激動するスタートアップ環境(1)成長か利益か:「道半ば」の今、彼らの成長はどこに向かう #bdashcamp

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B Dash Venturesの渡辺洋行さん

本稿は、5月22〜24日に開催されている B Dash Camp 2024 Spring in Sapporo の取材の一部。※会員限定記事ですが、カンファレンス開催期間中は無料公開いたします。

成長か利益かーー。スタートアップをめぐる環境はここ数年で激変していますが、それを端的に表すとしたらこの表現になるのかもしれません。現在、札幌で開催中の招待制カンファレンス「B Dash Camp」で繰り広げられたセッションには、この正解のないテーマについていくつかのヒントが隠されていました。ここからいくつかに分けて先行する起業家・投資家の言葉をまとめてみたいと思います。

数年振りに札幌で開催中の B Dash Camp に参加しています。テーマは「HALFWAY POINT(道半ば)」。ここ数年で一気に乱高下したスタートアップの市場環境は、彼らの成長戦略そのものに大きな影響を与えることになりました。

マーケットでは2021年をピークに、テック系スタートアップの IPO 平均評価額が162億円から2022年には82億円と半減。22年に18件あった公募割れが23年は26件と大きく増えるなど、スタートアップという「閉じた」世界での取引と、公開された株式市場との乖離が浮き彫りになった数年間だったように思います。

これは一時的な落ち込みなのか、それとも数年後に戻るのか。HALFWAY POINT(道半ば)というテーマはこの、誰も正解を持てない「もやもや」とした状況を示すものでした。

スタートアップの成長戦略を占う三つの「減」

ここ10年で初めての前年割れを経験した資金調達額と件数

オープニングのセッションではまず、現在のスタートアップ環境を表現するいくつかの数字が「おさらい」的に提示されました。渡辺さんと野村證券の武田純人さんがいくつかのチャートを元に解説したもので、概ねバブルと言われた「21年」をピークに綺麗に全て落ちている状況を示しています。

わかりやすいのが国内スタートアップの資金調達額で、コロナ禍を除いてここ10年ほどで初めての前年割れを経験。足元のテックスタートアップの IPO 件数もピークの21年を境に減少しています。22年の ANYCOLOR と23年のカバーが市場で大暴れしたのが記憶に新しいですが、それ以外に目立った存在はありません。強いていうならスイングバイ IPO を果たしたソラコムですが、形としては親子上場なので純粋な「単独 IPO」とは異なる視点を持った方がいいでしょう。

そして特に注目したいのが赤字上場の件数です。オープニングセッションを引っ張った B Dash Ventures の渡辺洋行さんはグラフを背に「祭りの終わり」を説明します。

「数年前までは赤字企業でも IPO できるよねってシンプルにそういう話だったんですけど、20年に PSR が10倍、21年に14倍、15倍近くあったのが22年からグッと下がって4倍、昨年に関して言うと2.6倍にまできてる。要は(赤字上場の)件数自体がほとんど出ない」(渡辺さん)。

スタートアップの教科書があれば1ページ目に載っている「体をデカくしてから利益を出す」セオリーに則った成長ストーリーにとって、赤字上場は重要な手法のひとつでした。これを示すひとつの指標が PSR、つまり、売上成長による期待値の可視化です。時価総額を年間売上高で割ったもので、倍率が高ければ高いほど「将来的な売上(体)がデカくなる」期待値が大きい、というワケです。

これが激減、というかほぼ件数自体なくなった、というのです。ちなみに個人的に好きなのがクラウドワークスの赤字上場ストーリーです。本題から逸れるのでよかったらこちらご一読ください。

話を元に戻します。

マーケット好調を背景とした赤字上場への期待値が薄まった、ということはイコール利益を出してから上場、という話になりますが、これでは意図せず貧弱な体のまま仕事をするケースも出てきます。

DNX Venturesの倉林陽さん

では、どれぐらいの体にする必要があるのか?SaaS 関連企業を前提に、そのひとつの指標として米国などの幅広いケースを共有してくれたのが DNX Ventures の倉林陽さんです。SaaS に精通した理論派はつぎのように解説します。

「規模が小さい中で早いうちに上場してしまって、成長率が低いまま収益化に向かうと将来のフリーキャッシュフローが増えていかない。成長率と一定の規模が SaaS 評価には必要。アメリカで収益化に向かってるのは(ARR)1,000億円を越えてからなんですよね。一方の日本だと100億円ぐらいでも収益化にいかなきゃと言われている感じです」。

あと、体が小さいまま上場を果たしてしまうことでしばしば議論の対象になる「スモール IPO」ですが、倉林さんの解説によると、「(ARR が)100億円ぐらいのときに40%程度の翌期の成長率が求められるところ、それよりも大分小さい ARR 20億円、30億円で(上場してしまうと)求められる成長率が大きくなった時に出せなくなる」とその課題を指摘していました。

ちなみにではこのスモールキャップの IPO が「悪」かと言われるともちろんそんなことはなく、業種や業態でも異なるケースバイケースの典型です。一緒に登壇していたコミックスマートの佐藤光紀さんは、まさに過去、成長を牽引したセプテーニを上場後に大きく成長させることに成功しています。

コミックスマートの佐藤光紀さん

「ついこの前までセプテーニで会社経営をしてましたけども、ここは2001年上場でほとんど VC マネーを必要としなかったタイプの事業なんですよね。いわゆるネット広告とかデジタルマーケティングの BtoB の国内市場です。日本の市場対象で、法人向けの良い組織を作ってお客様にサービス提供すればリニアに伸びる。こういうビジネスの場合はあまり VC マネーを必要としなかった。結果的にスモールキャップで IPO して当時、初期投資でかけたお金は3,000万円ぐらいだったんですけど、結果、20年ちょっとやって純資産600億円ぐらいまでは稼ぎ続けた」。

上場当時、50億円ほどだった時価総額は1,000億円の大台に乗るまでに成長することになります(執筆時点での評価額は900億円前後)。

渡辺さんも「かつてはこれがいいと言われた時代もあったし、今でもいいという意見も当然ある」と指摘していたように、上場時の時価総額そのものが議論の対象というよりは「赤字を掘って体を大きくする」というスタートアップの成長セオリーに対して公開市場が「そっちよりも利益」と判断していることの方が注目かなと思います。

スタートアップはある意味、期待値の塊です。これからまだ伸びる、新しいテクノロジーで社会をガラリと変えてくれるかもしれない。この「期待値」という伝家の宝刀を封じられた今だからこそ、他社とは異なる経営戦略が差別化につながっていくのかもしれません。

B Dash Camp のセッションレポート、次はnoteの上場間際のストーリーをお伝えします。

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