ハイドロヴィーナス×日本海ガスがタッグ、大学発技術で米どころの治水を革新させる試み

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左から:日本海ラボ オープンイノベーション推進チーム セクションチーフ 北野元基さん、ハイドロヴィーナス代表取締役の上田剛慈さん、日本海ガス 経営企画部 部長の青木潤さん、日本海ガス絆ホールディングス株式会社 人事広報部 CSR推進グループ マネージャーの谷田卓也さん

本稿はコーポレートアクセラレーターを運営するゼロワンブースターが運営するオウンドメディア「01 Channel」からの転載記事。「NGAS-Accelerator Program 2024」は現在参加するスタートアップを募集中で、応募は5月31日に締め切られる予定。7月下旬の選考を経て、8月から11月にかけての約4ヶ月間プログラムが提供される。

エネルギー事業を軸に北陸地方でさまざまな事業を展開する日本海ガス絆ホールディングス(絆HD)は、01Boosterと共同でアクセラレータープログラム「NGAS-Accelerator Program」を運営。北陸地域への新しい価値提供を目指し、スタートアップとの共創を進めています。本プログラム採択企業の1社、岡山大学発のスタートアップであるハイドロヴィーナスは独自技術による水力発電機を開発しています。

一般的な水力発電では、一定以上の速度の水流が同一方向に流れ続けていることが条件になりますが、ハイドロヴィーナスでは同社が開発した振り子型水力発電モジュールを使って、水流の中にある渦のエネルギーを利用して発電することができます。小型であることや、そこから得られるデータを転送できることから、さまざまな調査・分析に活用することもできます。

アクセラレータープログラムの舞台となった富山県は日本随一の穀倉地帯を形成していますが、それを実現しているのは、昔からの農業用水やかんがいの整備によるものです。治水対策には、水位や流量などの正確で継続的なデータ収集が有効ですが、治水の現場には電力や通信のインフラが整っていないことが多く、データが不十分であることが課題となっていました。

そこで、絆HDとハイドロヴィーナスでは、富山市内の用水路に発電モジュールを設置し、その動作や得られるデータを収集する実証実験を2023年に実施しました。その成果を、ハイドロヴィーナス代表取締役の上田剛慈さん、日本海ガス 経営企画部 部長の青木潤さんと日本海ガス絆ホールディングス株式会社 人事広報部 CSR推進グループ マネージャーの谷田卓也さん、絆HDのオープンイノベーション活動の窓口にあたる、日本海ラボ オープンイノベーション推進チーム セクションチーフ 北野元基さんに聞きました。

独自の発電機で広がる、治水対策への新しいアプローチ

ハイドロヴィーナスの水力発電装置

ハイドロヴィーナスが開発した水力発電装置は、電力とデータ通信の両面で自立できるという特長を持っています。治水対策では、水位や流量などの正確なデータ収集が不十分であることが大きな課題となっていました。この装置を河川に設置することで、計測が困難だった災害の危険性のある場所でのデータ収集を実現しようというのがハイドロヴィーナスの狙いでした。

水門の開閉やダムの放水次第で、災害が起きたり起きなかったりします。そういう意味で、治水は、人が関わることで災害を抑制できる手段だと言えます。現場で収集したデータをAIで学習させることで、水門やダムの適切な管理につなげていく長期的なビジョンを描くことができます。(上田さん)

デモデイでピッチするハイドロヴィーナス 上田さん

この試みが実を結べば、治水においても、従来の経験と勘によるものから、データに基づいた合理的な意思決定へとシフトすることができます。人為的ミスによる被害回避にもつながることが期待されますし、データドリブンな意思決定は、人的ミスのリスクを最小限に抑え、安全性の向上にもつながるはずです。

さらに、適切な水門・ダム管理を通じて、下流への影響を最小限に食い止めることもできます。例えば、農地の冠水被害の予防や、上流と下流間の水量の公平な配分などが実現できるかもしれません。時に水不足に、時に洪水に見舞われてきた地域においては、この技術への期待は非常に高いと言えるでしょう。

地元企業同士の結びつきから、実証実験もスムーズに

発電装置の設置場所選定から実際の設置作業まで、絆HDの力が大きく活かされました。用水路を使った実証実験には、地方自治体や土地改良区との調整が必要になります。同社はインフラ事業を展開していることから、日本海ガスの谷田さんは自治体や地元の人々とのつながりが非常に深く、スムーズな調整が可能だったと振り返ります。

普段お付き合いのある方々の紹介をいただき、話がトントン拍子に進みました。私自身も普段から地域の青年会議所活動などを通じて人脈が形成できていたので、それが大きな助けになりました。地元の理解と信頼関係があったからこそ、短期間で実現できたという側面があると思います。(谷田さん)

さらに、富山市の環境センサーネットワーク「LoRaWAN」との連携も実現しました。携帯電話のネットワークを使うのに比べ、「データ通信費がかからず、消費電力も小さい」(上田さん)ため、LoRaWANを活用することで、より効率的で経済的なデータ収集が可能になりました。富山市の先進的な取り組みと連携することで、相乗効果も高まることになりました。

課題と展望

予想外の問題が起きるのが実証実験の常です。今回の取り組みでは、設置場所の水流の変化による装置の動作不良が発生しました。農業用水路の水が減少する時期があり、その時期に装置が動かなくなってしまうなどの問題が発生しました。この問題には、設置場所を変えるなどして対応することが余儀なくされました。

場所選定の過程では、富山市内を中心に適切な場所を検討し、星取表を作成して、牛ヶ首用水土地改良区に設置しました。しかし、2ヶ月後に水がなくなったため、谷田さんや上田さんとも連携して、別の場所に移設して実証実験を続行することになりました。(北野さん)

時期によって水流や深さが大きく変化する富山の用水路

また、装置自体の課題もありました。従来の発電機は、ゴミが絡まりやすいという欠点がありましたが、これに対し、ハイドロヴィーナスの装置は「絡まらない発電機」というコンセプトの下に開発されていました。水深や流速によっては発電できない場合もあり、その点についても今後さらなる改良が求められていくことになるでしょう。

今後の本格的な事業化に向けては、一定の期間を経てデータの蓄積が必要不可欠です。そのため、ハイドロヴィーナスは助成金申請などを行い、河川法など法律上の制約なども乗り越えながら、地方自治体も巻き込みつつ、長期的な取り組みで成功事例を増やすことを次の目標にしています。また、実用化に向けて、コストの問題も解決する必要があります。

誰がお金を払ってくれるかが事業化のカギです。自治体が恩恵を受けるのであれば、行政が負担するのか、料金体系を整備して消費者から徴収するのかなど、事業モデルについてはさまざまな選択肢があり得ます。誰が事業主体となり、いかにして利益を上げていくのかが今後の課題です。(上田さん)

岡山大学での打ち合わせ。右側に絆HDメンバー、左側手前がハイドロヴィーナス 上田さん、左側奥がハイドロヴィーナスの技術を開発した岡山大学の比江島慎二教授。

ハイドロウィーナスのソリューションは、水の流れがあるところならどこでもエネルギーを発生させられ、通信もできるため、農業、漁業、インフラ、スマートシティなどにも活用できます。発電機としてだけでなく、流速計として使うと10分の1の価格で使えるため、治水以外のさまざまなニーズにも対応できる可能性があります。

まず助成金を活用して、自治体を巻き込んだ形で富山で成功事例を作ります。そして、この富山での実証実験の成果を、日本全国のガス屋さんネットワークで展開できるんじゃないかといった野望を持っていて、絆HDさんと一緒に作っていきたいと考えています。(上田さん)

今回のアクセラレータープログラムでは、スタートアップの軽快なリアクションやフットワークの速さに驚かされました。我々もそれに追随しようと努力しましたし、今後、成功事例を作り上げ、ハイドロヴィーナスさんと一緒に全国展開につなげていきたいと思っています。(青木さん)

ハイドロヴィーナスを手に語る、ハイドロヴィーナス 上田さん

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