クール配達分析SaaS「Frost」が100万ドル調達ーー日本人起業家が挑む米国ドライアイス問題

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左がCTO大下氏、右がCEO田中氏

2023年9月27日、米国サンフランシスコを拠点にクール配達分析SaaSを提供する「Frost」が、100万ドルの資金調達を発表した。共同創業者は日本人起業家であるCEOの田中優祐氏とCTOの大下優弥氏。投資家にはサイバーエージェント・キャピタル、三井住友海上キャピタル、EC配送ラベルスタートアップ「Shippo」共同創業者のLaura Behrens Wu氏、メルカリ共同創業者の石塚亮氏、ギフティー代表取締役の鈴木達哉氏、元オリンピックメダリストの太田雄貴氏などが名を連ねる。

Frostは冷凍・冷蔵商品を扱うEC企業向けに配達パフォーマンス分析ツールを提供する。従来、運送業者の勘頼りで行われていたドライアイス詰めによって、多額の無駄な配達料の発生や、ドライアイスが溶けてしまって商品が傷んでしまう問題対応をEC企業は余儀なくされていた。こうした諸問題に包括的に取り組むのがFrostだ。

同社の分析サービスを導入すると、EC企業がどの運送業者を使うと商品がどのくらいの精度で問題なく届くかのパフォーマンスがわかる。国土の広い米国において、天候や交通網といった関連データも含め、信頼性高く安心して商品を届けるためのインサイトを弾き出す。サービス立ち上げ初期はクール配達に特化するが、中長期的には配達種類を問わず対応していくという。

今回はCEOの田中優祐氏に日本帰国のタイミングで本ラウンドについて取材をした。Frost前の事業失敗の逸話も含め、どのような経緯で今回の調達に至ったのかを訊いた。

民泊から始まった起業家人生

田中氏の起業家人生は民泊事業から始まっている。大学卒業後、2015年にサンフランシスコへ引っ越してきて、最初に立ち上げたのがカプセルホテル事業であった。現地のホテルに宿泊すると一泊で300ドル前後はかかる。しかし、ホステルのような30ドル前後の部屋に泊まると、雑魚寝部屋状態でプライバシーも守られずに安心できない。そこで快適性が担保されていて、安いオプションの宿泊施設を提供しようと考え、生まれたのが日本式カプセルホテル事業であった。

「カプセルホテルのアイデアは、ちゃんと月間4-5万ドルの売上が出て、利益も上がるようになりました。ただ、事業展開を進める中で、サンフランシスコ市からの訴訟問題に直面してしまったんですね。当局から、これはベッドというよりは「部屋」であると言われてしまったんです。言い換えると、消防法をクリアするための非常口やスプリンクラーの設備を各カプセルに備え付けないといけないことを意味します。弁護士と一緒になにか対応策がないか検討を繰り返したのですが、これ以上はリーガルリスクを受け入れられないと判断して撤退しました」。

田中氏曰く、サンフランシスコはスタートアップが集まる都市ではあるが、その反面、法律面では意外と厳しい対応を課しているという。例えばライドシェアバイクに対しては毎年免許制にしていて、コンペ形式で数社に事業許可を下ろしている。当然、免許コンペに落ちると事業展開できなくなるスタートアップがいて、撤退した大手スタートアップもいたという。

新サービス模索を続ける中、シニア層向けオンラインクラスや、NFTの領域にまで手を出すが、いずれもしっくり来ることがなかったという。ピボットを続けていく中で、次のような気付きを得たと語る。

「何度も挑戦していく中で、自分はB2B向けのサービスをやりたいことに改めて気付きました。旧態依然とした巨大市場に、独自のアプローチで挑戦していきたいと思ったんです。ただ、日本ではアウトサイダーが業界に乗り込んで、大きな成功を収める話があるように伝わっていますが、実際はそうではありません。解像度が低いアイデアだけになってしまい、成功確率は下がることもあります。そのため、何かしら接点のある市場の問題に取り組もうと決めていました」。

カプセルホテルの事業を始めたのも、親族に民宿経営をしていた人がおり、手伝いもした経験がきっかけとなっている。業界に携わったインサイトがあったからこそ乗り込んだ市場であった。次のサービスづくりも、こうしたユニークな市場インサイトを基にしようとは決めていたという。そんな中で出会ったのが、当時バンクーバーに住んでいた大下氏であったという。

ドライアイス問題の先にあった巨大市場

大下氏は元々EC食品系スタートアップに勤めていたことから、EC市場を念頭に次のサービスを模索する日々が続いたという。そこで挙がったアイデアが、冷凍・冷蔵食品の配達問題ソリューションであった。

「2人で話している中で挙がったキーワードがドライアイスでした。ドライアイスの値段が年々上がっている割には、配送先によってどのくらい正確に詰めればいいのか、全く業者の人がわかっていなかったんです。ざっくりと経験ベースでドライアイスを詰めてしまっていたんですね。そうすると、本来は送料が安くなるところが無駄に高かったり、逆に送料が安い分、ドライアイスが詰まっていなくて商品が溶けてしまう事例が発生していました。EC企業に大きな不安を与えてしまっている状況が浮き彫りになりました。そのほかにも、倉庫側の管理ダッシュボードシステムが古すぎて、使い物にならないなどの課題が挙がっていきました」。

事業者側の目線を深く理解している大下氏が参加することでアイデア出しが進んでいった。同時にプロトタイプとして、物流周りの社内オペレーション改善サービスのコードを書いてみる行動にもすぐに移せたとのこと。こうして田中氏は、EC企業で冷凍・冷蔵食品を扱っている企業をターゲットに決めて、何十社もの企業へヒアリングに出掛けたという。

「ドライアイス問題を発端とした課題は、想像以上に大きいものでした。米国では日本のクール宅急便のようなサービスは見当たらず、ダンボールに直接ドライアイスを詰めて配送されます。また、国土が広いため、全米各所に商品を届けようと思った際、何箇所かの倉庫を経由して配達されるのが一般的です。

物流業務を受託するサードパーティー・ロジスティクス(略して3PL)にフルフィルメント業務を依頼する必要があります。しかし、ドライアイスの問題だけではなく、天候や作業ミスによって配達日時が数日遅れたりすることが頻繁に起きているのが現状です。最終的にはEC企業にしわ寄せが行って、返金や再配送コストを持たなくてはいけないという大きな課題に行き当たりました」。

経験ベースで配送作業が進むこともある物流業界。この問題を解決するために、データ分析のアプローチを業界へしっかりと取り入れようと決心したという。実際、すでにデータドリブンな運送業者は、時間通りに配送されたのか、再配達・配送、返金ロスのKPIをしっかりと持っているという。ちゃんとデータを使って物流のプロセスを改善していく仕組みを取り入れられているか否かで、EC企業から支持される運送業者も決まってくる。当初、ドライアイス問題に注目したのは、データ経営ができていない物流業界が抱える症状の一旦であったのだ。

「クール配達分析SaaS」の誕生

一番課題感を把握している、冷凍・冷蔵EC商品を扱う企業向けに、データ分析サービスを提供する運びとなった。事業成長に伴い、サービス領域拡大を目指していき、最終的にはあらゆるEC商品の配達最適化を行うサービスを考えているという。

Frostは、EC企業内の物流チーム向けソリューションとなる。利用企業が抱えている配送・配達データを全て繋ぎ合わせて、過去のデータも含めて全て分析可能とする。どういった配達先で予想以上に日数がかかったり、エラーが増えているのかがわかるようにする。また、配達地域別に最適な業者をデータに基づいて提案することもしていくという。

実際、他社からの評価も上々のようだ。例えば配送ラベルDXに取り組むECスタートアップ「Shippo」が挙げられる。今回のラウンドにも出資した同社共同創業者のLaura氏とコーヒーミーティングをした際、Frostのアイデアを気に入ってもらったという。

対して競合について聞くと、倉庫業者が同じようなサービスを発表するかもしれないと語った。

「倉庫業者にも現在ヒアリングをかけているのですが、彼らの中にも配送・配達パフォーマンス実績を公表するアイデアはあるようです。高い配送・配達パフォーマンスを訴求することで、EC企業に選ばれやすい業者となりたいようです。ただ、これはあくまでも顧客満足度を上げるための施策。生産性を上げる施策でなければ優先度高く手をつけられることはありません。また、FedexやUPSのような大手は、実績を公開すると逆に信用が落ちてしまうリスクを抱えるので、データ分析の公表には足を踏み入れにくいジレンマを抱えています」。

物流市場は巨大ではあるが、未だデータドリブンなアプローチは取り入れられて日が新しい。いわゆるブラックボックスにしたままの方が都合の良い業者がたくさんいる。しかしこのままではEC企業にとっての不利益が生み出され続ける仕組みは変わらないままだ。ここに切り込むのがFrostである。

最後に本ラウンド後の展望を田中氏に聞いた。

「今回の調達資金の主な目的は、分析ツールの効果検証です。すでに大手EC企業の導入も決まっているのですが、引き続き提携企業の募集を行って、市場の顧客検証をしていきます。まずはこれまで手付かずになっていたデータを使って分析を続け、コスト削減にどのくらい繋がるのかの顧客データを集めていきます。そして、AIを使った配達状況の事前予測にも注力していく機能も実装予定です。また、配達の「成功」「失敗」の定義が、未だ出来ていない点も明確にしていきます。「2時間遅れであれば許容範囲内」「5時間遅れは失敗」といったように、配達事情の線引きをデータドリブンに行っていくことで、市場の相場感を探ります。ここの変数が運送業者選定を大きく左右するためです」。

(ありがとうございました!)

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