心の悩みに寄り添うAIチャット、TIS社員が生み出した新規事業「ふう」の誕生秘話

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TIS インキュベーションセンター シニアアソシエイト 田口友美恵さん

本稿はコーポレートアクセラレーターを運営するゼロワンブースターが運営するオウンドメディア「01 Channel」からの転載記事

近年、うつ病をはじめとする精神疾患は深刻な社会問題となっています。厚生労働省の調査によると、1996年から2020年までの24年間で、うつ病や適応障害等の精神疾患の患者数は約1.7倍に増加しました。この増加の背景には、複雑な社会要因が絡み合っています。

2019年から本格的に始まった「働き方改革」では、長時間労働の是正や多様な働き方の推進が推奨されました。しかし、その実施過程で新たなストレスの要因も生まれています。労使間の認識のズレや、急激な環境変化への適応の難しさなどが、メンタルヘルスに影響を与えているのです。

さらに、2020年からのコロナ禍は、この傾向に拍車をかけました。リモートワークの急速な普及は、働き方に革命をもたらす一方で、孤独感や仕事とプライベートの境界線の曖昧さなど、新たな心理的課題を生み出しました。こうした状況を受け、企業の健康経営への取り組みが注目されています。

2024年は約2万社が「健康経営優良法人」認定を取得

2024年3月に発表された「健康経営優良法人認定制度」では、大規模法人部門に2,988法人、中小規模法人部門に16,733法人が認定されるなど、従業員の心身の健康を重視する動きが広がっています。一方で、一律の施策では個々の従業員のニーズに応えきれないという課題も浮き彫りになっています。

このような背景から、AIを活用した新しいメンタルヘルスケアの取り組みが注目を集めています。個別化されたサポートや、24時間365日利用可能な相談窓口など、テクノロジーを活用した新しいアプローチが、現代社会が直面するメンタルヘルスの課題に対する一つの解決策として期待されています。そんなプロジェクトの一つが、共感AIチャット「ふう」です。

ふう」は2024年4月に実証実験を開始しました。AIがユーザーの悩みに共感や傾聴することで、いつどこでも会話を通じて不安を緩和できるサービスを目指しています。TISインテックグループのTISにおける新規事業として検証を進めている本事業は、TIS社員なら誰でも応募できる新規事業提案制度「Be a Mover」から芽吹いたものです。今回は、そんな「ふう」の開発を主導されている田口友美恵さんにお話を伺ってきました。

不安や悩みを“傾聴”で緩和する対話型AI

まず、「ふう」開発のきっかけを教えてください。

田口さん:高校時代のメンタル不調をきっかけに、人の心に寄り添うことへの関心を抱きました。そのため、大学では心理学を専攻し、将来はカウンセラーになることも考えていました。しかし、友人とのLINEで「おはよう」「今日はどうだった?」といった毎日の定型的なやり取りが心の支えになった経験から「この役割はAIでもできるのではないか」というアイデアが生まれました。

話し相手がAIでもいいと思ったのはなぜでしょうか?

田口さん:最もつらいときに話を聞いてくれる存在の重要性を実感したからです。対人間では、いつ何度でも話を聞いてもらうわけにはいきませんよね。真夜中でも連続何時間でもいつでもすぐに返信をくれる相手は人間でなくても良いのではと考えました。大学時代はカウンセラーとITのどちらの進路に進むかで悩み続けましたが、目の前の人だけではなく、多くの人の助けになれる仕事がしたいと考え、TISへの入社を決めました。

入社当初は、どのようなことに取り組んでいたのでしょうか?

田口さん:入社当初は、保険系の部署に配属されました。既存プロジェクトの一員としてアサインされたので、新規事業創出をするとか、メンタルケアサービスを生み出すことにつながる実感は、正直あまりなかったように思います。ただ、私は学生起業する胆力もなければ、社会人を2〜3年経験して独立起業するようなビジョンも描けなかったので、チャンスが来るまでは目の前の仕事を全うしようと考えていました。

しかし、入社3年目にTISの新規事業提案制度「Be a Mover」の説明会に参加したことをきっかけに、プロダクト開発の挑戦が始まりました。正直、最初は応募する気はありませんでした。でも、運営事務局の方に背中を押してもらって、自分のやりたいことを真剣に考え始めたら、夜も眠れないほどわくわくしている自分がいたんです。

新規事業の立ち上げに初めて挑戦するのは、勇気が必要ですよね。

田口さん:そうですね。事業計画書の作り方やユーザーインタビューの方法など、わからないことばかりで、事業立ち上げ当初は苦労も多かった気がします。ただ、どんな仕事も大変だと思っていて。どうせ大変なら、自発的に動ける楽しさや、0から1を生み出す面白さが感じられる挑戦をしているほうがいいとポジティブに捉えていましたね。

とはいえ不安もありましたが、「Be a Mover」に参加する前に田所雅之さんの著書『入門 起業の科学』を読んでいて。あの本は今でも私のバイブルとして、新規事業の立ち上げに迷いが生じたときに立ち戻って勇気をもらっています。

共感AIチャット「ふう」について教えてください。

田口さん:「ふう」はユーザーの発言に共感・傾聴することで、日々の不安を軽減させることを目的としたAIチャットサービスです。特徴的なのは、知識を教えてくれるAIではなく、共感的な反応と問いかけにより自己内省を促す対話を通じてメンタルをケアするAIということです。ただの雑談ではなく、きちんと不安な気持ちを和らげられるAIサービスを目指しています。

「ふう」は、自分の意見をまず受け入れてくれ、安心感が得られる印象でした。

田口さん:メンタル不調のときの私が欲しかったのは、もやもやした気持ちを受け入れ、共感してくれる話し相手です。考え方の押しつけでも、アドバイスの提供でもなく、一緒に同じ世界を見つめ、深めていけるようなサービスを目指しています。

ターゲットユーザーを限定しているわけではありませんが、特に女性に喜ばれるサービスだと考えています。「不安な気持ちを誰かに話したい、でも今すぐ聞いてもらえる相手がいない」という状況は、多くの女性が経験するものであり、実際に現在「ふう」を利用しているユーザーの75%程度が女性です。

「ふう」の開発過程では、100人以上へのインタビューを実施しました。その中には、子育て中の母親からもたくさんの悩みを教えていただきました。「まだ子育てを始めていない友達と話が合わなくなってしまった」「仕事の悩みを抱える友人に、育児の悩みを話しにくい」といった声が聞かれました。

「ふう」の独自性を教えてください。

田口さん:「ふう」では、クライエント中心療法※1の傾聴技法を採用しています。行動や思考の変化を求める認知行動療法※2ではなく、非指示的な心理療法であるクライエント中心療法の傾聴技法を採用しました。これにより、ユーザーの自己内省を促す会話を実現しています。

また、独自のAIデータベースを使ったユーザー発言内容の判定を行い、その判定結果に応じてプロンプトを自由に使い分けるなど、生成AIだけではできない細やかなAI発言の調整ができるのが特長の1つです。

※1 クライエントの経験を理解・尊重し、受け入れることを重要視する療法
※2 認知や行動の悪循環となっているパターンを見つけ出し、修正することで良い循環に変えていく療法

若手社員の挑戦が示す未来

「ふう」の今後のサービス展開について、どのように考えていますか?

田口さん: 将来的には、不安や悩みを抱えがちな人の身近に存在するサービスにしていきたいです。そのために、サードプレイス的に日常とは異なるバーチャル空間で、生きて暮らしているように感じられるAIキャラとの会話を楽しめるようにしたり。実際に目の前にいるキャラクター相手に友人のように話を聞いてもらえたり。対人間ではないゲーム上のキャラクターのような相手と会話をしていたら、いつの間にか不安が解消されていた…そんな気軽な形で、メンタルケアを意識せずに利用できるサービスを目指していきたいと思っています。

サービスの軸としては、精神疾患への治療ではなく、未病の方に向けたサービスの提供を目指しています。メンタルカウンセリングと聞くと「私はそんなに深刻じゃないから必要ない」と遠ざけてしまう人も多いと感じていて。胸の内をさらけ出す文化がない日本では、相手が人間ではなくAIだと、聞いてくれる相手がどう思うのか気にしなくていいし、周囲にばれてしまう可能性がないので悩みを話すことへの心理的負担が少なくなると思うんです。私は「ふう」を通じて、話を聞いてもらうサービスを身近で当たり前のものにしていきたいので、AIカウンセリングだけでなく、カウンセリング市場全体を活性化させていきたいと考えています。

最後に、新たな挑戦をしようとしている若手ビジネスパーソンに向けて、メッセージをお願いします。

田口さん:私のキャリアや「ふう」のプロジェクトが、これから挑戦しようとしている方の背中を押せれば嬉しいです。実はプロジェクト発足当初は、ChatGPTなどの生成AIが世間に浸透する前でした。当時から比較すると、生成AIはどんどん進化している状況で、チャレンジ精神は高まる一方、未知数なことも多く不安もあります。

ただ、共感AIチャット「ふう」が目指すのは、単なる高機能なAIではありません。不安や悩みを抱える人の心に寄り添い、メンタル不調を少しでも和らげられるサービスです。私も自分のアイデアを信じてチャレンジを続けていくので、もし挑戦をするか迷っている方がいるなら、ぜひ積極的に一歩を踏み出してみてほしいと思います。

現在、TISから「出向起業」を通じた事業創出ができるよう準備を進めています。ご興味いただける方とぜひディスカッションさせていただきたいと思いますので、ご連絡をお待ちしています。

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