値を最大化できない。そう考えたときにどんな手段があるのかなと考えて、Zypsyの起業にたどり着いたんです。(玉井氏)

そんな玉井氏には憧れとする起業家がいる。それがインターネット業界のウォーレンバフェットとも称されるAndrew Wilkinson氏だ。

Wilkinson氏は2006年にデザインファーム「MetaLab」を立ち上げている。UberやPinterest、Headspaceに代表される、名だたるスタートアップのデザインを手掛けている。デザイン事業単体で大きな利益を叩き出したAndrew氏は、それだけでは終わらずにMetaLab名義でマイクロSaaSの買収を立て続けに行うようになったという。

TechCrunchのような有名スタートアップメディアにも取り上げられないような、小規模でありながら利益を上げているニュースレターやジョブボードサービス企業をどんどん買収していって、買収企業間の連携を模索していった。通常、M&Aのプロセスには最低でも6か月のプロセスを要するが、7日間で買収金額を提示、30日後には買収する起業家フレンドリーな高速買収スキームを構築した。

MetaLabはECプラットフォーム「Shopify」ブランドの買収にも手を出したという。Shopifyエージェンシーなどを次々に買収して、ネットワーク効果を生み出していった。同じ業種の会社をなるべく多く囲って市場シェアを高める「ロールアップモデル」を率先して実施し、先駆けとなった。

MetaLabは世界的デザインポートフォリオ投稿サイト「Dribbble」にも着目。デザインエージェンシーを複数買収していき、Dribbbleを通じて売上を伸ばしていったという。最終的にAndrew氏はMetaLabの経験を活かして、Dribbbleにチェアマンとして参画している。

こうした成功体験をもとに、Wilkinson氏が2009年に立ち上げたのが小売ブランド買収企業「WeCommerce」だ。利益の出るShopifyブランドに始まり、他にもテンプレートからマーケティング、ディストリビューションまで、全ての機能を買収企業を通じて寄せ集め、連結させてグロースをさせていった。最終的にWeCommerceは上場するに至る。

Andrew Wilkinson氏のモデルは、まさに元祖ロールアップモデルで、世界中で同じモデルが採用されつつあります。今のZypsyのテーマは、どう成功の再現性を共有していくのか。事業の伸ばし方をどうサイエンスして、そのリターンをクリエイターにどう上手くシェアできるのかを真剣に取り組んでいる最中です。この点、ロールアップモデルは非常に注目しています。(玉井氏)

成長の再現性を高め、総合的にポートフォリオ価値を高めていくのがAndrew氏が生み出したデザイン会社発のロールアップモデルだ。Zypsyもデザイン会社の観点から、ポートフォリオ各社を相乗効果的にいかにグロースをさせていくのかを試しているとのことだ。

“One billion delta”の実現

Zypsyチーム集合写真

Zypsyのように、サービス出資を通じてスタートアップの成功事例を積み上げるスタジオ事業モデルの機運は高まりつつある。例えば著名投資家のPeter Thiel氏とMarc Andreessen氏がLPとして参画し、Jack Abraham氏が立ち上げたスタートアップスタジオ「Atomic」が挙げられる。同社は年間約24社のスタートアップを立ち上げ、最終的に筋の良い数社を選出してグロースをさせる。Atomicの輩出企業として有名なのは医療系D2C「hims & hers」だ。同社は上場まで4年も費やしていない。

こうした事例からスタジオ経営の形は着実に変化していると語る。同時にリターンを獲得する手段の多様化と、成功を再現するまでの時間軸の圧倒的な早まりが起こりつつあるという。先に述べたMetaLabの事例も含め、これまでスタートアップスタジオは失敗すると捉えられていたが、徐々にその印象が払拭されつつある。玉井氏は、現場で働くデザイナーへ直接リターンが分配されるWeb3志向の新たな事業形態を模索しつつ、デザインサービス出資を通じてスタートアップが成功する再現性を高めようと挑戦している。

最後にZypsyが目指す未来について聞いた。

“One billion delta”というミッションを掲げました。“Delta”とは変化量を指すのですが、デザインとブランディングの力で、10億ドルの企業価値とそれに相当する変化を世界にもたらすことを使命としています。Zypsyのサービス出資を求めるスタートアップがもっと出てくるように努めますし、私たちのポートフォリオからユニコーンが誕生する、そんな世界観を目指しています。(玉井氏)

(短い帰国期間中に取材を受けていただきほんとうにありがとうございました!)

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