2月下旬、中東随一のスタートアップ・カンファレンス「Startup Turkey 2014 」に参加するため、トルコ南部の保養地アンタルヤを訪問した。このイベントの様子については、本稿前編 で紹介している。
3日間のカンファレンスを終えて、筆者はトルコのスタートアップ・ハブとなっている街イスタンブールに向かった。イスタンブールは、黒海とエーゲ海をつなぐ海峡都市で、よくヨーロッパとアジアをつなぐ交差点と形容される。イスタンブールのヨーロッパ側とアジア側は、車が走れる橋と海底を走る地下鉄でつながっており、この橋と地下鉄は、日本政府の協力で作られたものだ。下の写真は、地下鉄の完成を記念して駅に掲げられていたプレートだが、120年前のエルトゥールル号事件 と共に、トルコに親日派が多い理由を物語っている。
大学の街にオフィスを構える、スタートアップ・インキュベータ「eTohum」
イスタンブールのアジア側、ユスキュダル港周辺の繁華街
イスタンブールのアジア側「ユスキュダル」の波止場から20分ほど坂道を上ると、複数の私立大学がキャンパスを構える学生街が現われる。聞くところによれば、イスタンブールはヨーロッパ側よりアジア側の方が家賃や物価が安いらしく、商業地区の印象が強いヨーロッパ側とは対照的に、アジア側には庶民や学生が多く住んでいる。「Startup Turkey 2014」を主催した、トルコのスタートアップ・インキュベータ eTohum のオフィスは、そんな学生街の一角にある私立大学のビルの中にあった。オフィスを訪問すると、数日前にアンタルヤで会ったばかりの、eTohum の創業者 Burak Büyükdemir が迎えてくれた。
彼の説明によれば、これまでのところ、トルコのスタートアップ界からは、まだIPOのような大きなイグジット事例が生まれていない。比較的大きなものでも、前編 に記したトルコ版〝出前館〟の Yemek Sepeti がニューヨークの投資会社 General Atlantic から資金調達したケースで4,400万ドル、南アフリカの Naspers が会員制プレミアムコマースサイト Markafoni の株式を70%取得したようなケースに留まる。Burak の夢は、IPOを目指せるようなクラスの有望スタートアップをトルコから多数輩出することだ。そのために、トルコ国内の複数大学と共同でインキュベーション・プログラムを展開し、Startup Turkey のような年次イベントや週次のミートアップを複数開催している。
数年前までは学生起業家が大半を占めていたトルコだが、近年では、ホワイトカラーのビジネスマンが起業するケースが増えている。典型的な起業家の姿は25〜35歳位の男性、インキュベーション・プログラムに集まる起業家の平均年齢も29歳とか30歳位が多くなってきているので、それだけ職業の選択肢として認識されつつあるのだろう。
eTohum のオフィスには日本を含め、世界中のインキュベータ、投資家、インターネット企業からの訪問が増加しており、これは今後、欧米や日本からのトルコのスタートアップへの投資が増えることを予見させる。おそらく、トルコのスタートアップの IPO 第一号が現われるときこそ、この市場が爆発的な成長を見せる転換期になるに違いない。
eTohum 本部が入居する、私立大学 Özyeğin Üniversitesi のビル。
eTohum のインキュベーション・オフィスが入居する、Şehir Üniversitesi のキャンパス。
eTohum のインキュベーション・オフィス。
設立2年半で16社のスタートアップを輩出した「Fit Startup Factory」
Fit Startup Factory が入居するビル。
イスタンブールのヨーロッパ側に戻り、オフィス街の大型ショッピングモールの近く、Groupon Turkey などが入る雑居ビルに Fit Startup Factory のオフィスを見つけた。イスタンブールの私立大学 Özyeğin Üniversitesi が、現地モバイルキャリアの Turkcell やトルコ経済銀行(TEB) の協力で2011年に設立した新興スタートアップ・インキュベータだ。
特にアポを取らずに思いつきで立ち寄ったので、訪問当日はインキュベータの責任者は不在だったが、事務担当者が快くインキュベーション・オフィス内を案内してくれた。Fit Startup Factory では、5週間のブートキャンプを提供しており、これに加え、MasterCard や SAP などの大企業と組んで、決済系やビッグデータ系など分野別アクセラレーション・プログラムを提供している。
設立以来1,100件以上のプログラムへの参加の応募が寄せられ、これまでにここから輩出されたスタートアップは16社に上る。起業家や投資家を中心に約30人のメンターを擁し、イスタンブールのみならず、トルコ国内各地の大学を訪問し、ミートアップやブートキャンプなど、起業を啓蒙するイベントの出前開催に重点を置いて活動しているそうだ。投資ファンドや政府系企業、トルコ国外の起業プログラムとも密接に連携しており、eTohum と同じく、注目すべきスタートアップ・ハブの一つと考えてよいだろう。
トルコから欧米市場をターゲットに見据える音楽版 LinkedIn「Giggem」
Giggem の開発チーム。
Fit Startup Turkey から程近いオフィス街に拠点を置くスタートアップ Giggem を訪問した。創業者の Emir Turan をはじめとするチームメンバーが、センスのよい調度品が揃ったオフィスに筆者を迎え入れ、トルコティーをご馳走してくれた。
Giggem founder/CEO Emir Turan
Giggem は、音楽を楽しむ人を互いにつなぐバーティカルSNSだ。歌手、バンド、音楽プロデューサー、録音技術者、作詞家、興行主など、半ば人々が趣味でやっている音楽活動のチームアップを助け、ビジネスにできる可能性を提供する。2013年10月のローンチ以来15,000人程のユーザがサインアップし、現在14,000件の(「バンドを一緒にやろう」のような)募集広告が掲載されているそうだ。
開発チームを含む本社機能はイスタンブールに置いているが、サービスへのアクセスは、音楽ビジネスが盛んなロンドンとロサンゼルスからが多い。オンライン・サービスとはいえ、つながった人々が実際に音楽活動をする際には、一カ所に集まることが多いからだ。Giggem は既にロンドンとロサンゼルスにスタッフを置いているが、今後、この2都市に現地オフィスを構え、マーケティングを強化する計画だ。
Emir は、トルコの起業家の中では、かなり希有な存在と言えるだろう。トルコの食品メーカー大手 ETI Group の創業家に生まれた彼は、生まれながらにして、この大企業を牽引する運命を背負っていた。大学卒業後は弁護士になり、欧米系の銀行で働いた後、ETI Group の経営部門に招かれた。しかし、彼は既に完成された大企業の経営の煩わしさを嫌い、自分の手で一から事業を興すことを決意。若い頃から慣れ親しんでいるギターやバンド活動にヒントを得て、Giggem をローンチさせた。
大きなビジネスを目標に掲げる起業家が多い中、それを投げ打ってまでスタートアップを始めた彼の選択は、凡人である筆者の眼には、少し贅沢な生き方のようにも映る。しかし、さまざまな志を持った起業家がいる多様性こそ、スタートアップ・コミュニティの成熟度を示すバロメーターであり、そういう点で、Emir との会話は、トルコのスタートアップ・シーンに対する筆者の期待をさらに高めてくれる機会となった。
トルコのインターネット産業の成長スピードはヨーロッパでも群を抜いており、その堅調な市場情勢に支えられて、多くのスタートアップが生まれて来ることだろう。今回、トルコを訪問するきっかけをくれた、BEENOS のベンチャーパートナー Bora Savas 氏に改めて謝意を表したい。
THE BRIDGE では、現地取材に加え、ワンダ(ومضة) や Webrazzi などの現地テックニュース・メディアとの協力により、トルコやその周辺諸国のスタートアップ動向も今後お伝えしていきたい。
<参考文献>
ボスポラス海峡ごしにアジア側からヨーロッパ側を眺める。