シリコンバレー発「Design Capital」とは何か——デザイン業界の新常識を提唱するZypsy(前編)

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玉井和佐氏

スタートアップ専属のデザイン会社に注目が集まっている。名前は「Zypsy」。サンフランシスコを拠点とする日本人起業家、玉井和佐氏が創業した。最新のラウンドでは4.3億円の調達を実施している。投資家には1kx、Lattice Capital、Tokyo Founders Fundに加え、Gnosis、Mercariの共同創業者らが名を連ねる。

日本でもデザイン会社は多く見かける。その多くが、高いクオリティの成果物を提供しているが、人的資源と請けられる仕事の数が比例するため、成長限界を迎えてしまうスケールの課題に行き当たる。しかし、Zypsyは「サービス出資」の形式を採用することで、従来のデザイン会社やスタジオ会社が抱えるこの課題を突破しようとしている。

Sequoia Capital、Andreessen Horowitz。世界でも有数のスタートアップ投資ファンドとも手を組み、次世代を担うスタートアップへデザインサービスを提供するZypsyの正体へ迫る。本稿では5年前の取材時と現在を比較して、どんな変遷で現在のビジネスモデルにたどり着いたのかを訊いた。

「なんでも屋で終わる」デザイン受託の苦悩

Zypsyを最初に取材したのは約5年前の話。当時は、「世界一のデザイン百貨店」をビジョンに掲げていた。世界中のフリーランスデザイナーをZypsy側で組織し、効率的に多くの企業案件を受けるというものであった。先行事例として、フリーランスエンジニアを組織してアプリやウェブ開発を行う「Gigster」が大きな成長を見せており、デザイン版Gigsterを狙っていた。5年前を振り返り、玉井氏は次のように振り返る。

2018年頃は、Gigsterに倣った事業をデザイン分野で挑戦していました。当時はサンフランシスコを中心にデザイナーの給与も高騰していて、ジュニアクラスで時給120ドルみたいな世界が広がっていました。そこで、もっとグローバルで優秀な人材を安く雇うことで、高品質なデザインサービスを提供できるのではないかという仮説を立てたんです。フリーランスデザイナーを囲って、顧客企業のSlack常駐型のデザインチームサービスを提供していました。当初はかなりお客さんが付いてくれましたね。

ただ、その後に何が起きたかというと、「24時間以内にこの資料のこのページデザインを仕上げてくれ」とか、「このWebサイトのここのスクリーンをこういう風に変えてくれ」といった、細かすぎる依頼が大量に舞い込んできてしまったんです。「使い捨て」のデザインリソースみたいな立ち位置になってしまったんです。(玉井氏)

あくまでも「外注先」として見られてしまったZypsyの門出はなかなか難しいものであったと語る。事業運営と同時に、米国の大手アクセラレーターである「Techstars」や「Alchemist Accelerator」のプログラムへの出願を続けたが、最終選考で落とされてしまう日々が続いたとも振り返る。そうして、1-2年続けた当時のビジネスモデルは、スケール性に欠けると判断したという。

売上はある程度はあったんですが、すごい息詰まってるというか、何かが足りないと悩んでいました。そもそも何がしたかったんだ、という自問自答の中で、安さだったり使い捨てられることは望んでいないのは明らかでした。デザイナーも疲れるし、全員がもう本当にストレスがかかっている状態が続いていました。その中でも、1つ確信に近い想いとして、スタートアップの手助けをしたいとは常に考えていましたね。(玉井氏)

玉井氏の傍には、本メディアでも過去取材した日本人起業家コミュニティがいる。彼ら・彼女らを、デザインの観点からサポートしたいとする想いが基礎にあり続けたそうだ。しかしその実現方法は容易ではない。そもそもスタートアップには十分なキャッシュはないし、9割がサービスを閉じる運命にある。そのため、単純に仕事を請けるとしても短期的な付き合いにしかならない。多くのデザインファームがスタートアップと組みづらい理由はここにある。

有名なデザインファームは、良い評判を作ってから、GoogleやUberのような大手テック企業の巨額予算を獲りに行って、最終的に膨大な利益を狙う戦略を採用しています。言い換えれば、デザイナーとの付き合い方もあまり知らず、お金のないスタートアップのような零細企業とはあまり仕事をしなくなってしまうんです。ここにギャップがあると感じました。(玉井氏)

玉井氏の想いとは裏腹の市場課題が浮き彫りになった。そこで従来のデザインファームのスコープから溢れてしまっている、スタートアップとの関係作りに注力したという。

「スタートアップのためのデザインファーム」のあり方をしっかりと考えました。デザインの仕事はなんでも請け負うという体制から、スタートアップとの仕事しかしないことを決めました。短期的なプロジェクトを断ち、本当にやる気のあるスタートアップとの長期的プロジェクトだけを請ける形にしました。(玉井氏)

スタートアップ特化のデザイン企業として再スタートをした。ピボット後の最初の顧客となったのは、やはり日本人起業家であった。それがAIスタートアップ「Robust Intelligence」共同創業者の大柴行人氏である。同社のウェブサイトローンチから携わった。そこから運命の針が動き始める。

運命を変えた、トップティアVCとの30分

Image credit: Robust Intelligence

Robust Intelligenceは著名投資ファンド「Sequoia Capital」から出資を受けている。同ファンドのタレントチームが、Robust Intelligenceの創業チームをヒアリングした際、Zypsyの名前が挙がったのだという。

当時のSequoia Capitalは、ミッドもしくはレイターステージの出資先企業の採用サポートにはとても強かったが、さらに出資先拡大を目指し、$400M規模のアーリーステージのファンド組成が決定していた。当然これまでと同じく、創業初期のスタートアップにも採用支援する流れに社内ではなっていたという。しかしながらSequoia Capitalにとって大きな悩みがあった。それはアーリーステージ独特の採用環境だ。

アーリーステージとレイターステージの採用環境を比較すると全く異なります。例えばフルタイムのコピーライターやデザイナーの活躍の場は、アーリーステージでは少ないんですね。全員をフルタイムで雇う余裕なんてなくて、かと言ってエージェントに丸投げするのもちょっと違うといった企業規模がアーリーです。

こうした独特の採用環境の中、どうSequoia Capitalがサポートするのかと考えた時、Zypsyに可能性を見出してくれました。デザイン業務をフルタイムの形でなく、しかし長期的にサポートできる存在として白羽の矢が立った形です。そこで一通のメールをもらい、ピッチをするための30分の電話会議が決まりました。この30分は人生で一番緊張しましたね。(玉井氏)

Sequoia Capitalとの会議は成功に終わった。後にファンドパートナー3人の前でZypsyのピッチをし、その中の1人でGoogle Cloudを作ったパートナーの目に留まり、同氏担当のポートフォリオが舞い込むようになる。例えばシリーズBラウンドで3,500万ドルを調達した「Cortex」が挙げられる。最終的には17社の案件(2023年7月時点)を担当するに至った。代表的なポートフォリオにはAI動画編集サービス「Captions」が挙げられるという。こうして創業初期のスタートアップに携わるというZypsyとSequoia Capitalの思惑が綺麗に合致したのであった。

ミッドステージの案件も相談されたが、そこはアーリーステージの案件だけを受け入れる意思を明確に伝え、玉井氏はブレることはなかったという。世界有数の厳しいデューデリジェンスを潜り抜けた、可能性あるスタートアップの案件だけが舞い込んでくる流れがここに完成した。

ただ、1社への依存度が高ければ、案件がなくなってしまった時に会社全体が停滞する長期戦略的なリスクが生まれてしまう。そこで玉井氏は次のようなアクションを取った。

Sequoia Capitalに育ててもらったという感謝の気持ちはありますが、1社に依存しすぎてもいけないなとは感じていました。そこで同じ座組を「Andreessen Horowitz」にも持ちかけてみました。そうしたら即答で「Yes」の返事をもらえて、現在は8社まで(2023年7月時点)ポートフォリオを請け負う形になりました。(玉井氏)

世界のスタートアップシーンを牽引する二大ファンドとのパートナーシップを結んだZypsy。VC側からの紹介もあるが、担当した起業家からのリファレンスも効いて、インバウンドでの案件が安定的に来るようになる。玉井氏が望んでいた、初期スタートアップと長期間に携わるという意志がビジネスモデルとして結実した。それも日本にはない規模、かつ世界的投資ファンドと組む形で。これは起業のメッカであるサンフランシスコへと挑戦した玉井氏にとって、願ってもいない状況であった。

新事業モデル“Design Capital”への進化

Image credit: Zypsy

しかしZypsyには、まだ成長する必要があった。

ピボットの過程で、事業モデルの一部は完成した(顧客セグメント、顧客との関係、提供価値、チャネルなど)。しかし、このままでは本質的にピボットをしきれてはいないと焦燥する日々が続いたという。非連続的な成長ができない、ただの受託会社に終わってしまうと悩む日々が続く。ここで助け舟を出したのが、サンフランシスコの多くの若手日本人起業家から慕われる小林清剛氏であった。

小林氏とは、同じマンションに住んでいたこともあり、週4でご飯などを一緒にしながらアドバイスをもらっていたとのこと。そこでのアドバイスとして、エクイティを使った収益モデルのアイデアが降りてくる。

着眼したのは「企業価値」でした。というのもピボット後、2年間で担当したポートフォリオの企業価値は10億ドルを超えていました。合計ではユニコーンに匹敵するほどの企業デザインを担当していたことになります。ポートフォリオの成長率は著しく、シリーズAラウンドを突破するのは当たり前で、2-3年後にはシリーズBを見据えている状態でした。

Zypsyの売上も伸びていったんですが、プロジェクトが始まるタイミングでエクイティをもらった方が、実は合理的にリターンを獲得できる可能性に気付いたんです。10億ドルの企業価値の中、例えば3-4%分のエクイティを現金化できれば、それだけでも現在立っている売上を越せると考えました。(玉井氏)

売上を「いま」回収するモデルから、「あと」で回収するエクイティモデルに玉井氏は可能性を感じた。投資ファンドのような思考で、案件を請ける企業を慎重に選び、デザインサービスを「出資」する代わりに、エクイティを獲得するモデル“Design Capital”の原型に至ったのだ。

ここで検証しなくては行けない点は、そもそもスタートアップがエクイティ契約を受け入れてくれて、Zypsyがキャップテーブルに名を連ねられるかどうかであったが、そもそも手持ちの現金がなく、高品質なデザイン成果物を納めるZypsyに対してエクイティを与えない取引先はあまり出てこなかったという。

売上を将来回収するモデルをここに達成した。ところが、デザイン業界、スタジオ経営の仕組みをひっくり返すためにもう一歩先を見据えたのが玉井氏であった。後半では、昨年大きく注目を集めたトレンド「Web3」の思想を事業に組み込んだ、新発想を紹介する。

後編に続く

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