生中継や実況を100言語超に同時翻訳&吹替、インドのCamb.aiが日本進出へ——MLSのアクセラ第1期にも選出

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Camb.ai の共同創業者の2人(親子)。左から:CEO Avneesh Prakash 氏、CTO Akshat Prakash 氏
Image credit: Camb.ai

海外のスタートアップの日本市場進出は、韓国や台湾といった東アジア地域からのものが多い。韓国や台湾は国内市場が大きくないし、文化的背景も近く、GDP3位(今朝、ドイツに抜かれて4位になったというニュースが流れたばかりだが)の市場が目の前にあれば、進出しない手はないからだ。そこにまた、日本市場へのスタートアップ進出を図る新たな国が加わることがモメンタムになるかもしれない。インドだ。

米中のデカップリングをきっかけに、行き場を失った欧米からの資金は日本に入ってきているものの、需給バランスの観点から言えば、その投資を受け止められるだけの、十分な数かつステージのスタートアップが日本国内には出揃っていない。さらには、バーチャルコンテンツへの投げ銭、無形の付加価値サービスへお金を支払うといったユーザ習慣は、世界の中で突出して日本で受け入れられていると言える。

インドのスタートアップが日本市場を目指そう、というのも、おそらくそんな背景からだろう。アメリカ、シンガポール、UAE(アラブ首長国連邦)などでは、スタートアップの社数ベースでカウントしても、インド人起業家によるそれは大きなシェアを持つが、日本ではそうでもない。言語や社会情勢の違いといったハードルを乗り越えてでも、日本市場に進出するメリットが上回り始めたということなのだろう。

そんなインドのスタートアップの一つ(登記・設立は UAE)Camb.ai は、AI を使ったリアルタイム翻訳と吹替ができるスタートアップだ。インドでは、高等教育を受けた人やスタートアップ界隈の人々は概ね英語やヒンディー語でコミュニケーションを取れるが、使われている言語は数百言語に上る。この課題を解決しようと Avneesh Prakash 氏は2022年1月に Camb.ai を設立、自身の息子で、Apple で Siri の開発に携わっていた Akshat Prakash 氏を CTO に迎えた。

モメンタムは作れるか

Camb.ai の調達履歴をはじめとするシグナルは Crunchbase 上にも未掲載だが、TRTL Ventures がポートフォリオとして公開しており、出資していることがわかる。この TRTL Ventures とは、かつて Spiral Ventures(かつての IMJ Investment Partners)でパートナーを務めた瀬尾康浩氏が2021年にシンガポールで設立したベンチャーキャピタルで、主にインドのスタートアップに出資している。

また、昨夏にはリクルート子会社のニジボックスで執行役員を務めた丸山潤氏が TRTL Ventures に参画、ベンチャーパートナーに就任した。さらには、瀬尾氏や丸山潤氏は先ごろ、TRTL Ventures の出資先を中心に、インドのスタートアップの日本進出を支援する TRTL Studio を設立した。TRTL Studio の支援第一弾が Camb.ai というわけだ(ちなみに、TRTL Ventures と TRTL Studio の間に資本関係は無い)。

<参考文献>

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MLS(メジャーリーグサッカー)から白羽の矢

MLS Innovation Lab 第1期に採択された皆さん。Camb.ai 以外には、A-Champs(スペイン)、Fabric(アメリカ)、Fitogether(韓国)、Reeplayer (アメリカ)、Staidium U.S.(アメリカ)
Image credit: MLS

アメリカでは、スポーツ業界団体もスポーツチームも、スタートアップとの協業が盛んだ。そんな中で、MLS(Major League Soccer)が昨年末、年次イベント「Next Fest」の中で第1期のキックオフを発表したのが、共創アクセラレータの「MLS Innovation Lab」だ。MLS Innovation Lab には世界中のスタートアップから応募があり、予選に残ったのが500社、最終的には Camb.ai を含む6社がファイナリストに選ばれた。

Camb.ai を駆使し、複数の言語コミュニティにファンを擁する YouTuber の皆さん
Image credit: Camb.ai

これまで MLS の試合を視聴するにはいくつかの方法が存在したが、2023年からは Apple TV にのみ、世界向けの独占放映権が設定されるようになった。現在、MLS の生中継は英語、フランス語、スペイン語でのみ視聴することができるが、Camb.ai の技術を使えば、ある言語のアナウンサー実況を複数言語に同時通訳して発話させることができるので、MLS にとっては、自国語で観戦したい世界中の MLS ファンを取り込めるようになるわけだ。

AI が仕事を奪うとはまさにこのことで、自言語でファンの共鳴が得られないアナウンサーにとっては、MLS と Camb.ai の協業は、仕事の注文が来なくなってしまう未来を示唆している。しかし、一方で、ある言語のコミュニティで人気の YouTuber が Camb.ai の力を借りて、他言語のコミュニティに視聴者を増やす、といった活動の場を広げる使い方も考えられる。映画やドラマなど芸術作品の翻訳吹替に使うにはまだ課題があるようなので、我々はまだ当面、翻訳家や声優のお世話になりそうだ。

<参考文献>

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