「D2Cブランド時代2.0」で生き残るには?ーーIoTマットレス「Eight」、スマートインソール「Wiivv」から考える新たな提供価値

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Image by  Kris Cardenas

2012年前後から「D2C(ダイレクト・トゥー・コンシュマー)」の分野が成長を続けています。 CB Insight によれば、北米市場では2012年から2016年までに、25億ドルの投資があったそうです。

そもそも、「D2C」とは自社が製造メーカー・企画・販売・広告までを一貫して行う小売業態を指しますが、同業態の概念は10年以上前からアパレル業界で浸透しており「SPA(製造小売)」と称されていました。

たとえば、「Uniqlo(ユニクロ)」に代表されるアパレル企業は、販売チャネルと展開商品数を幅広くもち、大量に売りさばくことで消費者に好まれる膨大なトレンドデータを自社で収集。従来、広告代理店やOEMメーカーに外注していた企画・製造過程を、自社で行うことで高速生産・販売のプロセスの確立に成功しました。自社ブランドで川上から川下までを抑えた流通形態を構築した形です。

しかし、課題点が大きく2つ発生しました。1つは、多くのアパレル企業が同じ「SPA」の手法を採用することで、似たような商品が店頭に並んでしまったこと。各企業が似通った消費者データを収集・参考にするため、同じようなスタイルの製品が大量に市場流通してしまったのです。もう1つは、モノを所有する文化が衰退してきたことで、大量生産品に消費者があまりなびかれなくなった点が挙げられます。消費者は本当に必要なものだけを吟味して、安売りされる商品に対してはブランド価値を感じなくなってきてきました。そうして最終的には価格戦争に陥り、低価格商品を販売できる企業だけが生き残るチキンレースの様相を呈してきたのです。

そこで登場したのが「D2C」です。大量生産から小スロット生産・製造を軸とし、Eコマースサイトを中心に販売するのが特徴です。加えて、SNSを通じた広告手法を採用して、最小限の資金力で旧来のアパレルメーカー以上の宣伝力を持つ企業が続々と登場してきました。

「SPA」では大多数の消費者トレンドを参考に商品企画・製造を行う一方、「D2C」では少数ファンの意見に特化しているため、よりオリジナリティー性の高い商品提案をします。また、北米のD2Cアパレル企業「 Everlane(エバーレーン) 」が採用している手法のように、各製造過程で要したコストを消費者に開示することで、製品及び価格情報の妥当性を訴えます。大手アパレル企業と比べて多少高価な商品であっても、消費者の納得感を引き出すことで根強いファンの獲得を囲っているのです。

こうしたD2Cの流れが、アパレル・家具を中心とした分野に浸透して、スタートアップによる市場ディスラプション(破壊)が発生しています。ここまでを、D2Cスタートアップ市場の創世記として「D2Cブランド時代1.0」とでも称しておきましょう。

マットレス市場に見る、D2Cブランドの乱立

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ところが昨今、1つの分野に対して多数のD2Cブランドが乱立してしまい、消費者が多くの商品選択肢を持つようになりました。本来、各D2Cブランドが他社にはないユニークな商品展開をすることで、ターゲット消費者のセグメントもきっちりと分かれ、消費者も迷うことなく自分の好きなブランドの商品を購入できる点が大きなメリットになっていたはずでした。しかし、D2C市場にも、大手アパレルメーカーが同じ世代層の消費者を取り合う構造に似た、消費者を食い合うトレンドが生まれつつあるのです。

具体例としては寝具マットレス市場が挙げられます。筆者がサンフランシスコに在住している際、D2Cマットレス企業「 Leesa(リーサ) 」を購入しましたが、購入に至るまでのプロセスに非常にストレスを感じたのを覚えています。

D2Cマットレス市場には、「Leesa」以外に「Purple(パープル)」、「Casper(キャスパー)」、「Helix(ヘリックス)」、「Tuft & Needle(タフト・アンド・ニードル)」など、多数のスタートアップが参入しています。この中から最適な商品を選ぶには、マットレスの硬さやマットレスの構造(4段構造など)の違いを知る必要がありましたが、実製品に触れる機会がないため、Youtubeの参考動画を何度も見返したり、レビューブログ記事を何本も読んで吟味をしました。この点、私が大手アパレル店舗をハシゴして、最も価格と商品の質の妥当性の取れるものを時間をかけて選ぶプロセスと全く同じ、商品選択のストレスを強いられていることに気づいたのです。

結局、価格の安さから「Leesa」を選びましたが、マットレスからシンナーの臭いが消えず、寝心地も据え置きのマットレスとさほど変わらなかったため、100日間返品キャンペーンを通じて返品しました。

このように「D2C」の業態が浸透し、ブランド乱立が発生しているレッドオーシャン市場の様相を「D2Cブランド時代2.0」と呼ぶことにします。

D2Cブランドが生き残るための戦略とは?「データ活用」を切り口にしたIoTマットレス「Eight」

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では、先述のマットレス市場で生き残るには、どのような製品を作るべきだったのでしょうか。1つの答えとして「 Eight(エイト) 」が挙げられます。同社は、ユーザーの睡眠データを収集するスマートマットレスの市場ポジションを確立しています。Amazon Alexaと連携して昨晩の睡眠データを聞くこともできます。加えて、他社IoTとの連携も可能となります。

「Eight」の事例から私たちが学ぶべき点は、1つの利用シーンでしか使われない「消費財」としてD2C製品を捉えるのではなく、ユーザーのライフスタイルを包括的にサポートしてくれるD2Cブランドの確立が求められていることです。

筆者が「Leesa」の購入体験で経験したように、同じような製品が乱立し始めた「D2Cブランド時代2.0」では、購入前の商品選択プロセスで差別化を図ることは困難です。また、D2Cブランドのほとんどが店舗を持たない業態を採用しているため、購入前に実製品を体験できないデメリットを抱えています。そのため、購入後体験での差別化を図るしか道がないのです。「Eight」のケースでは、睡眠データを活用したIoTエコシステムの構築を通じて購入後の生活体験を向上させることで、他のマットレスメーカーとは一線を画しています。

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一方、データを使っていないケースでは電動歯ブラシメーカー「 Quip(クイップ) 」が挙げられます。同社は、3か月更新のサブスクリプションモデルで、毎月新しいヘッドブラシを提供します。加えて、提携歯医者の診療を随時受けられる総合ケアサービスの市場ポジション確立を目指しています。

こうしたユーザーの購入後体験の向上のために、ステークホルダーをいち早く連携させてサービス提供できるD2Cブランドの需要も高まってきています。

「自宅カスタマイズ」によって商品選択プロセスを無くしたスマートインソール「Wiivv」

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「Eight」や「Quip」は、購入後体験に注力したD2Cブランドでしたが、購入体験の全て(購入前から購入後体験まで)において差別化を図ろうとしているメーカーが「 Wiivv(ウィーブ) 」です。同社は、バイオデータを収集できるインソールを99ドルから販売しています。柄の種類は30パターンの中から選択できます。また、最適な形のインソールを提供するため、「Wiivv」では専用アプリを通じて足の大きさを画像マッピングします。

商品の購入後体験を向上させるため、バイオデータを活用をする点は「Eight」と違いはありません。しかし「Wiivv」では、アプリを通じた商品の「自宅カスタマイズ」の概念を導入することで、顧客が他社商品と比較・選択する必要性を排除しているのです。筆者がマットレス選びで経験した長い商品選択プロセスを、アプリを使った「自宅カスタマイズ」の仕組みで割愛させている点が強みといえるでしょう。

アプリを通じたカスタマイズの手法は購入体験の向上をする上で注目を集めています。別例を挙げると、メガネメーカー「 Topology(トポロジー) 」もARを使って顔の大きさや特徴をマッピングしたのちに、最適な形のメガネを製造するD2Cメーカーとして活躍しています。

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Image by  greatestpeopleever

冒頭でお話ししたように、大量生産・大量消費社会を背景に誕生したSPA企業に対抗する形で、D2Cブランドが登場しました。そして、モノを所有しない時代の価値観を捉えたことで急成長を遂げましたが、D2Cブランドが乱立しているのが昨今の現状であるともお伝えしました。

SPA企業は、消費者が商品を購入する段階でしか価値を提供できません。購入データを活かして、大多数の消費者が好みそうな商品を大量生産する規模の経済で戦っています。D2Cブランドは、小スロット製造・SNS広告の活用によって、SPA企業が行ってきたようなサプライチェーンのスリム化を図ることに成功し、より強固なブランド構築が可能となりました。しかし、購入前後の体験を含めた、新たな価値基準を持てない限り、レッドオーシャン化する各分野のD2C市場では生き残れなくなってきました。単なるD2Cの手法は通用しにくい時代へと突入しつつあるともいえるでしょう。

日本でもD2Cブランドは益々台頭してくると思われますが、顧客体験を購入段階だけでしか見るのではなく、「データ」や「自宅カスタマイズ」の概念を用いた様々な角度での体験価値提供が望まれると考えます。

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