富山のエネルギー企業がスタートアップに投資する理由——日本海ガスのオープンイノベーションが目指すもの

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インタビューに答えてくれた「NGAS-Accelerator Program」事務局メンバーと01Booster木下

本稿はコーポレートアクセラレーターを運営するゼロワンブースターが運営するオウンドメディア「01 Channel」からの転載記事。「NGAS-Accelerator Program 2024」は現在参加するスタートアップを募集中で、応募は5月31日に締め切られる予定。7月下旬の選考を経て、8月から11月にかけての約4ヶ月間プログラムが提供される。

富山県を中心に総合エネルギー事業を展開する日本海ガス絆ホールディングスグループ(以下、絆HD)は、持続的成長のために新規事業開発に力を入れています。その一環として、2023年からスタートアップ企業との協業を促進するアクセラレータープログラムを開始しました。このプログラムを通じて、エネルギー分野や地域課題解決などの領域で革新的なビジネスモデルの創出を目指しています。

北陸地域ならではの課題と日本海ガスの取り組み

企業がオープンイノベーションに取り組む理由、それは新たな課題解決への挑戦とも言えます。4月に新たなプログラムを開始した絆HDが拠点とする地域は北陸。元々、日本海の厳しい気候にさらされるこの地方は公共交通機関の利便性の低さや冬季の雪対策など、都市部とは異なる特有の課題を抱えていました。また、人口減少や高齢化が進む中、ヘルスケアや介護、子育て支援などの分野についても他の地域と同様の悩みがあります。

この地域特有の課題に挑戦するのが「NGAS-Accelerator Program」です。2023年に開始したスタートアップとの協業企画は今回が2回目。絆HDで運営を担当するメンバーは次のように語ります。

——北陸ならではの地域の課題について教えてください

交通の便がよくないですね。車社会なのでほとんどの家に人数分の車がある、そういう地域です。それが年を取ると非常にリスクにもなりますし、観光という面ではそこが足かせになったりする。かつ、冬は雪も降ったりするので、雪の運転って怖いんですよ。移動交通の部分は自治体も独自に取り組んでいる施策もあるんですけれども、課題なのかなと思ったりします。(北野さん)

——そうした北陸の暮らしについてもいろいろなタッチポイントをお持ちです

富山の人口構成的なところで言うと、ヘルステックとか介護ですね。また、どうやって子供を育てていくかといった領域は面白いかなと考えています。

富山県の人口が2050年に76万人と最近公表されて、この人口減少をどのようにくい止めていくかという点は富山に限らず課題だと思います。注力領域はもちろん、協業ができれば関係人口も増えていくので、雇用を作るといった観点でもインフラ企業として新たなサービスを作っていきたいと思っています。

あと、(前回プログラム参加の)シェアリングエネルギーさんやテックシンカーさんはまさにその取り組みですね。ガスエネルギーだとどうしても炭素が入ってきますので、そこをオフセットする再生可能エネルギーや、カーボンクレジットといったテーマはやはり中心ですし、ガス以外のエネルギーを一緒に提供できるような方と一緒に何か取り組みたいと思っています。(高田さん)

日本海ラボ オープンイノベーション推進チーム ディレクター 高田信一朗さん

こうした地域課題に対し、この地区の総合エネルギー企業が取り組むメリットがあります。それがネットワークです。生活に欠かせないガスなどの供給を80年以上にわたって地域で事業を展開してきた強みを持っています。同時に地元富山をはじめとする自治体や地元企業、住民との強固な関係があり、このネットワークを活かして、スタートアップ企業との協業を模索することが可能です。

——自治体との連携や富山・北陸地域のネットワークの広さも特徴的です

北陸のネットワークとしては、対消費者向けのサービスがありますし、法人についても工場や商業施設など幅広いジャンルのお客さまがいらっしゃいます。やはりインフラ企業として80年以上地域で活動してますので、当然、自治体さんとの連携や関係性もあります。特に富山市さんとは SDGs の連携協定も結ばせていただいておりますし、地域全体で盛り上げていくという視点があります。実際、前回に PLEN Robotics さんと一緒にやった実証実験では、学校や自治体と一緒に連動した形で取り組みました。(北野さん)

サステナブルな技術とサービスで、結構ガスっぽさというか、そういったものを押し出してはいるんですが、ご利用企業さまの先にはホテルなどいろんな業種の方がいらっしゃいます。あまり「ガス」というイメージにとらわれずに、当社を見ていただきたいなとは思っています。

どちらかというと、そういった幅広い販売のネットワークを持っている企業で、社員一人ひとりがいろいろなお客さまと深くお付き合いをしている、それこそプライベートでもお付き合いがある、顔が見える、そういうネットワークを活かしていきたいですね。(鈴木さん)

日本海ラボ オープンイノベーション推進チーム 鈴木健太朗さん

——前回参加された自治体さんなどから反響などあれば教えてください

自治体の方からは「新しいことをやりたいけれどもやはりパートナーを見つけることが難しく(こうした取り組みを通じて)どんどんフィールドとして活用してほしい」という声をいただきました。また、スタートアップのみなさんからも実は、自治体さんへのアプローチで困っているとお聞きすることがあるんです。(鈴木さん)

——北陸地域における事業パートナーとして橋渡し役のような役割を担える可能性があるということですよね。ちなみに自治体の皆さんとのコミュニケーションって実際どのようなものなのですか

日本海ラボ オープンイノベーション推進チーム セクションチーフ 北野元基さん

私たちの方で運営しているインキュベーション施設があって我々もそこで仕事をしているんですが、例えば富山市のスマートシティ担当の方ですとか、もしくは県庁の所属の方が結構ふらっと来られてコミュニケーションを取っていかれたりしています。地元の事業者さんや町内会の方も来たりするので結構な出会いの場になっているとは思います。あと、日本海ガスの持っているショールームの方で料理教室や赤ちゃんイベントをやったりもするので、そこではいろんな方々が触れ合えるような場所を提供できているんじゃないかなとは思っています。(北野さん)

前回のプログラムを牽引した日本海ガス絆ホールディングスの新田洋太朗社長(「北陸・富山の成長に尽力したい」——日本海ガス絆HDと共創スタートアップ6社ご紹介 #NGAS2023

2023年から開始した初回のプログラムでは、6社のスタートアップ企業が採択されました。各社とも、絆HDの営業ネットワークやインフラ設備などのアセットを活かし、実証実験やサービス開発を行っています。

例えば、カーボンオフセットサービスを手掛けるテックシンカー社は、絆HDの法人顧客向けに新サービスを試験的に提供しています。一般的な都市部以外の地域が抱える課題の「今」を知っているのも地域に根ざした企業の強みです。

また、再生可能エネルギーの普及に取り組むシェアリングエネルギー社は、絆HDと共同でこの地域の市場調査を実施し、日照が少なく再生エネルギーとしては一見「不利」と思われる北陸エリアでのニーズを確認しました。

さらに、流況センシングモジュールを提供するハイドロヴィーナス社は、富山市内の河川に実際にプロダクトを2機設置し、データを取得する PoC を行いました。地元のネットワークを活用し、川や用水という調整が難しい場所への設置をスムーズに進めることができました。

※それぞれの事例は、順次詳しく紹介していきます。

新たな展開に向けて

日本海ラボ オープンイノベーション推進チーム 鈴木健太朗さん(左)と、同 吉野毅士さん(右)

絆HDは、2030年までに連結売上の50%をガス事業以外で生み出すことを目標としています。2020年には新規事業推進のための子会社「日本海ラボ」を設立しました。当初は「北陸ビジネスプランコンテスト」を開催していましたが、より広く全国のスタートアップ企業と協業するため、2023年からコーポレートアクセラレーションプログラム「NGAS-Accelerator Program 2023」を開始するとともに、CVC を立ち上げました。

本プログラムでは、エネルギー、くらし、地域課題解決などの領域で、絆HDが持つ約10万戸のガス利用ユーザー、エネルギー提供で培ったサステナブルな技術とサービスなどに加え、北陸エリアの企業や自治体とのネットワークなど幅広いアセットを活用しつつ、新たな課題解決のモデルを模索します。

2024年度のプログラムでは、前年度の経験を活かしつつ、さらに領域を拡大していく方針です。農業分野での課題解決や、介護・ヘルスケア、フードテックなどのくらしに密着した領域での新サービス開発に注力します。

私は以前所属していた部署で、お客さまのくらしについて、新築からリノベーション・リフォームまで、また電気や水道なども含めてトータルで提案していました。事業領域や活用できるアセットは非常に幅広いと思います。あと、自分としてはこのプログラムでアグリや食に深く関わって、富山の食や農業の課題も解決したいです。(吉野さん)

また、ガス業界におけるDXの推進にも取り組みます。中小のガス会社でデジタル化が遅れている現状を踏まえ、データ活用などのモデルケースを作ることで、業界全体のイノベーションを牽引したいと考えています。

私は、物流やクロステックにも注目しています。ガス業界は法令などの規制が非常に強く、イノベーションを避けてしまう傾向があるともいえます。それを打破するきっかけがアクセラレータープログラムだと思っています。ここで生まれるサービスやモデルは、他のインフラやお客さまに対する価値提供につながるのではないでしょうか。(鈴木さん)

絆HDはプログラムを通じたオープンイノベーションにより、地域のエネルギーを支えるインフラ企業としての枠を超えた持続的成長に取り組もうとしています。そしてこれは、地域に根ざした企業として、北陸エリアのくらしや産業の発展に貢献するとともに、全国の地方都市が抱える課題解決のロールモデルとなることへの挑戦でもあるのです。

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