激動の松竹と共創:コロナ禍で見えた歌舞伎のデジタル化とチャンス Vol.1

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松竹株式会社 船越 直人 取締役 演劇興行部門担当

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回は歌舞伎・舞台芸術のデジタル化に向けた取り組みを推進する松竹の話題です。

感染症拡大で歌舞伎・舞台芸術に大きな影響がある中、昨年9月にLINEと提携して積極的なデジタル化の方針を打ち出したのが松竹です。「松竹DX(デジタルトランスフォーメーション)コンソーシアム」を基盤に、興行のあり方や、歌舞伎俳優・タレントとの関係性、そしてコンテンツの未来を大きく変えようとする動きが活発化しています。

松竹の考えるエンターテインメントの近未来像はどのように変化するのでしょうか?

インタビューでは前半に歌舞伎を中心とした舞台芸術の今と未来について、松竹取締役として歌舞伎を中心に事業推進・製作を担当されている船越直人さんにお話しいただきます。後半では松竹が進めるデジタル化について、同じく取締役として同社のイノベーション推進を担当されている井上貴弘さんにお話を伺いました(文中の質問者はMUGENLABO Magazine編集部、文中の敬称は略させていただきます) 。

コロナで大きく動いた舞台芸術

松竹の事業共創活動についてお聞きする前に、大きな影響を受けた歌舞伎・舞台について状況を教えていただけますか

船越:松竹のみならず演劇界が受けた影響は計り知れないものがあります。野田秀樹さん等が声掛けをして、大小さまざまな興行会社、劇団、舞台製作会社など、「演劇に関わっている」という一点で二、三百ほどの会社が横に繋がった「緊急事態舞台芸術ネットワーク」という組織体も立ち上がりました。共同で何かの運動をしようというよりは、演劇現場の実態を纏めた声として、行政サイドに伝えることを目的としています。松竹はその中で、演劇の一ジャンルとして歌舞伎の現状や、劇場の運営がどうなっているのかを伝えていく役割を担っています。

どこの劇場もそうですが、すっかり客足が遠のいてしまったのが状況です。不要不急というワードが頻りに繰り返されますが、ライブエンターテイメント自体、その最たるものじゃないかと指摘されかねないムードの中で「我々の生業は不要なのだろうか?」という自問から始まりました。

素人考えで「舞台にいけないならテレビやインターネット配信で」というアイデアを思い付いてしまうのですが

船越:これまで歌舞伎は、映像として例えばテレビ中継などでお茶の間に届けられることに対して抵抗感がある俳優さんも少なくありませんでした。「生のライブを見てもらって初めてわかってもらえる、評価される。映像ではその希少価値が十分に伝わらない。」と思い込んでいる傾向は強かったかもしれません。映像として記録に残ることに賛成でない人もいましたし、ましてやインターネット配信なんて・・・夢のまた夢でした。

映像技術の進歩は必ずしも演劇にとって良いことばかりではなく、例えば4Kや8Kの時代となると、鬘と地肌の境目や、女形を務める俳優さんの髭剃り跡など、余計なものまで見えるかもしれない・・・そうなると台無しだと。

でも、結局はコロナを機に、そういう抵抗感がほぼ意味を成さなくなった。リアルのコミュニケーションを封じられる中で、演劇は本当に存在意義があるのか、日本の伝統芸術だと言われてきたが、ダイレクトな表現以外の方法を使っても評価され続けるのだろうか?と。

かなりの危機感ですね

船越:このコロナは長引くかもしれないと思い始めたのがアクセルになったと思います。去年の3月は全ての公演が中止になりましたし、折角作ったものが全く世に出ないのは本当に残念無念という俳優さんの気持ちを受けて、無料で配信という形に進みました。長らくその是非の議論が続いていた課題が、わずか数カ月で一気に前進へと転じたのです。

こういう状況であったとしても、以前の考え方を守りたいという人も一定数いらっしゃるんじゃないでしょうか
船越:ある程度いると思います。ただ、伝統的な手法を重んじる一方で、若い世代の俳優さんを中心に表現の手段の一つとして配信をうまく活用しようという流れも徐々に始まっています。リアルとデジタルのコラボレーションという意味では、中村獅童という歌舞伎俳優と、初音ミクという仮想空間上のアイドルが共演した「超歌舞伎」はその先駆けかもしれません。以前からこういうチャレンジもありましたが、コロナ禍をきっかけに一気にその模索が加速することになった感じですね。

歌舞伎のデジタル化と新たなビジネスチャンス

少し話を変えて、具体的な「歌舞伎のデジタル化」について教えてください。いろいろ手をつけるべきことがあると思うのですがどこから着手されていますか

船越:まずこれまでなかった「配信室」というものを設置して、松竹内部の体制をきちんと整えようとしています。

これまで歌舞伎はある意味「密」という空間が楽しみを生み出していました。コロナ禍が世の中を覆い、「密」ではない「疎」の空間を求められている中で、「密」で得ていたものに近い体験をいかにして届けるかが重要となると思っています。これは私見ですが、例えば舞台中継などは今までもテレビ放送やDVDという手段で提供していたわけで、インターネット・ライブ配信というチャンネルに代わっただけでは大きな変化にはならないし、魅力的な体験にはならないのではないか、というのが私の印象です。

まさに歌舞伎俳優のみなさんが懸念とされていた点ですよね

船越:例えば「超歌舞伎」は、リアルな俳優とデジタル空間のアバターが共演するという、多くの人たちがある程度予想していたことを実現したわけです。今までになかった試みですが、予想はできた。それ以外に何が衝撃的だったのかというと、生放送中に視聴者から色んなコメントが画面上にテロップ表記されるんですよね。クライマックスになると、実際の舞台で大向こう(掛け声)が掛かって拍手が鳴り止まない時のように、画面上に文字が溢れて演者が見えないほどでした。これも私見に過ぎませんが、演劇を提供する側にとって一番ショッキングだったのはむしろそっちの現象でした。俳優の顔にコメントを被せる、顔が隠れるなんてことはあってはならないことでしたし、謂わばご法度行為だったのです。

なるほど、言われれば確かに

船越:演者の顔が隠れるぐらいのコメントの洪水は視聴者の高揚感の表れであり、参加している感が体現されていて、視聴者が望んでいたのはむしろこの体験なんじゃないのかなと思いました。一方通行ではなくて、今進行している実演を共有しているという同時体験が大切なんだと思います。

私が支配人として歌舞伎座の新開場に臨んだ時、祖母、娘、孫娘の3世代で歌舞伎座に来られた方がいらっしゃったんですね。「3世代揃って歌舞伎座に行くことが夢でした」とおっしゃっていました。7、8年前ですので、車椅子に乗っておられたおばあさんは、今はもしかしたら、外出すら難しい状態かもしれない。極論ですが、もう出歩けないけど、「歌舞伎座に行くのが楽しみだった」という方にVRやARでそれに近い疑似体験を提供できれば、そういう技術進歩は4K、8Kの高精細画像よりも演劇にとっては大きな意味を持つかもしれません。

映像を配信するにしても、例えば視聴者側に視点の切り替えをする機能をお渡しすれば、劇場へ足を運んでも味わえない、配信ならではの特別な体験が可能になるかもしれません。指定席を離れ、場面によっていろんな客席に座って、違うアングルから歌舞伎を見るという、新しい需要の掘り起こしができるかもしれません。

デジタル化と一言で言っても技術は幅広いわけです。どのあたりから取り組まれるのでしょうか

船越:やはり舞台があること、アナログであることに魅力があるのは確かです。デジタルへの挑戦は大切ですが、まずは遠いものから埋めていくのが正しいと思っています。例えばチケット販売についてもデジタル化は進んでいますし、そういう利便性を上げるというところから進めるべきではないでしょうか。

弊社は昨年から「歌舞伎オンデマンド」という配信サービスをスタートさせていますが、今のところ、これは国内向けです。本来であれば、海外も含めた展開をするべきで、その需要もあると思っています。実は歌舞伎は100年近く、海外公演という歴史を紡いできた経緯があります。「KABUKI」の認知度が高いのもそういう先人たちの努力の賜物であると思っています。配信は実際の舞台へアクセスできない人へ届ける手段としては画期的ですから、海外在住のファンに届けるのは最善の使い方だなと思っています。

確かに新たなビジネスのチャンスとして海外市場への視点は面白いですね

船越:ただ、安易に歌舞伎のコンテンツをデジタル化する、という入り方をすると、本質的な価値を見失うことになりかねません。現在は直接熱量を感じてもらうことそのものがネガティブ要素になっているので、どうにもなりませんが、これでしか伝わらないものもあります。俳優をはじめとする表現者達は、その価値をまず認識し、絶対無二のものに高めること、それを体現するため技量を研ぎ澄ますことに専念しなければなりません。他で代替できない価値でなければ「不要」のカテゴリーに分類されても仕方ないのです。興行を担う人も、歌舞伎自体を作り上げる人も、何が魅力なのか、今本当に魅力的なのかを真剣に考えることが大切ですね。

(後半につづく)

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