格好つけて、最高に格好悪い製品を作っていたーー日本人起業家が2年のブランクを経て、Uber投資家から資金調達するまで

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Anyplace 創業者 CEOの内藤聡氏

シリコンバレーの若手起業家の名前を挙げる際、内藤聡氏は外せないだろう。Uberの初期投資家であるジェイソン・カラカニス氏から資金調達を成功させた日本人起業家である。

現在、ホテルの一室を月極定額サービスとして利用できる「Anyplace」を運営する。Anyplaceは30以上のホテルと提携し、年間流通総額は120万ドル超。累計顧客数は約400人を誇る。今回、2014年の渡米からの4年間を踏まえた学びと、Anyplace誕生までの軌跡を取材した。

内藤氏は山梨県出身の28歳。家庭は零細企業を営み、ビジネスが身近にある環境で育った。そんなバックグラウンドを持つ彼の人生が大きく動き出したのは大学時代。

Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグを題材にした映画「ソーシャル・ネットワーク」を観た経験が人生を変えた。同世代でも世界的IT企業を興せる現実を知り、サンフランシスコへ渡る。家族の背中を見て染み付いた経営者意識をもとに、世界市場へ飛び出した瞬間であった。

渡米した2014年、最初に取り組んだことはシェアハウス「Techhouse」の運営だ。IT系に興味の有る日本人が短期滞在でき、ノウハウ共有や志を共にできる若者を集う宿泊場所。Techhouseは、同じくシリコンバレーでラーメンTech企業「Ramen Hero」を創業した長谷川 浩之氏と運営をした。ここから内藤氏の起業家人生が始まった。

トレンドの塊から生まれた最初の製品

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Techhouseを運営した経験から内藤氏が最初に開発した製品は、直前予約版Airbnbだ。民泊プラットフォーム「Airbnb」で当日売れ残った部屋を、低価格で購入できるマーケットプレイスであった。

ホテルの部屋を直前予約できるサービス「HotelTonight」が台頭していたことから思い浮かんだアイデアだ。しかし、製品は出鼻を挫かれる結果に終わる。内藤氏のブログでは3つの理由が列挙されていた。

  • ローンチ1週間後にAirbnbにバンされる
  • 1室の獲得コストがホテルの比じゃなく高い
  • 良い部屋であればあるほど売れ残らないため、部屋を出してくれない

しかし事業的な課題点以上に、内藤氏自身が自分の製品を信じられなくなっていたことが大きな失敗の原因であったと語る。

内藤氏 : 当時は頭でっかちに考えていて、トレンドだけをひたらす追いかけていました。HotelTonightやAirbnbが急成長を果たしていた背景から、2つのサービスを上手く混ぜれば良い製品ができると考えていました。自分の欲しいものでもなかったですし、顧客ニーズも考えず、ある意味頭良く考えてしまっていた節がありました。

疑心暗鬼になっていた内藤氏に救いの手を差し伸べたのが、同じくシリコンバレーで起業をしていた小林清剛氏であったという。同氏は2011年7月にスマートフォン向けの広告配信事業を手がけるノボットをKDDIグループのmedibaに売却した連続起業家だ。

内藤氏 : 小林さんに言われたアドバイスの1つが「そもそも起業家にとって最も大切なものは創業者の信じているものの強さだよ」というものです。そこで創業者の求めるもの、目指すものが起業の根本にあると気付きました。

人を巻き込めないと何も始まらない。事業がスケールするかしないかは誰にもわからない。だからこそ、自分の好きなものを突き詰めることを軸にした。投資家や従業員などステークホルダーを惹きつけるには、創業者が自身を持って信じている製品を作ることが大切であるということを学んだ瞬間であったという。

2年の暗闇を抜けたきっかけは「シークレットクエスション」の発見

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最初の製品失敗から約2年、毎日フリーターのような生活を過ごしたという。有名な投資家や起業家のブログを見て勉強しながら、お客さんのつかない小さなプロジェクトを同時並行的に回した。そこで著名アクセレータ「Y Combinator」の創業者ポール・グラハム氏の一説が考えを一転させた。

「自分が欲しくて、世の中にないものを見つけろ」

代替品で満たされた世の中で、正しく疑問を持つことで新しい光が見つかる。たとえばUberはタクシーというサービスを当たり前に使っていた世界に、配車マッチングの概念を持ち込んで市場を一変させた。そこでTechhouseでの経験が再度よぎった。

内藤氏 : Techhouseのサービスを閉じる際、引っ越し作業を強いられたのですがそのプロセスに大きな違和感を覚えたんです。なぜ当たり前にめんどくさい引っ越し作業を受け入れているのか。この「当たり前の辛さ」をなくそうと思ったのがAnyplaceの始まりです。

引っ越し作業という慣習化された課題点。サンフランシスコの住宅事情もAnyplaceのサービス立ち上げに大きな影響を及ぼしている。

サンフランシスコの平均家賃は1部屋を借りるだけで30万以上は平気でする。また、四方が海で囲まれている環境から、引っ越し先を探そうと思っても新築マンションが建てられることはそうそうない。年々世界中からIT人材が集まる住まいの需要が高まっても、供給側が一向に追いつかない構図ができてしまっていたのだ。こうした背景も含めて住宅課題を解決しようと心に決めた。

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内藤氏自身の原体験から自信を持って開発を進められる方向性は見えた。次に消費者行動の変化に着目したという。

内藤氏 : 「シェアリング」「AI」「自動運転」のように、安直にテーマだけを決めて事業開発することに私は否定的です。最も大切なのはテーマではなく、消費者行動です。

Anyplaceの投資家であるジェイソンカラカニス氏も投資分野を絞らないと言っていました。その理由は次のUberやAirbnbを見逃すリスクが発生するからだそうです。

特定分野だけを追いかけていると、徐々に起こっていた消費者行動の変化が、突然市場にやってきたかのように錯覚してしまう。だからこそ、幅広い分野を見つつ、行動変化の兆しを見逃さないとのことです。

内藤氏が着眼した行動変化は、AirbnbやUberのサービス台頭に代表されるような「所有から共有」へのトレンドであった。そこで思い付いたアイデアが「定額ホテル住まい」だ。

ホテルに住んでしまえば、全ての備品が備え付けで用意されている。引っ越しの際に持ち運びするものがその場に全て揃っている。ここを「滞在先」ではなく「住居」として価値を転換させれば市場に大きなインパクトを与えられると踏んだ。なにより内藤氏自身が抱えていた住居の課題を解決し、顧客として創業者自身が使っていける点に良さを感じた。

最初の製品失敗時には自分の製品は必ず成功すると盲信して顧客の反応を無視した。結果、ピボットの意思決定が遅れたことは繰り返さない。すぐにECウェブサイト作成サービス「weebly」を使い、顧客が実際にお金を払い価値を感じてもらえるかを実証した。

こうして、どんな人にとっても「住」という要素を、手頃な価格にまで敷居を下げ、移動の柔軟性を持たせた新サービスAnyplaceが誕生した。

「疑いの視点」と「勝負に対しての柔軟性」

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ここまで、Anyplace誕生までの軌跡を紹介したが、大きく2つの学びが挙げられる。1つはトレンドを気にせず「疑いの視点」を持つ点だ。

内藤氏 : トレンドをひたすらに追い続けていては情報収集はできても、いつまで経ってもシークレットクエスションにたどり着けません。米国のサービスを再現して資金調達はできるでしょうが、世の中に大きなインパクトは残せないと感じます。そこでAnyplaceではバッサリとトレンドを追いかけることを断ち切りました。

シークレットクエスションは創業者の経験や気付きそのものであり、「疑っていない真実」を探し出すことと同義。探し出せる日が1日後なのか、1年後なのかわからない。世間を疑う姿勢を持ち続けるしか道がない。最も重要なことは、トレンドを追いかけていては「疑いの視点」を見失ってしまう点だ。トレンドとは誰かが作った既存概念に過ぎない。スタートアップの存在意義はこうした概念に切り込むことだ。だからこそ、トレンドに縛られることを捨てたという。

もう1つは、「勝負に対しての柔軟性」を持つこと。

内藤氏 : これも小林さんからのアドバイスですが、「創業者は自分を騙す傾向にある」と言われました。お金や人が集めると、なかなか失敗を認めて次のステップへ進むトリガーを引けなくなる、と。

無責任に失敗を認めてピボットを容認しろとは言っていません。しかし自分を信じられない限り、何もできません。そのため、創業者が自分の製品に少しでも違和感を感じたら、それを見逃さずに認めて、なにかしらのアクションを起こす勇気を持つことが大切です。

野球選手やギャンブラーは、10割成功確率を持てる人は誰もいない。仮にいたとしたら誰もが事業化しており、スタートアップの立ち入る余地はない。たとえばプロのギャンブラーは、すぐに結果が出てしまう。もし大負けをしたとしても、その結果に対して悔しさを感じている数分後には、すぐに次のゲームが始まってしまう。悔しんでいる間に次のチャンスを失う。

特に初めて起業する人にとって最大の障害となるのが、こうした7〜8割の失敗を受け入れられない考えだ。残りの1〜2割を当てれば最後には勝者になれる。これを念頭に動けば素早く次のアクションへ移すことができる。

最初の製品開発に取り組んでいた当時の内藤氏は「最初の事業を失敗しました」とステークホルダーに説明することができなかった甘さがあった。しかし、小林氏からのアドバイスや、失敗の経験から、「最後に勝利を手にできれば、それが起業家の生きた証となる」という考えへ至り、迷いは振り切れたという。

インタビューを終えて、内藤氏の「これからは事業へ投資をしてくれた、そして私自身に賭けてくれた人に恩返しをしたい」という言葉が心に刺さった。

筆者も同じくシリコンバレーで事業を2年弱していたが、シリコンバレーで会社の成功をひたすらに追求することは並大抵のことではない。精神が不安定になり、正しい意思決定ができないことが毎日のように襲いかかる。ただでさえ起業相談に乗れる人に直接会えない海外にいるとなおさらだ。

私はTechhouseに1年ほど住んでいたのだが、実は最初の製品がAirbnbからバンされた現場を目の当たりにしていた。その場の雰囲気を覚えているからこそ、そこからAnyplaceのアイデアに行き着くまでの2年間は至難であったのであろうと感じる。

「あれだけ大風呂敷を開いて、資金を集めたにもかかわらず失敗は見苦しい。応援してくれる人の期待値に応えられないことは、下手したら詐欺師だ」と思っていたと語る内藤氏の言葉の裏には、壮絶な経験があったことが垣間見えた。

シリコンバレー起業家の同期であり、友人であり、今では起業相談に乗ってくれる師とも言える内藤氏の事業拡大をこれからも見守っていきたい。

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