キヤノンMJが「トコジラミ」対策企業を支援?スタートアップ投資で描く新戦略とは

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本稿は独立系ベンチャーキャピタル、グローバル・ブレインが運営するサイト「GB Universe」掲載された記事からの転載

2024年6月、キヤノンマーケティングジャパン株式会社(キヤノンMJ)のCVCファンド「Canon Marketing Japan MIRAI Fund(Canon MJ MIRAI Fund)」は、ホテルなど向けにトコジラミ捕獲サービスを提供するValpas社に出資を行いました。

カメラや複合機などのイメージが強い「キヤノン」とは縁遠そうなスタートアップに、なぜ投資したのか。その狙いをはじめ、CVCを立ち上げた経緯や戦略、ファンド独自の強みなどについて、Canon MJ MIRAI Fundの投資担当グループマネージャー三宅了太さん、Valpas社投資担当の臼井日向子さん、事業開発担当グループマネージャーの阿部龍生さんに話を伺いました。

(※所属、役職名などは取材時のものです)

“異色”の投資は、自然な出会いだった

──Valpas社に投資した理由を教えてください。

阿部:キヤノンMJでは「安心安全でサステナブルな旅行・観光の実現」というテーマで新たな事業の創出を目指しており、Valpas社はその一部のピースとして連携できるのではないかと考えたためです。また、キヤノンMJのグループ会社との協業シナジーも見込めました。弊社は製造・流通・医療などさまざまな業界の企業にITサービスを提供しており、ホテル業のお客様も支援しています。Valpasはホテルの客室のベッドや壁面に付けてトコジラミを捕獲する製品なので、私たちキヤノンMJグループが持つ国内ホテルなどのチャネルを事業拡大に活かしてもらえるのではと考えました。また世界的に問題になっているトコジラミの被害を予防するValpas社との連携により、ホテル支援事業のバリューチェーンの拡大を見込むこともできます。

臼井:私たちのCVCは「国内外のスタートアップに投資し、ワールドワイドな共創によって社会課題を解決する事業を生み出す」ことを目指しています。トコジラミの問題は国や地域を問わず人々のWell-Beingを脅かす問題で、特に旅行・宿泊業界に大きな損害をもたらします。トコジラミの被害で困っている宿泊業界のお客さまへValpasのソリューションをいち早く提案することができれば大きな意義があると感じました。

──Valpas社はフィンランドのスタートアップです。海外スタートアップへの投資になかなか一歩を踏み出せないCVCも多いですが、なぜ迅速に連携できたのでしょうか。

臼井:CVCの設立直後は海外スタートアップとの面談はあまりできていませんでしたが、前職でグローバルな投資業務経験のある阿部さんが参画してから「国内外問わずどんどん会っていきましょう」とリードしてくれました。阿部さんのような多様な経験やバックグランドを持つメンバーが参画するチームだからこそ、今回の出資が実現したと思います。

阿部:私としては海外スタートアップか否かは重要ではなく、「良いスタートアップと一緒に事業をやりたい」という思いがあります。それが自然と世界的な課題解決を目指すValpas社との出会いにつながりました。

阿部龍生:エンジニアリング会社にてプラントの設計及びプロジェクト・マネージメントを担当。資源開発・水・再エネ・IT/AI・ESG 関連の投資・事業開発に従事。米国にてサービス会社の立ち上げ、マネージメントを経験。ガス会社ではエネルギー・環境関連の新規事業開発・経営企画をリードし、資産買収・売却、PMIに貢献。製造・IT会社ではグリーン・エネルギー・モビリティ・ESG等の領域にてCVC・事業戦略・事業開発を推進。2024年3月より現職。

三宅:弊社のファンドでは投資するスタートアップが日本か海外か区別はしておらず、投資領域も幅広いです。AIなどキヤノンの既存事業と近い分野はもちろん、ヘルスケア、地方創生、フード、カルチャーなどのスタートアップともすでにお話をさせてもらっています。

Canon MJ MIRAI Fundが投資対象とする領域・テーマ

特定の領域に捉われず社会課題解決型ビジネスを創出する

──幅広い業界のスタートアップと連携するのはなぜでしょうか。

三宅:Canon MJ MIRAI Fund自体が、キヤノンMJの全社的な「R&B(Research&Business Development)」活動の一環だからです。R&Bは、産官学連携や社内起業促進などを含めたあらゆるアプローチを通じて社会課題解決型のビジネスを創出し続ける枠組みで、2024年1月に立ち上がりました。

通常の「R&D」が既存の事業や技術領域を軸足にした商品・サービス創出を目指すのに対し、私たちは「Business Development」という言葉を掲げています。キヤノンが築き上げた事業領域にとらわれず、新たなドメインで産業を作る。そのために必要なあらゆる共創を行うことを志しているためです。

この発想自体は新しいものではなく、長年キヤノンMJの中で受け継がれてきました。当社はキヤノンの国内販売子会社でありながら、「キヤノンプロダクト以外でも事業を拡大する」意識が強いんです。 20年ほど前に「Beyond CANON, Beyond JAPAN」というスローガンもあったほどで、昔からキヤノンプロダクトにも日本にもこだわらず事業展開していく土壌があります。

その精神を受け継いだR&BやCVCファンドは、特定の技術・事業領域の制約を設けずにあらゆる社会課題解決型ビジネスを創出する方針です。もちろんキヤノンMJのアセットを活かせるかという視点を大切にしつつ、多様な外部パートナーとの共創を通じた事業創出を目指しています。Valpas社のような意外な領域のスタートアップとの連携には、こうした思いが背景にありますね。

三宅了太:キヤノンMJに新卒で入社後、経理本部にて連結会計、内部統制等を担当。2012年にキヤノン中国に出向し、新規事業支援や地域販売体制再編などの経営企画業務にも従事。帰任後は管理会計を担当の後、2022年から経営企画部で事業ポートフォリオ最適化の全社プロジェクトを通じてR&B機能を立上げ、2024年より現職。

──キヤノンMJの事業部が個別にスタートアップと連携するのではなく、あえてCVCを設立した理由を教えてください。

三宅: キヤノンMJは以前からオープンイノベーションに積極的で、スタートアップへの直接投資やVCを通じたLP出資を行ってきました。中でも大きな成功事例は、セーフィー社との資本業務提携によるソリューション創出です。

セーフィーのような共創事例を長期的なスパンで継続的に生み出し、さらにそれを事業化して新たな事業ポートフォリオになるようスケールさせていくために、R&BとCVCを立ち上げました。個々の事業部がそれぞれオープンイノベーションの機会を探るだけではなく、全社として体系的に探索し続けるためには、CVCファンドの形を作ることが最適だと考えました。

スタートアップとの連携は長期的な視点が重要だと考えています。特にシード・アーリーステージのスタートアップへ出資するのであれば、我々の目指したい世界を実現するために長く並走する必要がありますし、フォローオン投資も念頭に入れなければなりません。だからこそ、国内CVCでは比較的大きな100億円というサイズでCVCファンドを組成しました。

資金面だけでなく、人的リソースの面でも、事業開発担当と投資担当の2名でスタートアップと向き合う体制をとっており「投資して終わり」にならないCVCにしています。

阿部:私は前職でもCVCを経験したので、スタートアップと長期で関係を構築する重要性は強く感じています。仮にファンドからの出資が叶わなくとも、他の事業部との連携可能性があれば積極的につなげるなど、双方にとって良い組み方を長い視点で考えていきたいですね。

スタートアップを支える「共に成長し続ける力」

──先ほどのお話にもありましたが、投資担当者だけでなく事業開発の方がCVC内にいるのは特徴的ですね。事業開発メンバーにはどのような経験を持った方がいるのでしょうか。

阿部:私は環境やエネルギー関係の新規事業やCVCを経験してきました。他にも、ヘルスケア領域での新規事業経験者や、カルチャー・エンタメに専門性を持つメンバーなどがいます。

臼井:さまざまな分野に精通した事業開発メンバーがいるので、投資担当としては心強いです。スタートアップの情報を得たときに「この領域なら阿部さんに聞こう」「この分野は〇〇さんが詳しそうだ」とすぐに相談できますし、実際に投資担当と事業開発担当が積極的にコミュニケーションをとりながら、投資・協業検討を日々進めています。

三宅:チームには事業開発に長けた人材だけでなく、長年キヤノンMJに勤めて社内ネットワークの強いメンバーやコーポレート機能のバックグラウンドを持つメンバーもおり、本当に多種多様です。ありがたいことに社長の足立をはじめとする経営陣のR&BやCVCの取り組みへのコミットメントが強く、多様なメンバーをアサインしてくれました。

──スタートアップ協業を強く推進する意識が全社にあるんですね。そうした事業推進力以外に、キヤノンMJが持つ強みやスタートアップに提供できるアセットは何でしょうか。

三宅:最大のアセットはこの50年で培ったマーケティング力です。BtoC、BtoBのそれぞれで幅広い販売チャネルや顧客網、ノウハウを持っています。Valpas社も日本での市場拡大を目指していたタイミングですので、短期的な協業としてもキヤノンMJグループが持つ顧客網を活かせると考えています。

臼井:以前の部署でコンスーマ向け製品の営業に携わる中で特に感じたことですが、日本の市場はアフターサービスにも細かいニーズがあり、ここを丁寧に行うことがブランドの向上に繋がります。この分野で弊社グループが持つノウハウは日本での拡販を目指すスタートアップのお役に立てるはずです。BtoB、BtoCの販売網を使ってスタートアップのプロダクトを売るだけでなく、アフターサービスも含めてお客様と繋がり続けることで、結果としてビジネスパートナーと共に成長し続けられるのではないかと感じています。

臼井日向子:キヤノンMJに新卒で入社後、コンスーマ向け量販店や卸業向けセールスを担当。2015年から経営企画部でIT投資スキームの立ち上げや長期経営構想の策定、事業ポートフォリオ最適化の全社プロジェクトなどに従事。その後、R&Bのコンセプト策定およびCVCの設立に携わり、2024年より現職。

未来を変えるブレイクスルーを目指して

──今後もさまざまなスタートアップとの事業創出を行われるかと思います。中でも、こんな想いを持った企業と取り組んでいきたいという展望があれば教えてください。

臼井:いわゆる「三方よし」のスタートアップと連携していければと思っています。たとえばValpasは殺虫剤などの薬剤を一切使わずにトコジラミを捕獲するソリューションを提供しているので、ヒトだけでなく生態系そのものへの影響が少なく、環境への負荷低減も実現します。そうした課題解決と持続可能な世界の実現を目指すスタートアップを支援して、結果的に良い未来を創っていきたいです。広い意味でのWell-Beingを目指すスタートアップと一緒に成長していけたら嬉しいです。

阿部:私も世の中にインパクトを与え、未来を変えたい想いを持つスタートアップと出会いたいです。社会課題解決への熱意と技術を持つスタートアップのために私たちのアセットが活用できればと感じています。私たちはパーパスに「想いと技術をつなぎ、想像を超える未来を切り拓く」と掲げているんですが、まさにそれを体現する連携を生み出せたらいいですね。

三宅:スタートアップの方々とお話していていつも感じるんですが、皆さんすごく情熱や想いを持って事業に取り組まれています。そんな彼らが持つ想いや技術と、私たちが培ってきたものを上手く組み合わせて、さらにお互いの事業をスケールさせられるようなブレイクスルーを多数生みだしていきたいですね。この私たちの思いに共鳴していただけるスタートアップの皆さんと数多く出会って事業ができたら嬉しいなと思っています。

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