Jack Ma(馬雲)氏:私が以前よりもスピーチを恐れるようになった理由

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Jack Ma(馬雲)という名前を聞いたことがあるだろう。彼は中国eコマースの最大手Alibaba(阿里巴巴)の会長兼設立者で、彼の言葉はアジアのテック系サークルの中で特別な重みを持つ。

Jack Ma氏についてあまり知られていないのは、彼が時々ブログを書くことだ。そこで再び、彼の最近の言葉をおおまかに翻訳してみた。その内容は、私たちメディア業界にいる人間だけでなく、よくメディアで話す機会のある人にとっても深く考えさせられるものである。

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私がまだ若かった頃、多くの人が話をする時、話が単調でつまらなすぎたり、つまらない話し方をするなと思っていた。個人的な見解などさえなくて、これら話し手の人々は、スピーチの概要をかいつまんで礼儀正しく話すだけで、しばしば形式的だと。しかし、今では(このアプローチの裏にある)多くの理由を理解することができる。

スピーチとは、どのようにスピーチを行うかではなく、他の人がどのように話を聞くか、また恐ろしいことには、他の人がどのようにスピーチのことを書き、編集し、引用し、理解し、伝達するかということなのである。「口は災いの元」という諺は、インターネットが技術的に発展した現在においては特に恐ろしいことのように思える。小さな間違いが、結果的には悲惨なものになり得るからだ。

私は教師出身で、コミュニケーションを自然に楽しんでいたが、スピーチやインタビュー、コミュニケーションをすることをどんどん恐れるようになった。その理由としては、観客一人ひとりの聞く態度や、編集者それぞれの目標、見方が異なっていることが挙げられる。

同じ文章が、その場の雰囲気の中では非常に面白く捉えられているのに、編集されて本当に恐ろしいヘッドラインに編集される可能性もある。(時には、ステージでは冗談で言った発言が編集されて誰かを永遠に傷つけてしまう可能性のあるヘッドラインに編集されることもあり、その埋め合わせや説明をできないこともあるのだ)。

そういったことから、分別のある者はどんどん喋らなくなり、無意味な会話ばかりが飛び交うようになる。真実が語られるべきなのだが、仮に間違ったことや議論を招くようなトピック、もしくは冗談などを言ったりすると、他人の目には酷いヘッドラインとして捉えられてしまう。もっと酷いのは、編集者が本人の言ったことを勝手に解釈したり、組み合わせたりしてヘッドラインをでっち上げる場合だ。

最近、自分の周りのいくつかのトピック、特に「海外メディアレポート」のようなものはますます理解しがたくなっている。例えば「酒によってスポーツチームを買収した」、「主要5銀行が私を殺したがっている」「あまり粗末な扱いをするなら、お前を破滅させるからな」とかそういった類だ。

特に、扱いに頭を悩ませるような神経質な話題になると、悪気はなくとも(変な引用や解釈をされて)最終的にひどく悪い結果をもたらすことがある。しかし本当に厄介なのは、下心を持つ聞き手に出くわした時だ。今も、私の「弱い意思」のせいで、すでに友人(まだ見ぬ人も含む)の気分を害してしまっているかもしれない。これは私からの謝罪と思ってほしい。

こういう事態は今日のテック系メディアのせいではないし、発言を聞く人たちの受け取り方のせいでも、スピーチを伝達する人々のせいでもない。強いて誰のせいかというなら、それは、その人自身の虚栄心、軽率さ、そして、あまりに努力を怠り、あまりに多くを発言しすぎるせいなのである。

【via Tech in Asia】 @TechinAsia
【原文】

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