Thirdverse、グローバル成長目指し國光・大野木氏のツートップ体制に

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東京ゲームショウ2023で公開されたThirdverseの最新作『SOUL COVENANT』

日本のテック・スタートアップが世界で戦える領域で「マンガ・ゲーム」と答えて異論のある人は少ないだろう。ここに最先端技術であるバーチャル・リアリティを組み合わせた「VR ゲーム」で世界に挑戦している企業、それが Thirdverse だ。

このほど、同社は共同代表制に移行し、経営体制を変更した。創業者の國光宏尚氏と新 CEO となった大野木勝氏に VR 市場の現状と展望、そして同社のグローバル戦略について聞いた。

VR 市場の現状と将来性

大ヒットしているGorilla TagはVR空間でゴリラになって追いかけっこをするシンプルなゲーム

最初にざっと VR 市場の現状をおさらいしてみたい。

Andreessen Horowitz におけるこの領域の投資パートナーで、かつて Oculus でデータ サイエンティストとして働いていた Jack Soslow 氏はこの X へのポストで VR 市場の現状について端的にまとめている。最も重要な KPI であるデバイス普及については、「Meta Quest」が登場してから 5 年間で累計 3,300 万台を売り上げ、同時期に発売された Xbox を上回る勢いを見せている。 Meta Quest は Amazon で最も売れているデバイスとなりストア売上も 20 億ドルを突破しているという。

タイトルについては特に、 Another Axiom が開発した人気の VR マルチプレイヤーゲーム「Gorilla Tag」が話題らしい。 2024 年半ばの時点で、このゲームの 1 日あたりのアクティブユーザー数は 100 万人を超え、月間アクティブユーザー数は 300 万人を超えるヒットとなった。

VR 市場の特徴として、年齢層によって利用傾向が大きく異なる点が挙げられる。 40 代以上のユーザーは週に 1 回程度、 30 分ほどの利用にとどまる傾向がある一方、 10 代を中心とした若年層は毎日 2 〜 3 時間程度 VR を楽しんでいる。この差は、若年層が VR を新しいコミュニケーション手段として捉えていることに起因している。大野木氏の話では、彼らにとって VR 空間は単なるゲームの場ではなく、友人と交流する新たな「公園」のような存在となっているのだ。

市場規模の拡大に伴いビジネスモデルも大きく変化した。従来の VR ゲームは売り切り型が主流だったが、最近では Gorilla Tag のようなフリープレイの VR ゲームが台頭している。現在、トップ 20 の VR ゲームの 7 〜 8 割がフリープレイになっており、こうしたゲームは基本プレイ無料で、アバターのスキンやアイテムの販売で収益を上げるモデルを採用している。

さらに、 VR 市場は今後アジア圏での拡大が期待されている。 Meta が今年、 Quest の OS をオープン化したことで、中華系企業が新たなデバイスをリリースする動きが出てきており、 2 〜 3 年後にはアジア圏での VR 市場が大きく拡大する可能性が出てきている。この動きは、 VR 市場のグローバル化をさらに加速させる要因となるだろう。

特に若年層の VR 利用が日常化している現状を踏まえると、彼らが社会の中心となる頃には、 VR が当たり前の技術として浸透している可能性が高い。

Thirdverse の戦略とポジショニング

では、これからやってくるであろう大波に、彼らはどのようにして乗るつもりなのだろうか?

Thirdverse は VR ゲームスタジオとして、日本とサンフランシスコに開発拠点を持ち、世界市場向けの VR ゲームを開発している。 2023 年には「X8」、 2024 年には「SOUL COVENANT」をリリースするなど、着実に実績を積み重ねてきた。

同社の戦略は、「VR ファースト」「北米ファースト」「IP ファースト」の 3 つのキーワードで表現される。VR ファーストの戦略は、 2016 年から VR 専業でゲーム開発を続けてきた実績に基づいている。長年 VR 一筋で取り組んできたことで業界内での信頼を獲得し、優秀な人材の確保にも成功している。この戦略により、 Thirdverse は常に最新の VR 技術を理解し、それを活用したゲーム開発が可能となった。

次の北米ファーストは、 VR 市場の 80 %以上を占める北米市場に焦点を当てている。國光氏によれば、日本の VR 市場はまだ全体の 5 %程度に過ぎず、グローバル展開を成功させるためには北米市場での成功が不可欠だと認識している。この戦略に基づき、 Thirdverse はアメリカにスタジオを設立し、現地のトレンドやユーザーニーズを直接把握できる体制を整えている。

最後の IP ファーストは、日本の有名 IP を VR ゲームに活用し、グローバル市場での認知度向上を図るものだ。詳細は伏せられたが既に複数の大型 IP との連携やコラボレーションの検討が進んでいるという話だった。

もちろんグローバルでの成功を獲得する道のりは長く険しい。特に國光氏は評価に対して売上が追いついてこないことを課題として挙げていた。タイトルのユーザーレビューでは 4.7 から 4.8 という高い評価を獲得しているものの、大きな売上には繋がっていないことから、今後は IP を活用したゲーム開発や、プラットフォーマーとの連携強化を進めていくなど、戦略面での見直しも進めるという。

そして Thirdverse は、グローバル戦略をさらに加速させるため、経営体制の変更も実施する。創業者の國光氏がグループ CEO 兼代表取締役会長に就任し、大野木氏が新たに CEO に就任する。

新体制の狙いは、日本とアメリカの 2 つのスタジオを一つの組織として効率的に機能させることにある。大野木氏は日本語と英語の両方に堪能であり、両国の文化や商習慣にも精通している。この強みを活かし、 2 つのスタジオ間のナレッジ共有やリソースの効率的な活用を図る。國光氏は「二つのエンジン」という表現を用いて、この新体制の意義を説明している。

國光氏は引き続き、大きな戦略立案や資金調達、パートナーシップの構築などを担当する。一方、大野木氏はゲーム開発や北米でのマーケティングを中心に見ていく。この役割分担により、それぞれの強みを最大限に活かしながら、会社全体の成長を加速させることを目指している。

國光と大野木、二人の世界戦

gumiのメンバーたち。写真左が國光氏。その右下が大野木氏。

國光氏と大野木氏の出会いは、日本のモバイルゲーム業界が急成長を遂げていた 2010 年代初頭にさかのぼる。当時、大野木氏はサイバーエージェントグループの GCREST America という会社のアメリカ支社代表を務めており、日本企業として世界市場で成功を収めることを目指していた。一方、國光氏は、モバイルゲーム開発会社 gumi の創業者として、同様にグローバルを視野に入れた事業展開を模索していた。

二人の出会いは、大野木氏が日本に帰国した際に訪れる。 12 年前の出来事だ。

この出会いをきっかけに、大野木氏は gumi に参画することになる。彼の役割は、 gumi の海外展開を主導することだ。海外スタジオの立ち上げから始まり、複数の子会社のマネジメントを担当した。大野木氏の豊富な海外経験と能力は、 gumi のグローバル戦略を推進する上で大きな資産となった。

しかし、 gumi を含む日本のモバイルゲーム企業のグローバル展開は、様々な課題に直面することになる。

時はまさにスマートフォンシフトの真っ只中。ガラケーで閉じてしまった日本のゲーム産業はあらゆる面で遅れをとったのだ。國光氏はこの時を振り返り、特に、スマートフォンゲーム市場への対応の遅れ、海外プラットフォーマーとの関係構築の難しさ、そして真のグローバル人材の確保の困難さなどが、大きな課題として浮き彫りなったと語る。

「採用は特に力を入れた。その時点の僕らが採用できるベストな人は雇ったとは思うんだけど、本当に世界で勝つためのベストオブベストかというと、おそらくそうではなかった。あの時代ってね、みんなが本当にピュアに世界を狙いに行って、本気でぶっこんでいたんだよ」(國光氏)。

これらの課題に直面しながらも、國光氏と大野木氏は諦めることなく、新たな可能性を模索し続けた。大野木氏は当時のグローバル挑戦であるひとつのエピソードを教えてくれた。

「僕の中での國光さんの一番の名言に『今のマーク・ザッカーバーグとは友達になれないぐらい差が開いてしまっているけれど、未来のマーク・ザッカーバーグとは友達になれるでしょう』というものがあるんです。シリコンバレーなんてたくさんの企業がいるので、やはりコミュニティの中のインサイダーに入るのが重要だよねという話をしていて、とにかく若手の新しい起業家の人たちとのネットワーキングとかコミュニケーションをたくさんとってですね、そこで僕もインサイドに入っていったんです」(大野木氏)。

そしてこの努力が実り、 Thirdverse には世界で戦える人材が集まるようになった。

グローバルでの勝ち筋

Thirdverse の米国スタジオのヘッドを務める Dax Berg 氏(写真右)

Thirdverse の米国スタジオのヘッドを務める Dax Berg 氏は 2 メートルを超える人物で、 TGS (東京ゲームショー)への出展で来日した際、一緒に来日した息子はホテルのベットを繋げて寝ていたという。ゲーム業界の伝説、ブライアン・ファーゴ氏が設立した inXile Entertainment から Thirdverse に移籍する際、彼は國光氏や大野木氏らが語る「第三の空間」のビジョンに惹かれた。

ーー Thirdverse というスタートアップを聞いた時の最初の印象は

Dax : Thirdverse に対する最初の印象は、 VR に対する私の情熱と、 VR 空間で開発者が創り出せる世界を追求できる会社だと感じました。

ーーなぜ Thirdverse に参画しようと思った

Dax : Thirdverse への参画を決めたのは、社名の由来を尋ねたときです。創設者である國光氏や大野木氏は、「ファーストプレイス」と「セカンドプレイス」がそれぞれ私たちの家庭生活と仕事生活であると考えている一方で、私たちが Thirdverse で築き上げるのは、新しい第三の空間「サードプレイス」だと語っていました。この話を聞いた時に、純粋に「サードプレイス」で遊んでみたいと思いましたし、この理念と新たな仮想世界の開発が、私が VR 開発者として持っていたビジョンと完全に一致していたため、参画を決めました。

Thirdverse がグローバル展開を進める上で直面している最大の課題は、北米市場でのマーケティングだ。日本企業としての知名度の低さや、現地のマーケティングノウハウの不足が原因となっている。また、 VR ゲームの内容や表現方法が、異なる文化圏で受け入れられるかどうかという点も大きい。

Thirdverse は、アメリカのスタジオを通じて現地の文化や嗜好を深く理解し、それぞれの市場に適したコンテンツを提供することを目指している。同時に、日本の文化やクリエイティビティの強みを活かしつつ、グローバル市場で受け入れられるコンテンツを生み出す努力を続けている。

つまり、Dax氏のような戦力が必要不可欠なのだ。

國光氏のいいところと悪いところを教えてください、という質問に困る大野木氏

インタビューの終わり、私はふと大野木氏に國光氏のことを聞いてみた。私もなんだかんだと國光氏を追いかけて長い。流石に本人を目の前に言いづらい質問をしたなと思ったが、しばらく考えたのち、彼は次のように口を開いてくれた。

「ビジネスマンとしていろいろなものを勉強して調べていて、それに対してビジョンを描く。僕もいろんな経営者の方に会ってきてますけど、そこの力は高いと思います。もう一つは個人的な思いもあるんですが、経営者と人間性って別だなと思うんですね。メディアで喋ってるイメージもあるかもしれませんが、普通に人として接していると、ああ、信頼できる人なんだなって。だから一緒にやってるんです」。

ちなみに悪いところは「話がちょっとくどい」。これは私も首を縦に振ろう。そして隣でこの会話を聞きながら少し恥ずかしそうにはにかんでいた國光氏の顔が忘れられない。

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