酷暑でも「夜の涼しさ」冷却技術で地球温暖化に挑むSPACECOOL

SPACECOOL 代表取締役CEO 末光真大氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

2025年の大阪・関西万博で注目を集めるSPACECOOLが解決してくれる問題、それは「酷暑」です。万博パビリオンのテントに採用が決まっているこの放射冷却素材は、エネルギーを使わずに物体を冷却する驚異の技術素材としてメディアなどから注目を集めています。

2021年4月に設立された同社は、スタートアップへの投資を手掛けるWiLと大阪ガスのオープンイノベーション型合弁会社(出資比率はWiL51%・大阪ガス49%)として立ち上がりました。放射冷却素材「SPACECOOL」は、直射日光下であっても独自の熱を逃がす技術により外気温よりも低い温度を保つことに成功し、世界最高レベルの冷却性能を実現しています。

こうした事業拡大を背景に同社は今年4月、開発・創業者であり、同社最高技術責任者であった末光真大氏が新たに代表取締役CEOに就任したことを発表しました。

創業から約3年。次のステップに向けた大きな転換点を迎えた創業者の思いと、カーボンニュートラルへの貢献、そしてグローバル展開への野心的な戦略をMUGENLABO Magazineに語っていただきました。

2025年大阪・関西万博 ガスパビリオンのイメージパース(提供:日本ガス協会)

宇宙の原理を応用した革新的冷却技術

SPACECOOL が開発した放射冷却素材「SPACECOOL」は、直射日光の下でゼロエネルギーで冷える特殊な性質を持っています。この驚異的な技術の原理は、「放射冷却現象」と呼ばれる自然現象を利用したものです。放射冷却とは、地表の熱エネルギーが赤外線の形で宇宙空間に放出される現象です。小学校の理科の教科書にも登場するこの現象は、秋や冬の夜に地表が冷え込む原因として知られています。

通常の素材では、太陽光からのエネルギー入力が放射冷却による出力を上回るため、日中は温度が上昇します。

しかし、放射冷却素材「SPACECOOL」はこの常識を覆しました。末光氏の説明はとてもシンプルなものでした。

都市の中心はとても暑いですけど、郊外で木がいっぱいあるところに行くとちょっと涼しいじゃないですか。それをこの素材1枚で簡単に提供することができます。熱量のインプットよりアウトプットの方が増えるから、冷えるわけです。元々研究していた光工学(フォトニクス)の知見をフル活用して、このエネルギーの大小関係の反転というところにチャレンジしました。(末光氏)

日射反射塗料とSPACECOOLでの温度比較実験

SPACECOOLは太陽光をほぼ完全に反射することでエネルギーの吸収を最小限に抑え、その物体にとって「夜」と同じ状態を作り出します。さらに、放射冷却効果を最大化することで、わずかに吸収したエネルギー以上の熱を宇宙空間に放出します。この二つの効果によりSPACECOOLは、太陽光の下でも周囲の気温より2〜6度低い温度を維持することができます。

さらに、この技術はエネルギーを消費せずに冷却効果を生み出すため、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献する可能性があります。従来の空調システムは大量の電力を消費し、その結果として温室効果ガスの排出につながっていました。SPACECOOL社の技術は、この悪循環を断ち切り、持続可能な冷却ソリューションを提供する可能性を秘めています。このように、SPACECOOL社の革新的な放射冷却素材は、単なる新製品の域を超え、カーボンニュートラル時代における重要なゲームチェンジャーとなる可能性を秘めているのです。

カーブアウトの理由と課題

SPACECOOLフィルム(ホワイト・シルバー)

SPACECOOL社は2021年4月、大阪ガスからカーブアウトする形で設立されました。大企業の中で新規事業を立ち上げるのではなく、独立したスタートアップとして事業を展開する道を選んだ理由は、新市場・新商品の特性にあります。

一般的に大企業において、既存市場や既存事業から離れれば離れるほど、資金や人材の集中が難しくなるという課題があります。既存の事業やその周辺には比較的容易に資源を集中させることができる一方、SPACECOOL社の技術のように全く新しい市場を開拓する可能性を秘めた事業には、大企業の意思決定システムでは十分な資源を割り当てられない場合があるからです。

そのため、スタートアップという形態を取ることで、市場からリスクマネーを調達し、高いコミットメントを持つ人材を集めることが可能になります。

しかし、このカーブアウトの過程では多くの越えるべきハードルがありました。大阪ガスはこれまでにも多くの子会社を設立し、他社とのジョイントベンチャーも経験していましたが、ベンチャーキャピタル(VC)と組んでスタートアップを立ち上げるのは初めての試みでした。また、大阪ガスの研究所で開発された技術は事業化に対する慣例もあり、こうした前例を乗り越えるには多くの説明が必要だったと振り返ります。

さらに、スタートアップとして独立することで失われる大企業のブランド力や信用力、既存の取引関係などのメリットも考慮する必要がありました。これらのデメリットを上回るメリットがあることを、数字やビジョンを用いて説得力のある形で示す必要があったのです。

多様な分野での実用化とグローバルへの取り組み

COOL分電盤(ららぽーと門真)

こうしたハードルを乗り越え、SPACECOOL社は設立からわずか2〜3年の間に多様な分野で実用化が進んでいます。冒頭にあげた万博での採用に加え、竹中工務店やイオンモール、三井不動産などの大手企業との取引が進んでいます。特にららぽーとなどの大規模商業施設では空調コストが大きな部分を占めるため、SPACECOOLによる冷却効果は経済的にも環境的にも大きな価値を生み出しているそうです。

今後数年の中長期戦略として、SPACECOOL社はカーボンニュートラルとグローバル展開の二つを柱に据えています。

カーボンニュートラルに関しては自社製品の省エネ効果を適切に評価し、それをクレジット化するなど、エンドユーザーにとって導入しやすい仕組みづくりを目指しています。

創業当初から視野に入れているグローバル展開に関しては、現在は中東と東南アジアを重点地域として事業展開を進めています。

UAEに訪問時の写真

東南アジアでは、日本企業の既存の商流を活用しつつ日本での成功体験を輸出する戦略を取っています。この地域では、急速な経済成長に伴うエネルギー需要の増加と、気候変動の影響による気温上昇が同時に進行しており、日本企業が多く進出しているという利点を活かし、日系の工場や商業施設への導入を足がかりに現地企業への展開を図るなど、段階的なアプローチを取っています。

一方の中東・サウジアラビアでは夏季の気温が45度を超えることも珍しくありません。

このような環境下で、エネルギーを使わずに冷却効果を得られるSPACECOOL社の技術は非常に高い価値を持つと考えられると同時に、これらの国々は近年脱石油依存を目指して新技術への投資を積極的に行っており、SPACECOOL社にとっては大きなビジネスチャンスとなっているそうです。「日・サウジ・ビジョン2030ビジネスフォーラム」など、日本とサウジアラビアのビジネス関係を発展させるイベントにSPACECOOL社が招待されることも多く、既に気候テックスタートアップとして注目をされています。

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