私たちがツイキャスをやめなかった理由(後半)

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2010年2月3日に産声を上げたTwitterベースのライブストリーミングサービス「TwitCasting」、通称「ツイキャス」3度の危機を経験し、ついに運営者の赤松氏(モイ代表取締役の赤松洋介氏)も心が折れかけてしまう。

インタビュー後半となる本稿では、彼らがどこでサービス存続を「踏みとどまったか」に迫ってみる。

実は買い手がみつかっていたツイキャス

ーー3度目の危機ではユーザーが増えてくることでサーバーなどのリソースが膨らみ、コスト的に厳しくなってくるわけです。いつ頃から顕著になってきましたか。

「去年の夏あたりですかね。2012年の夏です。ああ、夏休みって凄いんだなってことを感じたのを覚えてますね。確かに結構いけるんじゃないかっていう手応えの反面、資金はどんどん追加しなくちゃいけない。当然(お金が)足りなくなるわけです。

正直いって本当に辛かった。キャッシュは出ていくけどどこからお金が沸いてくるわけじゃないです。自分で追加するか、ケチってなんとかするかしかないわけです。

その頃はユーザーからの問い合わせに朝から夕方までずっと対応してて、さすがに疲れ果ててましたね」。

ここだ。普通に考えてこの作業は辛い。しかもユーザーは赤松氏の想定の範囲を越えたティーンたちである。別にユーザーが悪いわけではない。ユーザーは100万人を突破してプロダクトも支持されている。

ただ、終わりのない作業が延々と続く。しかもキャッシュはどんどん目減りして通帳の残高が目にみえて減っていく。

私は赤松氏にどこで踏みとどまったのかを聞くために、ツイキャスの事業売却を考えていた当時の様子を聞くことにした。

ーー確かこのあたりで事業譲渡などの模索をしていたと思うのですが。

「実は春に買い手みつかってたんです」。

ーー今年の春?2013年?

「そうですね。その頃です。ちょうどキゴヤマさんともいろいろ話してた頃です」。

ーーでも結果的に売らなかった。どこで踏みとどまったんですか?

「相手から提示された金額は伏せますが、まあ、ある程度の納得感が得られるゼロの数は並んでました。それで、その場は去ったんですね。

で、ふと考えたんです。俺、この会社をその金額で手放すのかって。たかだか数千万円の損失を恐れているのかって。

やってきた道のりに対して、この金額は安すぎる。俺の3年間はこんなもんじゃない」。

ーー我に返った?

「一気に吹っ切れました。もうムチャクチャやってやろうと。

その前の週に太河さん(EastVenturesの松山太河氏)とも食事してて、事業継続に必要な出資の話もあったので、翌週には買い手の方にお断りをいれて継続の道を選びました」。

ここで重要なことは赤松氏は選択肢をしっかりと確保しているということだ。退路を絶ってそのまま崖から飛び降りるだけでは単なる無謀になる。ここは綺麗ごとでは済まない。

右に進むか左に進むか。ギリギリの状況の中で選択肢を作り、その上でさらに挑戦を続ける。

売却してしまえばわずかばかりの現金は手に入ったかもしれない。自分とふたまわりも年齢の違うユーザーのサポートにも追われなくて済む。なにより継続の先に成功など待ってるわけではない。

それでも赤松氏を踏みとどまらせたのは「俺はこんなもんじゃない」という腹の底から湧き出る力と、やはり大森氏とふたり、生み出したサービスへの自信なんじゃないのかなと感じた。

事業継続を選択したツイキャス、海外へ

2013年9月にはサイバーエージェントベンチャーズ主催のイベントでグランプリも受賞する

ーーやると決めた以上、もうこの先はどこまでスケールさせるかがポイントになります。まだ事業フェーズには持っていかないですよね?

「広告とアイテム課金はそこそこ伸びてる状況にはあるので、サーバー代金程度にはなってますよ。予想以上に伸びてるのも確かです。ただ、まだテスト段階です。今稼ぐつもりはあまりないですね。

一時期、コインみたいなのを導入してガチャガチャみたいな仕組みを用意して、なんてことも考えたことあったんですけど、良心の呵責に耐えられずやめました(笑」。

ーーどういう戦略でどこまで伸ばします?

「実はあんまり考えてないです(笑。

日本人は結構いい感じで広まってくれましたが、これが何年も続くと考えるのは無茶ですよね。だから海外もしっかりやっていきますよ」。

ブラジルで開催されたコンフェデレーションズカップ中に起こったデモも中継された

ーー私は海外でも勝手に利用が進んでいるのはLINEとツイキャスって勝手に思ってますよ。

「笑)。来週、アメリカいって拠点作ってきます。データセンターですね。サンタクララかサンノゼか。そのあたりで探してきます。限定一名で現地マネージャーを募集中です。これ書いてくださいね(笑」。

ーー探してますって書けばいいんですね(笑。

「まあ、数字的には3年後にユーザー数3500万人を目標にしてます。これも今の数字を倍々していっただけなんですが」。

この先ツイキャスがどこまで伸びるのか。前例となるニコニコ動画は2013年9月末時点で約3600万人(※)、ちょうどツイキャスが3年後に予定している数字と似ている。

インタビューの最後、もう一度私は土俵際で踏みとどまる理由を赤松氏に聞いた。

ーーまあ、私もこのブログを10名ぐらいのメンバーと一緒にやってて正直キツいと思ったことは多々あります。でも、自分しかやると決めた人間がいない。綺麗ごとじゃないけど、赤松さんもどっかでそんな浪花節みたいなのがあったんじゃないですか。

「いとまささん(ユーザーローカル代表取締役の伊藤将雄氏)がこういうんです。『ユーザーが増えてサーバーが重くなると使われなくなるのは悪いサービスだと。

いいサービスっていうのは、ユーザーが増えてサーバーが重くなっても「沢山人があつまっていいね」って思ってもらえるもんだってね』。

震災も影響は大きかった。ああいういざという時に役立つサービスを作らなきゃいけないという気持ちも強いです。

思い入れのない、自分が使いそうにないサービスなんて作ってもやりがいないじゃないですか。開発している人であれば、事業に興味なくてもそこに思い入れがあれば作ることができる。

だから変な投資家が入ってすぐにピボットさせるのってよくないなって思ってたりするんですよね。キゴヤマさんはどう思います?」

ーーはは、私も浪花節なんで理屈は分かっててもできれば粘って欲しいって思ってますよ(笑。今日は長時間ありがとうございました。また取材させてください。

さて、いかがだっただろうか。私はこの話を奇跡の復活劇のような扱いで書いたわけではない。もちろん注目すべき成長とはいえ、まだ400万人しかユーザーはいないし、飽きっぽいユーザーが次のサービスをみつけて流れていくことだって十分考えられる。

大切なのは赤松氏が踏みとどまった経緯だ。土俵際で彼は開発に飽きたからと、マネタイズに思考をシフトして気持ちが切れることを凌いだ。資金が尽きる前に根回しをし、ギリギリまで自分とサービスを追いこんで、継続という厳しい道のりを選択した。

彼がベテランだからできたのか。いや、そうではないと思う。サービスに自信を持ち、それを自分がやらなければならない理由をサービスに教えてもらい、自問自答の結果、自分たちとサービスはまだやれると信じたからだ。

決して突然の思いつきではない。地道な日々の運営と積み上げがあるからこの答えが導かれる。

赤松氏と大森氏の体験は次に続く起業家にとって多いに参考になるだろう。そういう意味を込めてこのインタビューをみなさんに共有したいと思う。


※ドワンゴ平成25年9月期決算資料より

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