DeepL CEO、テニスの天才ウィリアムズ姉妹が語ったスタートアップのD&I(多様性と包摂)〜Viva Tech 2024から

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Image credit: Masaru Ikeda

本稿は、5月22日〜25日にパリで開催されている Viva Technology 2024 の取材の一部である。

パリ市内で開催中の「Viva Technology 2024」終盤を迎えた。SaaS スタートアップが資金調達の鐘を鳴らすと SaaS が増え、AI や Web3 が注目を集めると、その種のサービスが増えるのは世の常だ。モメンタムを追うことと節操の無さは表裏一体だが、どちらも起業家にとっては必要不可欠なスキルなように思える。こうした傾向は一方で均一性や同質性を助長してしまう可能性をはらんでいるが、フランスにいると、D&I(多様性と包摂)を語るにおいては絶好の場所に身を置いている気がしてならない。

この国は長きにわたって移民を受け入れてきたので、街の随所で、さまざまな肌の色の人々が仕事をしている。リトル・トーキョーのような(実際にパリにはリトル・トーキョーは存在しないが)、同じ出身国やバックグラウンドの人たちが肩を寄せ合う街並みも、パリはその種類と数で世界随一なのではないだろうか。本土外領土(例えばニューカレドニア)や、かつて植民地だったアフリカの国々のスタートアップエコシステムに対しても、フランスはヨーロッパから資金が流れるゲートウェイの役割を担っている。

アフリカテックのブース
Image credit: Masaru Ikeda

Viva Technology 2024 ではこの種のテーマを取り上げるセッションも多数取り扱われていた。いわゆるガジェット的なテクノロジーではないため、ブースに陳列してみて来訪者の興味を惹く展示物に仕上げにくいのが難点ではあるが、D&I を体現し、その克服を支援するサービスは今後増えていくだろう。それはソーシャルインパクトな試みであるとともに、地球上にいる80億人のすべての人々をマーケットに捉えられるスケーラビリティに飛んだビジネス領域でもある。2つのセッションに耳を傾けてみた。

ダブルユニコーンとなった DeepL、高度かつ自然な翻訳の次に目指すもの

DeepL の創業者兼 CEO Jaroslaw Kutylowski 氏
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数日前、3億米ドルを調達し、ダブルユニコーン(時価総額20億米ドル)に達したことが明らかになった、ドイツ・ケルンに本拠を置く AI 翻訳スタートアップ DeepL の創業者兼 CEO Jaroslaw Kutylowski(ヤロスワフ・クテロフスキー、通称 Jarek=ヤレック)氏が登壇。彼は、Atomico のパートナー Laura Connel 氏のインタビューに答える形で、同社のグローバル化の軌跡と、企業文化の変遷について熱く語った。

Kutylowski 氏は創業当初、純粋にテクノロジーの研究開発に専念していたものの、事業が成長するにつれ、商業的な側面やマーケティング、各市場への製品投入など、別の観点からの取り組みが不可欠になってきたことを振り返った。

テクノロジーだけでは事業を大きくすることはできません。それ以上に、製品としてブラッシュアップし、市場に送り出す作業が欠かせませんでした。(Kutylowski 氏)

もともとはドイツに本社を置く DeepL が、ヨーロッパ、さらには世界各国の市場に進出するにあたり、言語や文化の違いをうまく橋渡しすることが大きな課題となった。Kutylowski 氏はこの点について「従業員の信頼を得ること、そして経営陣と従業員間での透明性を持つことが何より大切だった」と説明する。変化を受け入れる土台として、お互いへの理解と信頼関係が不可欠である一方、さまざまな国や文化の人材が入り交じることで、新たなアイデアが生まれるメリットもあったと指摘した。

左から:Atomico のパートナー Laura Connel 氏、DeepL の創業者兼 CEO Jaroslaw Kutylowski 氏
Image credit: Masaru Ikeda

ところで、DeepL が企業向けソリューションで高い評価を得ている要因の1つは、機密情報の翻訳にも適切に対応できる高い機密保持能力にある。

一部の顧客企業は、決算発表の資料を社外秘扱いとしていますが、DeepL の AI にだけは翻訳を任せられると高く評価しています。企業内で使用する用語や表現の統一にも貢献できることも大きな強みです。(Kutylowski 氏)

彼はまた、新興国市場での需要の高まりについても言及した。DeepL は社内データに基づき、人口の多いこと、英語力が高くないこと、貿易が活発であること、などから、日本、韓国、インドネシアなどが有力な市場と見なされているという。日本語、韓国語、インドネシア語はいずれも、他の欧州系言語に比べて英語との文法的差異が大きいことから言語変換の障害になることが多く、AI の翻訳技術がその解決に大きく貢献できると期待されている。

翻訳の技術が進化し、まるで母語話者が隣に座って自然に通訳してくれているかのような体験を提供することを目指しています。(Kutylowski 氏)

AI 企業である DeepL にとって課題なのは、優秀な技術者の確保だ。DeepL では数学や物理の博士号取得者など、抽象的な思考力を持つ人材を積極的に採用しているが、AI 技術自体が発展途上の分野であり、むしろ基礎的な能力に長けた人材を重視しているという。今後は音声認識や自然な対話を可能にする AI 技術の強化にも注力し、企業の機密情報を含むさまざまな情報を、安全かつスムーズに世界中に行き渡らせることを目指す。

テニスの天才 Williams 姉妹がスタートアップに投資する意味

左から:Venus Williams 氏と Serena Williams 氏
Image credit: Viva Technology 2024

ショービジネスやスポーツのスーパースターがスタートアップに投資する例はよく見られるようになった。金額やシェアは大きなものではないこともあるが、彼らの投資はメッセージ性を持っていることが多い。共にテニスプレーヤーの Serena Williams(セリーナ・ウィリアムズ)氏と Venus Williams(ビーナス・ウィリアムズ)氏姉妹は、2021年にフランスで創業したソーシャルコミュニティ型投資アプリ「Shares」に2022年10月に投資した。これより前、Shares は Peter Thiel Fund と Valar Ventures、シリーズ B ラウンドで4,000万米ドルを調達した。

最近の調査によると、女性の半数が新型コロナのパンデミックの間に投資に関心を持つようになり、42%がパンデミック後に投資額が増えたと答えている。興味深いことに、Shares のユーザの3分の1以上は女性である。このアプリの究極の使命は、投資をよりアクセスしやすく、包括的で協力的なものにすることだ。創業チームは、従来は投資へのアクセスやリソース、機会がなかったかもしれないミレニアルや Z 世代の多様な利用者に投資の世界を開くプラットフォームを作り上げた。

グランドスラム・シングルスで史上最多の23回の優勝を果たした Serena Williams 氏はプロテニス界から引退することを明らかにしているが、彼女は近年、アーリーステージのスタートアップに積極的に投資するようになったという。

初めて Shares のことを聞いたとき、そのビジョンに圧倒されました。Z 世代は世界を見る好奇心が旺盛で、ソーシャルメディアの増幅によって、自分自身を教育し、その情報を共有することにずっとオープンになっています。(Serena Williams 氏)

Shares は、非常に現実的な問題を解決する創造的で遊び心のあるソリューションです。私たち2人は、支援する企業に関して幅広い関心を持っていますが、情熱と目的が出会う交差点に共通するものがあります。(Venus Williams 氏)

Shares は、投資プラットフォームのシンプルさと、ユーザがソーシャルメディアアプリに期待する機能を組み合わせ、「ソーシャルトレーディング」という全く新しいカテゴリを創り上げた。Z世代(メンバーの66%が25歳以下)の利用者に強く支持された Shares は15万人以上のユーザを獲得し、2022年5月のサービス開始以来、アプリストアの「金融」カテゴリで2番目にダウンロードされたアプリとなり、イギリスで6番目にダウンロードされたアプリとなった。

アメリカにおける Robinhood、日本における Woodstock のように、ソーシャルコミュニティ型投資(他のユーザの投資体験を自分の投資に応用することで、投資判断へのハードルを格段に下げることができる)アプリはいくつか存在するが、Serena Williams 氏によれば、Shares は、これまでに投資に参加していなかった人々に参加機会を提供することで、これを D&I(Diversity & Inclusion=多様性と包摂)を実現するツールと捉えているようだ。

私たち姉妹は、多様性に投資したいと思っています。有色人種の人々の持つ可能性、そして、世界のエリートの10%だけでなく、すべての人々に役立つ多様なアイデアの可能性を信じています。(Serena Williams 氏)

日本のスタートアップをめぐる動き

Thermalytica のピッチ。
Image credit: Masaru Ikeda

さまざまなスタートアップがピッチするステージ「PITCH STUDIO」では、JETRO の主催で写真にある断熱材・遮熱スタートアップ Thermalytica など日本のスタートアップ5社、フランスのスタートアップ3社による対決イベントが開催されていた。

Viva Technology 2024 1日目の記事にも書いたが、今年は日本が Viva Technology の「Country of the Year」に指定され、日本政府や東京都などが鳴物入りでパビリオンを開設し、こうした組織の支援による出展以外を含めると、60社を超える日本のスタートアップが出展しているとみられる。

今年のスタートアップ出展者の数が約2,800社で、そのうちの半数以上を開催地フランスや近隣のヨーロッパ諸国のスタートアップが占めることを考えると、日本のスタートアップは相応の存在感を放っていたように思える。

Agorize 本社でミートアップの司会を務める、Agorize Japan COO 吉田錦弘氏。
Image credit: Masaru Ikeda

Viva Technology の4日目は一般開放デーとなるため、C 向けサービスを提供するスタートアップにとっては主戦場となるが、多くのスタートアップにとっては3日目がほぼ最終日といった感じである。3日目のイベント終了後には、パリ中心部にある Agorize の本社で、日仏のスタートアップ関係者らが集うミートアップが開催された。

Agorise は、東京を含むアジアなどとヨーロッパをつなぐ越境オープンイノベーションを支援する企業で、L’Oreal、Huawei(華為)、Pepsico、アジア開発銀行などをクライアントに抱える。会場では、本坊酒造が醸造した日本のシングルモルトウイスキーなども振る舞われ、多数の参加者がミングルを楽しんでいた。

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