北の大地から全国へ、北海道版・未踏事業「新雪」が切り拓くITクリエイター育成の未来〜NoMaps 2024から

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本稿は、札幌で9月11日〜15日に開催されている「NoMaps 2024」の取材の一部。

地方では、都市部に比べて IT 人材の不足や技術革新の進展が遅れているという課題が浮き彫りになっている。こうした中、地域に根ざした IT クリエイターの育成や支援が極めて重要な課題となっている。特に、地方の若手クリエイターたちが、地域の特性やニーズに基づいた技術開発を行うことは、単なる地方の課題解決にとどまらず、日本全体の技術革新を促進する可能性を秘めている。

2023年1月に設立された一般社団法人「新雪」は、こうした地方の IT 人材の発掘と育成を主軸にした活動を展開している。特に北海道を中心に、地方ならではの技術やアイデアを世界に発信することを目指している。地方が持つ豊かな自然や地域特有の課題を解決するための新しい視点やアプローチは、大都市部とは異なる新しい価値を創造する可能性を秘めている。

NoMaps では、この新雪の活動を紹介するセッションが展開された。

一般社団法人「新雪」の誕生

北海道大学大学院情報科学研究院准教授/新雪 代表理事 坂本大介氏
Image credit: Masaru Ikeda

新雪プログラムの立ち上げには、長年にわたる北海道での IT 人材育成の取り組みが背景にある。この活動をさらに発展させるため、2023年1月に新雪が設立された。

北海道大学大学院 情報科学研究院准教授で新雪の代表理事を務める坂本大介氏は、自身も2002年から3年間、情報処理推進機構(IPA)が実施する「未踏 IT 人材発掘・育成事業(通称:未踏事業)」に採択された経験を持つ。その後も北海道大学で未踏事業の宣伝や未踏クリエイターの発掘・支援を続けてきた。坂本氏は新雪設立の理由について、次のように説明した。

これまで北海道大学や公立はこだて未来大学など、北海道内からも未踏クリエイターが生まれています。しかし、未踏事業全体で見ると、採択プロジェクトの大半が関東の大学からのものです。もっと多くの北海道の若者にチャンスを提供したいと考えました。

東京大学名誉教授、未踏事業プロジェクトマネージャ(PM)、未踏代表理事 竹内郁雄氏
Image credit: Masaru Ikeda

新雪の活動の中でも特に注目を集めているのが、北海道で毎年開催されているイノベーションイベント「NoMaps」との連携だ。このイベントは、スタートアップや IT クリエイターが一堂に会し、新しい技術やビジネスモデルを提案し、実現に向けた議論が行われる場となっている。東京大学名誉教授で、未踏事業プロジェクトマネージャ(PM)の竹内郁雄氏は次のように語った。

地方には都市部に比べて、クリエイターが才能を発揮する場が非常に限られています。NoMaps のようなイベントは、彼らにとって非常に貴重なチャンスです。自分たちのアイデアや技術を多くの人に知ってもらい、フィードバックを得ることができる場は、成長の機会を大きく広げてくれます。

技術を持つ若者が活躍するためには、単に技術力を高めるだけでなく、それを実践できる場が必要です。新雪が提供するプラットフォームや NoMaps との連携は、地方クリエイターがその能力を最大限に発揮するための理想的な環境だと言えるでしょう。

坂本氏も同様に、NoMaps との連携が新雪にとって重要な役割を果たしていると強調する。

NoMaps は、地方の IT クリエイターたちが自分のアイデアを発表し、実際にプロジェクトとして進めるための非常に有意義な機会です。私たちは、このイベントを活用して、北海道の若手クリエイターたちが地域の課題解決に挑戦できるよう、さらに多くのサポートを提供していきたいと考えています。

北海道版・未踏事業「新雪プログラム」

新雪の主な活動の一つが、次世代の IT クリエイターを育成するための「北海道 IT クリエータ発掘・育成事業(通称:新雪プログラム)」である。このプログラムは、経済産業省の「未踏的な地方の若手人材発掘育成支援事業費補助金(通称:AKATSUKI プロジェクト)」の支援を受けて実施されている。

新雪プログラムの特徴は次の通りだ。

  • 25歳未満の若手ITクリエイターを対象としている。
  • 開発・政策テーマを募集し、採択された案件に対して最大150万円の支援金を提供する。
  • 経験豊富な PM による個別指導を行う。
  • 採択件数は最大10件程度。
  • 6ヶ月の開発・政策期間を経て成果発表会が行われる。

坂本氏は、プログラムの目的について次のように述べた。

北海道には500万人の人口があり、20万人から30万人の若者がいます。その中には支援があれば化ける、IT クリエイターとして活躍できる人材がたくさんいるはずです。そういった人材を発掘し、育成していきたいと考えています。地域に特化した技術開発は、地方ならではの課題を解決するための一つの手段です。私たちは、北海道の厳しい気候や産業構造に基づいた技術開発を通じて、地方に新たな価値をもたらすことを目指しています。

このプログラムは、単なる技術の習得にとどまらず、クリエイターたちが将来的に自立し、さらなるイノベーションを生み出すための環境を整えている。PM が個別にアサインされることで、各プロジェクトの進行を支援し、技術的な課題をクリアするだけでなく、プロジェクトが円滑に進むようサポートする仕組みになっている。

経済産業省 商務情報政策局情報技術利用促進課長 内田了司氏
Image credit: Masaru Ikeda

新雪プログラムは、経済産業省が2023年度から開始した AKATSUKI プロジェクトの支援を受けている。このプロジェクトは、地方での未踏的な若手人材発掘・育成を目的としており、全国各地で同様の取り組みが行われている。経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課課長の内田了司氏は、AKATSUKI プロジェクトの狙いについて次のように述べた。

未踏事業の精神を引き継ぎ、このような事業を地方各地で行うことができるのではないかと考えました。政府のスタートアップ5か年計画の中でも、地方の高専生や高校生、大学生を中心とした地方独自の人材育成が重要なアジェンダとなっています。初年度は、全国から26の事業者が34の地域で事業を立ち上げました。特に北海道の新雪と九州大学のプロジェクトは、その中でもクオリティが非常に高いと見ています。

新雪プログラムの特徴の一つが、経験豊富な PM による指導だ。坂本氏が統括 PM を務めるほか、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之氏、元公立はこだて未来大学教授の美馬義亮氏など、未踏事業の卒業生や元 PM が、新雪プログラムに名を連ねている。

新雪プログラム、これまでの軌跡

昨年採択されたプロジェクトの一例。VR での重力感覚再現ができるスーツ。
Image credit: Masaru Iikeda

2023年度の新雪プログラムでは、11組24名のプロジェクトが採択された。その中からいくつかの特徴的なプロジェクトを紹介する。

  • 外見に悩む学生と美容学生のマッチングアプリ
    – 外見に悩む学生が信頼して相談できる相手がいないという問題に対し、アプリを通じて美容学生とのマッチングを行う。
    – ビデオ通話中に AR を用いて顔に直接メイクアドバイスを表示する機能が特徴。
  • VR での重力感覚再現
    – 苫小牧高専の学生が取り組んだプロジェクト。
    – VR 環境で失われがちな重力感覚を再現するため、ハードウェアを用いた力覚提示装置を開発。
  • ゲーム用地形生成ライブラリの開発
    – 公立はこだて未来大学の学生が開発。
    – ゲーム内で自然な地形を自動生成するライブラリを作成。
    – 実際の地形データを元に、ユーザーの要望に応じた地形を生成することができる。
  • 初心者向けプログラミング言語の開発
    – 立命館高校の学生が取り組んだプロジェクト。
    – プログラミング初心者でも使いやすい新しいプログラミング言語を開発。
    – 高校生ながら、専門家も驚くレベルの成果を上げた。
  • XR を用いたリハビリテーションゲーム
    – 北見工業大学の学生が開発。
    – リハビリテーションの継続が困難という問題に対し、XR 技術を用いてリハビリをゲーム化。
    – 実際に、開発者の父親のリハビリに活用された。

これらのプロジェクトの中には、その後 IPA の未踏事業に採択されるなど、さらなる発展を遂げているものもある。

竹内氏はこれまでのプログラムを次のように評価した。

普通の大人の目から見ると「それは何?」と言って潰してしまいそうになるようなアイデアでも、それを潰さずにしっかりやるというのが未踏マインドなんです。そうやって育った人たちは、もっと大人になると、この経験を生かしてすごい人間に化ける可能性があります。

以前の未踏事業では、北海道は日本の人口比で5%ですが、未踏への応募では北海道が10%です。つまり、北海道からの応募は他の地域の人口比に対して2倍の応募率があるということです。この可能性は、新雪プログラムにおいても発揮されると思っています。

地元企業や業界との連携

ヤブシタホールディングス代表取締役 森忠裕氏
Image credit: Masaru Ikeda

新雪プログラムの運営には、地元企業からの支援も大きな役割を果たしている。北海道に本拠を置き、エアコン部品トップシェアを誇るヤブシタホールディングス代表取締役の森忠裕氏は、新雪の活動拠点を無償で提供するなど、積極的な支援を行っている。森氏は新雪プログラムの意義について、次のように語った。

北海道は人口500万人ほどで、ノルウェーやシンガポールと変わらない規模です。その中には、とてつもない能力を持っている子どもたちが絶対にいると思います。この新雪が一つの指導の場となって、次世代の子たちを育て、北海道から世界に活躍できる人材が生まれればいいなと思っています。

NoMaps でのセッション終了後は、場所を新雪の活動拠点「新雪 CREATION GALLERY」に移し、当施設の開所を祝うイベントで持たれた新たなパネルセッションには、群馬県副知事の宇留賀敬一氏、SXSW で「The New Japan Islands」の設計を担当した建築家の遠藤治郎氏、札幌市立大学 デザイン学部教授の齊藤雅也氏らが加わった。
Image credit: Masaru Ikeda

新雪の取り組みは、単に IT 技術の育成にとどまらず、地方創生の一環としても注目を集めている。北海道はその広大な土地と農業、観光産業が主要な産業となっているが、それに伴う課題も多い。特に農業分野では、労働力不足や気候変動の影響が大きな課題となっている。

北海道の農業は広大な土地を管理する必要があるため、効率的な作物管理が非常に重要だ。プロジェクトの中には、AI を活用して作物の成長状況を監視し、農業従事者がより効率的に管理できるシステムを開発しているものもある。

また、観光業は北海道の重要な産業の一つだが、季節による需要の変動が大きく、オフシーズンに観光客が減少するという課題がある。これに対して、あるプロジェクトでは、地域の観光資源をデジタル化し、観光客にアピールするためのツールを開発しているという。

こうしたプロジェクトを支援する一連の取り組みは、単に IT 技術の育成にとどまらず、間接的に、地方創生の一環としても機能することになるわけだ。新雪プログラムは2024年も継続して実施されているが、現在進行中のプロジェクトについては、2025年1月に成果発表会で公開される予定だ。

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