視覚障害者の命を守るスマート信号システムを開発、台湾ABCsense(先進感知)が展望する交通システムの未来

ABCsense(先進感知)CEO Aidan Wu(呉長鋼)氏
Photo by Hou Junwei(侯俊偉)氏.

2022年12月、CNN は台湾の道路状況を「歩行者地獄」という言葉で報道した。それ以来、台湾の歩行者にとって極めて不親切な道路状況は常に監視の対象となっている。

交通部路政及道安司(日本の国土交通省道路局に相当)のデータによると、交差点での交通事故による歩行者の死者数は過去5年間高止まりしており、昨年(2023年)だけで193人もの死者が出ている。

交通事故が発生するたびに、国民やメディアは一刻も早く状況を改善するための法改正を政府に求め続けている。しかし、政府機関とは別に、台湾社会が「歩行者地獄」のレッテルを払拭するための新たな解決策を自らの手で考え出そうとする人々やスタートアップも少なくない。

2016年に設立された ABCsense(先進感知)もその一つで、IoT 技術やモバイルアプリ、そして独自の3段階の交通改善計画を通じて、視覚障害者の社会福祉から出発し、徐々に社会全体の幸福のために活動を広げていきたいと考えている。

技術の目撃者から実践者へ

有名通信会社で BlueTooth を使った低消費電力測位技術「Beacon」のプロジェクトマネージャーを務めていた Aidan Wu(呉長鋼)氏は、仕事中に Beacon システムの利点を目の当たりにした。それは屋内測位の限界を突破できるということだ。建物の遮蔽物によって影響を受けることが多い屋内測位の制限を打ち破り、より効果的で正確な測位情報をユーザに提供できる。

このような測位システムは、Google Maps の精度を高め、ナビゲーションエラーの可能性を減らすことで人々の生活を向上させることができるものの、一方で、設置に多額の費用がかかり、屋外での導入は難しい。さらに、独立した Beacon システムの構築と維持には多くのリソースが必要で、Wu 氏は「商業的な制約から、通信会社が自らやってくれる可能性は低い」と嘆いた。

しかし、既存の交通ジレンマを改善し、人間中心の交通という社会概念を実現するなどの Beacon システムにはまだ別の可能性があると考えた Wu 氏は、安定した仕事を辞め、新しい交通イノベーション ABCsense の創設に専念することにした。

ABCsense は交通環境を変えるため、デジタル発展部(数位発展部、日本のデジタル庁に相当)の公共サービス公募と連携し、最初のスマート信号システムのローンチ、次にスマートフォンによる AI を使った歩行者信号システムの導入、そして最終的には「歩行者地獄」という名称を覆すため、IoV(自動車のインターネット化)機能の開発と応用という、交通環境を変えるための3段階の計画を構想している。

既存の音響式信号の欠陥

台北市交通管制工程局によると、2023年9月現在、台北市内には(視力障害者向けの)音響式信号機のある交差点が192カ所あるが、それだけでは足りない。

既存の音響式信号機の数が少なすぎるという問題のほかにも、交差点の横断歩道から操作ボタンまでの距離や、注意喚起音の音量が小さいことなど早急に対処すべき欠陥がいくつもある。音響式信号機は設計上、青信号の残り秒数まで通知するようには設計されていないし、交通量過多の交差点では、注意喚起音の音量が小さ過ぎて視覚障害者に効果的に注意を促すことができず、誤解を招く恐れがある。これらの欠陥は、本来の設計意図を実現できていないだけでなく、利用者にさらなる不便を強いることになる。

台湾の信号機をすべて取り替えることは予算的に不可能だ。では、ABCsense は、既存の音響式信号機を解決するために Beacon システムをどのように適用できるのだろうか?

Wu 氏は、 ABCsense が発表したスマート信号システムでは、既存の交通信号機の延長上で、交差点の信号機システムに携帯端末との相互通信機能を追加することができると話した。ABCsense が視覚障害者向けに開発したアプリを入れたスマートフォンが近くを通ると、自動的にシステムに接続され、視覚障害者は画面上の文字をクリックすることで、信号機が青になっている現在の方向や残り秒数などの情報を音声で得ることができる。

ABCsense が提案するスマート信号システムは、2017年に台南市で試験運用されて以来、台湾全土の7つの県・市で実施されており、計85カ所の交差点にセンサーが設置されている。同時に、ABCsense は、同社の交通改善計画の第2フェーズ「AI スマートフォンを使った歩行者信号機の認識」をさらに推進している。

スマートフォンを使った AI による一般歩行者信号機の認識
Image credit: ABCsense

スマートフォンによる AI を使った歩行者信号機認識は、第1フェーズのスマート信号システムから派生したもので、もともとのアプリケーションを AI が動作するように変更したものである。視覚障害者のために、スマートフォンのカメラを通して、対向する信号機の表示と残り秒数を自動的に検出することができる。

さらに、視覚障害者や高齢者が交差点に近づいていることをシステムが検知すると、青信号の残り秒数を自動的に延長し、必要な人が道路を横断する時間を確保できるようにすることで、交通事故の発生を減らすことができる。

交通状況改善への道のりは険しい

ABCsense がローンチした製品は、多くの視覚障害者にテストされ、既存の交通問題の改善に有効であることが証明されているにもかかわらず、自治体の導入には困難が伴う。

Wu 氏によると、地方自治体によって音響信号機の仕様が異なっており、これが大きな課題となっている。政府の入札や調達に特化して事業を維持している ABCsense にとって、機器の仕様が統一されていないため、市場で単一システムを運用するのは難しい。

また、地方自治体の事業や交通関連課題は多岐にわたるため、信号機による交通状況の改善は効果的ではあるが、政府が長期計画で取り組むべき喫緊の課題ではないかもしれない。

しかし、交通問題に対する ABCsense の取り組みが市民に明らかになったことは喜ばしいことである。

ABCsense が発表した製品は、何人かの視覚障害者によってテストされ、既存の交通問題の改善に効果的であることが証明されているにもかかわらず、市による導入は難航している。
Image credit: ABCsense

Wu 氏はテスト運用中、視覚障害者が「ABCsense の信号機の音を地元で聞いたことがある」「それを体験するために県や市をまたいで公共交通機関を利用した」という声をよく耳にしたという。(台湾北西部の)苗栗県政府と ABCsense の協力は、地元の視覚障害者団体が地元政府に推薦したことで実現した。

市民に励まされながら、ABCsense は交通事故死者ゼロを目指し、プロジェクトの第3段階である IoV に着手しつつある。

IoV という概念は台湾ではあまり知られていないかもしれないが、ABCsense のビジョンは、チームがスマート信号システムを構築するために使用したセンサーを使用し、人々がアプリをダウンロードしたスマートフォンを持って交差点に近づくと、対応するシステムを搭載しているその交差点の自動車、バス、その他の交通手段の運転手に通知され、可能な限り早いタイミングで通知を発信することで交通事故を減らすことである。

ABCsense が提唱する IoV の仕組み。通行者がアプリケーションをインストールしたスマートフォンを持って交差点に近づくと、交差点に対応したシステムを搭載する自動車やバスなどのドライバーに通知が届き、いち早く通知することで交通事故の発生を防ぐ。
Image credit: ABCsense

2024年1月、ABCsense は台南市交通局公共交通課に連絡をとり、今年半ばに台南市の特定の交差点でバスの PoC を実施すると発表した。

ABCsense は2016年の設立以来、交通や社会的弱者の問題に長く取り組んできた。チームのメンバーは、社会の未来に自信を持ち、たとえ関連する問題が世間からあまり注目されなくても、一度に少数の人々の意識を変えることで、最終的にはより良い社会という目標を達成できると信じている。

起業に関する簡単な Q&A

Q: チームが次の目標を達成するために不足しているリソースは何ですか?

アメリカに行くための資金。

Q: 顧客や投資家からよく聞かれることは何ですか? どう答えますか?

「視覚障害者はスマートフォンを使っているのか」と聞かれ、「彼らは健常者よりもスマートフォンに頼っている」と答えている。

Q: ビジネスを始めてからのベスト3は何ですか?

  1. 視覚障害者のニーズを理解すること。
  2. 行政の運営を理解すること。
  3. あきらめないこと。

【via Meet Global by Business Next(数位時代) 】 @meet_startup

【原文】

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