シード投資における優先株の基本設計ーースタートアップ目線で考える最近のシード資金調達(4)

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編集部注:寄稿者の猪木俊宏氏は弁護士としてファイナンスや企業法務などに関わる一方、起業から資金調達、上場審査、M&Aなど、スタートアップが直面する様々な場面での経験を生かした起業支援活動でも知られる人物。さまざまなスタートアップに投資するエンジェル投資家の顔も併せ持つ。

<これまでの連載>

普通株投資のもう1つの問題点とシード優先株の基本設計

今回は、普通株投資についてのもう1つの問題点を紹介したうえで、仮にシード投資において優先株を用いることにした場合、その優先株はどのように設計されるべきかについて考えていきます。筆者は、現時点では、シード投資において優先株を用いることを積極的に推奨するものではありません。しかし、今後シード投資においても優先株の利用が広がる可能性もあるため、あらかじめスタートアップ目線でシード投資で利用される優先株はどのように設計されるべきかを考えておこう、というのが今回の執筆意図です。

1.普通株によるシード投資のもう1つの問題点

普通株によるシード投資のもう1つの問題点は、ある種の投資家にとっての「減損リスク」です。ここでいう投資家とは「事業会社」です。個人であるエンジェル投資家には関係のない話ですし、シードVCにとっても気にするような話ではありませんが、監査法人による会計監査を受けている事業会社の場合は異なります。

細かい話は省きますが、事業会社が保有しているスタートアップの普通株は「市場価格のない普通株式」として、その減損処理は、基本的に、発行会社の純資産額をベースにした実質価額に基づいて行われます(金融商品会計に関する実務指針第92項参照)。

ただし、このスタートアップが優先株(種類株式)も発行している場合には、普通株の純資産額は、発行会社の純資産額をそのまま用いて算定するのではなく、発行会社の純資産額から優先株(種類株式)に帰属すべき純資産額(優先分配分:多くの場合は1倍)を控除して算定されることになるため(実務対応報告第10号Q4参照)、通常マイナスになってしまい、仮に「スタートアップとしては」順調に成長していたとしても(つまり利益を出すのではなく調達した資金を活用して事業を伸ばすことができていたとしても)、回復可能性なしとされれば投資家である事業会社は減損処理しなければならなくなります。

そのため投資家としての事業会社にとって、「普通株ではない」投資方法を採用することについて、一定の(少なくとも潜在的な)需要があることになります。近年、スタートアップ投資における事業会社の存在感は徐々に大きくなってきており、今後も事業会社による投資が拡大することが望まれますが、そのためには事業会社の減損リスクについても考慮する必要があります。

2.シリーズA以降の優先株

以上を前提にシード投資に用いる優先株の基本設計を考えてみましょう。

シード投資に用いる優先株について考えるにあたっては、前提として、まずいわゆるシリーズA以降の優先株が現在どのように設計されているのかを見ておく必要があります。

186社ものスタートアップの登記簿を調査した労作である500 Startups Japanの調査レポートでは、日本のシリーズAで用いられる優先株は「優先分配権1倍かつ参加型」が4分の3ほどを占めているとされています。また、このレポートでは米国の状況も紹介されており、Silicon Legal Strategy: Seed Financing Report (2015)によると、米国では400万ドル以下のシードファイナンスにおける優先株は「優先分配権1倍かつ非参加型」がほとんどであるとしています。

優先分配権1倍を超える倍率とされているものが思っていたより多いのですが(筆者は実務上あまり目にすることはなく、目にした場合は1倍に修正していただくよう交渉しています)、日本では参加型、米国では非参加型が基本とされている点が目を引きます。その理由は様々な経緯もありそうで一概に言うことはできません。ただ、米国では成功した場合のアップサイドが大きいため非参加型でも十分リターンを得られるという点は影響がありそうです(非参加型優先株は、優先株としては優先分配分しかリターンを得られないので、普通株に転換した方が有利な場合には普通株に転換した上でリターンを得ることになります)。

3.シード投資における優先株の基本設計

ここからが本題です。仮に日本におけるシード投資において広く優先株を用いることになった場合、その優先株はどのように基本設計されるべきでしょうか?

(1)参加型・非参加型と優先倍率

シード投資家にとって必要なリスクヘッジは、後のシリーズA以降の投資において優先株が用いられたケースで投資先のスタートアップがM&A(多くは株式譲渡)によってexitした場合に自らだけが損失を被ることを回避することです。そのためには必ずしも参加型である必要はなく、非参加型であってもこのリスクヘッジは行うことができます。

その上で投資家の類型ごとにみていくと、まずエンジェル投資家については、非参加型としても大きな問題はなさそうです。非参加型であっても最低限のリスクヘッジはなされることになり、また、アップサイドを得るには普通株としてリターンが出る必要があるため、前回述べた「気合い」(普通株としてリターンが出るまで起業家とともに頑張る)の点でも問題なさそうです。

また事業会社についても、減損の点は非参加型であっても優先株である以上回避可能なためやはり問題はなさそうです。

最後にベンチャーキャピタルについてはどうでしょうか。シリーズA以降で参加型が定着していることからすると、非参加型とすることについては抵抗感がある場合も少なくなさそうです。しかし、ベンチャーキャピタルであってもシード投資を行う場合については、普通株としてリターンが出るまで起業家とともに頑張るというのは、シード投資家としてのひとつのあるべき姿であるようにも思います。このような投資方法を採用したとしても、シード投資においては普通株で行うケースもある以上、LP(ファンドの投資家)に対する責任を欠くということにもならないはずです。

優先倍率については、起業家のモラルハザード防止のため2倍等に設定することも考えられますが、基本的には1倍で差支えないと思います。

(2)議決権は必要か?-無議決権株式の可能性

次に議決権についてはどのように考えるべきでしょうか。

種類株主総会の開催に関するリスクを低減するためには無議決権株式とすることも考えられます。スタートアップ投資において無議決権株式はこれまでさほど用いられておらず、投資家の対応は、投資家の属性や投資の仕方によって異なりそうですが、無議決権株式とすることも実務上可能と思われます。

まずエンジェル投資家については、無議決権株式とすることについて、それほど抵抗はなさそうです。通常エンジェル投資家の持分比率は大きいものではなく、また、エンジェル投資家が起業家、スタートアップに対して影響力を持つことがあるとしても、それは議決権を有するからではなく、個人的な信頼関係に由来することがほとんどだからです。つまり、議決権があってもなくても、起業家と一定の信頼関係があるエンジェル投資家は起業家、スタートアップに対して影響力を持ちえます。

次に事業会社についてはどうでしょうか。持株比率が低い場合は議決権の有無は問題にならないケースが多そうですが、持株比率が高い場合は議決権を有することを望むケースも出てきそうです。また、持分法適用会社になるか否か微妙なケースではあえて無議決権株式を用いて持分法適用会社にしないケースなどもありそうです。

最後にベンチャーキャピタルについてはどうでしょうか。LP(有限責任組合員、ベンチャーキャピタルのファンドに出資している投資家)に対して責任を負うベンチャーキャピタルとしては、議決権によって特に種類株主総会を通じた一定の影響力を保持することを望む場合もあると思いますが、他方、実質的に考えると、投資契約等における事前承認事項(拒否権)などを通じて、同様の影響力を発揮することは十分に可能です。

スタートアップが違反した場合に契約違反となるに過ぎないか、あるいは法令定款違反になるかという違いはありますが、少なくとも実務的に考えた場合には両者に大きな違いがあるとは思えません。適切な投資契約等を締結しているならば、無議決権株式で投資するとベンチャーキャピタルがLPに対する責任を十分に果たせないということにもならないはずです。

(3)まとめ

以上をまとめると、シード投資において優先株を用いることにする場合、スタートアップ目線では、非参加型の無議決権株式とするというのが一つの考え方になります。ただ、繰り返しになりますが、筆者は、現時点ではシード投資において優先株を用いることを推奨するものではありません。

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