日台協業の新たな可能性——TSMCサプライチェーンとの関係で生み出すイノベーション

QIC(Quantum International Company、寬量国際)の創業者兼 CEO Alex Lee(李鴻基)氏

本稿は、「Startup Island TAIWAN」による寄稿転載「台湾特集2024」の一部。Startup Island TAIWANは、9月17日から東京で「日本・台湾イノベーションサミット」を開催する。本稿は、「日本・台湾イノベーションサミット」で配布される資料にも掲載される予定。

台湾の半導体産業が新たな転換期を迎えている。世界最大の半導体ファウンドリであるTSMC(台湾積体電路製造)を中心に、国内のサプライチェーンが急速に発展しつつあるのだ。この動きに詳しい、台湾初の独立系フィナンシャルアドバイザリー会社 QIC(Quantum International Company、寬量国際)の創業者兼 CEO Alex Lee(李鴻基)氏に話を聞いた。

2012年に設立されたQICは、台湾市場で最大のECM専業コンサルティング会社として、企業に株式の発行額、価格、時期などをアドバイスしている。また、同社が主催するイベント「Taiwan CEO Week」を通じて5,000件の投資家会議を主催していて、この機会を通じて、毎年200社以上の台湾の上場・非上場企業が5,000人のグローバル投資家に発掘されている。

Lee氏は、投資銀行や株式部門で30年以上の経験を有する。QICを設立する前には、Yuanta Securities(元大証券)のCEOとして、台湾最大の地場企業からアジアの投資銀行へと成長させた。また以前にはドイツ銀行とCSFBのカントリーマネージャーとして、10億米ドルのUMC(聯華電子)のADRをはじめ、多くの主要取引に関与または主導した。

TSMCを中心とした、台湾半導体業界の動き

Lee氏によると、TSMCのサプライチェーン構築は2017年頃から本格化し始めた。その年、TSMCが7nmプロセスの量産を世界に先駆けて開始したことが大きな転機となった。最先端プロセスの開発には、従来以上に密接なサプライヤーとの連携が不可欠となった。

7nmプロセスの導入は、人類が火星に降り立つようなものです。TSMCも含め、誰も経験したことのない領域に足を踏み入れたのです。新製品の開発では、問題が発生するたびにサプライヤーにレシピの変更を求めます。(TSMCにとって)これに24時間365日対応できるのは、台湾のサプライヤーしかいません。

実際、Lee氏はTSMCの3nmプロセス向け材料を供給する台湾企業の例を挙げ、日本の競合他社を押しのけて採用されたのは、24時間体制でTSMCにデータを提供できたからだと説明した。

Lee氏らは昨年、TSMCのサプライチェーンに入っているとみられる台湾企業約50社を特定した。これらの企業の時価総額合計は250億米ドルに達するという。TSMCの成長率に基づいて計算すると、2033年までに、これらの企業の時価総額合計は現在の10倍の2,500億米ドルに達する可能性があるそうだ。

Lee氏らの分析は業界に大きな反響を呼んだ。台湾半導体産業協会(TSIA)会長で、Foxconn(鴻海・富士康)会長のTerry Gou(郭台銘)氏から直接連絡があり「良い調査だが、規模が小さすぎる」との指摘を受けたという。その後の調査で対象企業を80社に拡大しており、時価総額はさらに増加する可能性があるとLee氏は述べている。

TSMCサプライチェーンの特徴と成功要因

台中のサイエンスパークにある TSMC の15番工場
Image credit: Briáxis F. Mendes (孟必思)
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TSMCのサプライチェーンに参入する企業には、いくつかの共通点がある。Lee氏によると、まず既存の事業で十分なキャッシュフローを持っていることだ。TSMCから認めてもらうためには、数年にわたる投資が必要だからだ。

多くの企業が、ディスプレイや自動車、化学産業向けの既存事業で得た資金を活用し、TSMCのサプライチェーン参入に挑戦しているという。一方で、全くのスタートアップがTSMCの認定を取得するのは非常に難しい、とLee氏は指摘する。また、台湾という限られた地理的範囲内でサプライチェーンが構築されていることも大きな特徴だ。

台湾の面積は約3.6万平方キロメートルで、かつてのアメリカ自動車産業の中心地だった五大湖地域(約23万平方キロメートル)の6分の1以下です。この狭い島の中で、2時間以内の移動でコミュニケーションが取れる濃密なサプライチェーンが形成されています。

さらに、同じ言語を話し、同じ大学出身者が多く、子供たちも同じ学校に通っている。仕事が終われば一緒にカラオケに行く。こうした文化的な共通点も、緊密なサプライチェーン構築に寄与しています。

TSMCのサプライチェーン構築を後押しする要因として、米中対立という地政学的な要因もある。TSMCは明らかに米国寄りのスタンスを取っており、中国企業に技術を流出させることはできない。そのため、可能な限り地元のサプライヤーを活用しようとしているのだ。

Lee氏の試算によると、今後10年間でTSMCは設備投資(CapEx)と営業費用(OpEx)の最大50%を現地サプライヤーから調達する可能性があるという。この数字は、TSMCの内部目標とも一致しているそうだ。

イノベーションと国際協力の可能性

ところで、TSMCを中心とする〝内輪者〟だけで形成されたサプライチェーンは、多様性の欠如がイノベーションを阻害する可能性があるのではないだろうか。この疑問に対し、Lee氏は次のように反論した。

確かに、彼らはベンチャーキャピタルが投資するような典型的なスタートアップとは異なります。しかし、TSMCの最先端プロセスに関連する技術開発は、世界で最も破壊的なイノベーションの一つです。それを支えるサプライチェーンの技術革新も、十分にイノベーティブだと考えています。

Lee 氏はあるPCB(プリント基板)メーカーの例を挙げた。

この企業は創業50年以上の歴史を持ちますが、現在の社長(2代目)が10年前に就任してからTSMC向けの新事業に挑戦しています。TSMCが求める先端パッケージング技術「CoWoS」向けの製品開発は、まさにイノベーションそのものです。

Lee氏は、既存事業からスピンオフしたイノベーションか、ベンチャーキャピタルが支援するイノベーションかの違いはあるものの、イノベーションはイノベーションであり、TSMCの最先端プロセス技術がイノベーションだと考えるなら、それに関連するすべての技術開発もイノベーションと言える、と強調した。

台湾のTSMCサプライチェーンの発展は、日本企業にも影響を与える可能性がある。Lee氏によると、すでに4つの日本の大手商社から接触があったという。当初、彼らは台湾のサプライヤーを日本に誘致しようと考えていたようだが、それは現実的ではなかった。その理由として、TSMCのサプライチェーン認定の決定権を持つのは、わずか20人程度の台湾人幹部だという点を挙げた。

日本企業がTSMCのサプライチェーンに参入したいのであれば、台湾で急成長している若い企業と協力することをお勧めします。TSMCは最先端のサプライヤーを日本に移転させることは望んでいないでしょう。

Lee氏は、日台企業の協力の可能性に期待を寄せる。

多くの台湾のTSMCサプライヤーは、現在の時価総額が10億米ドル未満の小型株です。TSMCの需要に応えるための設備投資や在庫投資には、さらなる資金力が必要です。日本企業との協力は、双方にとって有益な機会となるでしょう。

最後に、Lee氏はTSMCとNVIDIAの関係にも言及した。

AIの急速な発展により、NVIDIAには待つ時間がありません。そのため、TSMCとNVIDIAは運命共同体とも言える関係にあります。両社は半導体技術の最前線にいて、他の競合他社との間に大きな差をつけています。勝利の方程式は一つしかありません。TSMCとNVIDIA、そしてそのサプライチェーンの陣営に属するか、それ以外かです。

台湾の半導体産業は、TSMCを中心とする新たなエコシステムの形成により、さらなる発展を遂げようとしている。その動向は、世界の半導体業界に大きな影響を与えることは間違いないと言える。

TSMCを中心とした台湾半導体産業の発展は、日本の投資家や起業家にとって重要な示唆を含んでいる。既存事業を基盤に新たな成長機会を見出す戦略は、日本企業の強みを活かす上で参考になるだろう。

また、地理的・文化的近接性を活かした緊密なエコシステム構築は、日本国内や近隣アジア諸国との協業モデルとして応用可能だ。日本の投資家にとっては、成長著しいアジアのテクノロジー市場への投資機会を見出すヒントとなるだろう。

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