アメリカから見たウェルビーイング、ESGトレンド——Amber Bridge Partners 奥本直子さん Vol.1

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

昨年くらいから、スタートアップや投資の世界でも、ウェルビーイングや ESG といった言葉を目にすることが多くなりました。資本主義の世界に生きていると、とかく利潤の追求に焦点を合わせがちですが、人の幸福があってこその事業であり、経済であるとの考えから、これらは2020年代の社会を象徴するキーワードに数えられることになりそうです。大企業にとっても、スタートアップにとっても、一見すると利潤の追求に結びつかなさそうなウェルビーイングや ESG の概念を事業にどう取り入れるかは大きな課題です。今回はこれまでテック大手やVCなどで経営に携われたキャリアを持ち、大手企業へのアドバイスやスタートアップ投資なども手掛けられる Amber Bridge Partners(アンバー・ブリッジ・パートナーズ) 奥本直子さんに話を伺いました。

(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は奥本氏、文中敬称略)

Amber Bridge Partners が目指すもの

Amber Bridge Partners を立ち上げられたいきさつ、立ち上げの背景、どういう活動をされているかをお話しいただけますか?

奥本:子供のころから一貫して日米のビジネスの橋渡しをしたいと思っていました。ロータリー財団の奨学金で米国の大学院で学んだのもコミュニケーションです。この Amber Bridge Partners は「ブリッジ」と付く通り、人と人、会社と会社、国と国を繋いでいきたいという思いを会社の名前にし、2017年に設立しました。

会社を設立したところ、2人の方から連絡をいただきました。ひとりは孫泰藏さんです。泰藏さんはMistletoe(ミスルトゥ)というグローバルなインパクト・コミュニティを運営していらっしゃいます。このコミュニティは、テクノロジーを通して社会の課題を解決したいという強い思いをもった人々の集まりで、起業家、ビジョナリー、事業家、アカデミアなど、様々な分野でご活躍される方々から成ります。Mistletoeの活動の一環として、テクノロジーで世界をより良くするというミッションをもった起業家やファンドに投資活動をしています。米国でも事業展開を手伝って欲しいとお声がけいただき、米国市場のマネージング・ディレクターとしてスタートアップに投資をしたり、ファンド投資をしたり、プロジェクトを立ち上げたりしていました。

ふたり目は、ヤフー・ジャパンの元CEOの宮坂学さんです(現在は東京都副知事)。宮坂さんがCEOを退任されるにあたり、次世代が誇りに思えるような未来を創るというミッションのもと、イノベーションにフォーカスしたファンド、Zコーポレーションを立ち上げられました。宮坂さんから「いっしょに仕事しない?」とお声がけいただき、ブロックチェーン・仮想通貨に大きな可能性を感じていた私は喜んでお引き受けしました。

ZコーポレーションはPEファンド的な立ち位置で、ソフトバンクがヤフーに投資をしてヤフー・ジャパンを立ち上げ成功したように、ブロックチェーンやモビリティの分野ですばらしいテクノロジーを持つ会社と日本でジョイントベンチャーを立ち上げ、0→1のところと1→10のところをオペーレーションの経験豊富なチームで成長を支えていくというスキームで活動していました。

Amber Bridge Partners 奥本直子さん

ESG 関連のスタートアップにも関わっておられますね。

奥本:米国スタートアップの日本市場進出のサポートをしていますが、そのひとつがFiscalNote社です。FiscalNote社は、アジア系米国人の20代の若者二人によって設立されたPre-IPOのスタートアップです。世界中の政府の立法・法規制情報を収集し、AIを通して政府やグローバル企業にタイムリーに情報を提供しています。米国政府やグローバル企業5200社をクライアントに持ち急成長中です。世界各国の立法・法規制やESGの動きをタイムリーに理解することにより、それに基づいた戦略を策定したり、ロビーイングやコンプライアンス対策を講じるなど、政府やグローバル企業にとっては欠かせないサービスとなっています。

近年、世界中で成長傾向にあるESG投資が、コロナ禍で更に急増しました。機関投資家が投資の判断をするにあたり、ESGに配慮した投資を重視するようになったからです。この背景には、社会全体への影響を包括的に勘案しなければ、経済成長や投資利益は得られないという認識が常識になりつつあることがあげられます。FiscalNote社のESGサービスは、カーボンニュートラル(脱炭素)に対する各企業の取り組みを世界標準に対して可視化することにより、企業の脱酸素に対する戦略作成をサポートします。また、ダイバーシティ&インクルージョンに関しても、グローバル企業における女性やマイノリティーを含む社員比率、取締役会の男女構成比率をリアルタイムで把握することにより対策を立てることが可能になります。

ESGへの取り組みは世界標準になりつつあることから、日本市場におけるESGサービスを立ち上げることにより、日本企業のグローバル進出の援護射撃が出来ればと思っています。

FiscalNote の画面(Image credit: FiscalNote)

2019年12月からは、データやコンテンツに特化した S4 Capital の社外取締役も務めていらっしゃいます。

奥本:世界最大級の広告代理店兼マーケティング会社、WPPを創業、30年以上舵取りをした英国人のマーティン・ソレル卿が、2018 年に創業したのがデジタル・マーケティング・ソリューションの会社 S4 Capitalです。この会社は、英国株式市場に上場しており、33カ国に5500人の従業員を擁するグルーバル企業です。社外取締役を務める米国スタートアップのCEOが、ソレル卿に私のことを推薦してくれ、半年ものインタビュー期間を経てオファーをいただきました。四半期毎に実施される取締役会は7時間から8時間に及$mm$10M x 1% といとい$100Kにその他にも頻繁に臨時取締役会が招集されます。さまざまなイシューを話し合いますが、その過程でソレル卿を始めとするグルーバル・エクゼクティブからから多くの学びがある素晴らしい機会となっています。

ウェルビーイングにも注力されていると伺いました。

奥本:3年前にシリコンバレーで開催されたトランスフォーマティブ・テック主催のカンファレンスにて、主催者のニコル・ブラッドフォードと出会ったことがきっかけです。彼女は、ゲーム会社のエグゼクティブでしたが、7年前に米国シリコンバレーを拠点とするトランスフォーマティブ・テックという非営利団体(NPO)を立ち上げました。この団体は、ウェルビーイング・テクノロジーの世界最大のエコシステムに成長し、現在、72か国、450都市に、スタートアップ、投資家、アカデミア、コーポレートから成る9,000人のメンバーを抱えています。

ニコルは、スタンフォード大学やSingularity Universityで講師を務め、学術論文に3,800回以上引用されるほどウェルビーイング・テクノロジーの中心的な人物です。ニコルと初めて会ってから1週間後に、”I have to see you”と連絡がありました。「あなたと会わなければいけないの」と言われたら、会わないわけにはいきません(笑)。自宅まで訪ねてきてくれた彼女と、お茶をし、手作りの夕食でもてなし、そのままワインを飲みながら深夜まで語り合ったのがきっかけで、とても親しくなりました。

その頃、私自身も「ヒューマン・セントリック(人間中心)なテクノロジーにフォーカスしていきたい」という思いを強くしていたところでした。このニコルとの出会いがきっかけとなり「テクノロジーを通して、誰もが健康で、幸せで、自分の可能性を最大に活かせるようなウェルビーイングな世界を実現していきたい」という思いがどんどん強くなりました。

現在、ニコルと共に、ウェルビーイングに特化したファンド「NIREMIA Collective」を立ち上げる準備をしています。ベンチャー投資を通して、テクノロジーでウェルビーイングな世の中を実現しようとする起業家をサポートし、誰もが健康で幸せで、「最高バージョンの自分」になれるような世の中を共創していければとと思います。

Nichol Bradford 氏(Singularity Universty の Web サイトから)

コロナ禍が火をつけた、ウェルビーイングとESG

奥本さんがよくnoteに書かれているウェルビーイングやESGという言葉ですが、日本では今ひとつ遠い存在という印象を持っている人が多いようにと思います。日本とアメリカで、一番ギャップを感じたこと、日本の人にもっと知ってもらいたいことはありますか?

奥本:弊社は「ウェルビーイング・マーケット・インテリジェンス・プログラム」を大手企業にご提供し、クライアント企業のプロダクトやサービスに関するコンサルティングをしています。このプログラムを通して、大企業の幹部や中間管理職の方々とお話すると、さまざまなジレンマにぶち当たってらっしゃるなと感じます。

ひとつは、プロダクトやビジネスを立案する際に、ウェルビーイングなものを作りたいという思いはある一方で、マネタイズを考慮すると、「これではお金が取れないよね」、「nice to have」だけど「must have」じゃないよね、という結論になってしまうことです。例えば、リモートワークのためのソリューションを考えたときに、直ちにニーズがあってマネタイズ出来るもの、例えば、オンラインで出勤退勤を確認するとか、従業員のブラウザをモニターするなど、会社側が従業員を管理するためのソリューションを考えてしまいがちです。

ただ、ウェルビーイング的な観点からみると、「成功して幸せになる」のではなく「幸せだから成功できる」のであり、社員の働く満足度を高めることが会社の成功に直結しているのではないかと思います。社員の幸福度や前向きさを増進するためには、個々の特性を生かした仕事に就く、自分の仕事が意義があることだと誇りに思える、上司、同僚、部下との繋がりを感じる、感謝される・認められるなどを通してモチベーションを高くもつなどが大切な要素になります。従業員を管理するのではなく、従業員の幸福度が生産性に繋がるという観点からプロダクトを開発することこそ、ウェルビーイングの時代に大切だと思います。

コロナ禍になって、仕事の状況管理や生産性向上のツールは多く生まれていますが、モチベーションを上げたり、気持ちよく仕事したりしてもらうための工夫はまだ少ないですよね。

奥本:コロナ禍で働き方が大きく変化しました。リモートワークが一般的になり、ビデオ会議によってミーティングがよりアジェンダドリブンになるなど、社員は慣れないリモートとwithコロナ時代の仕事の仕方にストレスを抱えています。コロナ禍以前は、会議後の移動時とか水飲み場などで交わしていた何気ないコミュニケーションが激減し、孤独を感じたり、生産性が落ちたり、鬱になったりする社員が急増しています。シリコンバレーでは、このような問題を解決すべく、様々なソリューションが生まれてきています。

例えば、Slack上に水飲み場的な場所をバーチャルに提供したり、社員間のメンタリングのマッチングを提供したり、趣味や興味別にランチミーティングを企画出来るソリューションなどがあります。会社に所属する目的は、稼ぐことだけではなく、人と繋がることや、自分の思いを実現すること、学び成長することでもあります。ただ、そういったソリューションは「nice to have」だと思われがちで、まだまだ軽視されているのが事実です。

矢野和男先生(日立製作所フェロー、ハピネスプラネット代表取締役)によると、人と人とのフラットなつながり、社員間で交わされる「どう思う?」とか「それいい!」とかのちょっとした会話、すべての社員が平等に発言権を持つことは、社員の幸福度に大きく影響するという研究結果を発表されていらっしゃいます。社員のモチベーションや幸福度は、ちょっとしたところに隠れていて、それをちゃんと拾ってソリューションを提供することにより、企業の生産性に繋がります。不確実な時代だからこそ、企業は「管理するためのソリューション」ではなく、「組織の心の状態を健全に保つ」ための投資をするべきではないのでしょうか。

(後半につづく)

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