DXが進まない理由を熟考、既存業務にAIを〝溶け込ませる〟戦略で攻めるAI Square【ACVインタビュー】

AI Square共同創業者兼CEOのLouis Boka氏

本稿はアクセンチュア・ベンチャーズによる寄稿転載。アクセンチュア・ベンチャーズではポッドキャストを配信している。

アクセンチュア・ベンチャーズでは4月に東京で開催されたスタートアップカンファレンス「TakeOff Tokyo 2024」にブースを出展。日本企業とのオープンイノベーションを展望する海外のスタートアップが数多くブースを訪問してくれました。

そんな中から、いくつかのスタートアップをご紹介します。AI Squareはサンフランシスコに本社を置くスタートアップですが、現在は、横浜に本拠を置く企業とのプロジェクトを運営しているため、日本国内に滞在しています。共同創業者兼CEOのLouis Boka氏に、アクセンチュア・ベンチャーズのAkari Imamuraが話を聞きました。

業界特化の「AIソルバー」で大規模言語モデル(LLM)を凌駕

AIとデジタル化の波が業界に浸透したと思われがちですが、実際には従来の紙ベースや手作業のプロセスが多数残されている——そんな現場の実態に気づいたのがBoka氏です。デジタル化の遅れに危機感を抱いたBoka氏は、以前カナダのスタートアップで出会った友人と共に、昨年AI Squareを設立しました。業務プロセスをAIで自動化し、生産性を改善するのが目的です。

私がアクセンチュアにかつて在籍していた頃、ヨーロッパ、中東、アジア各地の産業分野を担当していました。そこで驚いたのが、デジタル化が進んでいるはずの業界でさえ、紙の書類を人手で確認するといった非効率的な業務が多数残されていたことです。(Boka氏)

設立当初からAI Squareの目標は、単なる自動化や効率化に留まりませんでした。Boka氏は、業界それぞれの固有の課題に対して最適化されたAIソリューションの提供を目指し、一般的な大規模言語モデル(LLM)とは一線を画し、特定の業界ニーズに小規模で特化した「AIソルバー」の開発を同社の使命としています。

製造業向けのAIソルバー、法律分野向けのソルバーといった具合に、業界ごとに最適化されたAIモデルを提供したいと考えていました。私たちの長期的なビジョンは、NetflixのようなAIソルバーのプラットフォームを実現することにあります。(Boka氏)

AI Square

AI Squareの最初の製品は、シンプルながら実用的なソリューションでした。物流倉庫で行われる書類確認作業では、従来は従業員が1日3〜4時間を費やしていましたが、AIで自動化することで大幅な時間短縮が可能になりました。このようなAI活用が日本の自動車関連企業を中心に評価され、物流分野でユーザーのトラクションを得ることができました。

アジアの主要空港でも書類処理の自動化に同ソリューションが導入されています。また、紙の証拠書類を多数扱う法律事務所でも需要があります。外から見れば、業界がデジタル化されていると想像しがちですが、内部では想像を絶するほど紙ベースの作業が残されていることが多いんです。(Boka氏)

功を奏した「目に見えないAI」戦略

AI Squareの最大の強みは、従来のワークフローにシームレスに連携できる「目に見えないAI(invisible AI)」の提供にあります。前出の物流倉庫の例でいえば、AIが自動で確認可能な書類を選り分け、人間は不明な部分のみを確認するよう設計されています。こうした配慮から、従業員の業務自体にはほとんど変化がなく、AIの導入に対する抵抗感が最小限に抑えられます。

最初は革命的な製品を生み出そうと考えていましたが、長年にわたって同じやり方を続けてきた業界においては、業務を変更する障壁が非常に高いことが分かりました。そこで、既存の古いツールにそっと溶け込む製品設計を徹底的に心掛けることにしたのです。(Boka氏)

この「目に見えないAI」の戦略により、AI Squareは業界をリードするGoogleやOpenAI、Microsoft、AWSといった大手に対して優位に立つことさえできました。オフラインで動作し、クラウド上でデータが扱われるリスクがないことも、機密情報の取り扱いに神経を尖らせた企業からの支持につながっています。

大手AI企業に対するもう一つの差別化ポイントが、学習アーキテクチャの優位性にあります。最初の製品リリース時には70%程度の精度に過ぎませんが、従業員のフィードバックを活用した連合学習(Federated Learning)により、継続的にAI精度を向上させていくことができます。各社のデータは各社内に閉じられており、AIも企業間で共有されることはありません。

例えば法律事務所2社に製品を導入した場合でも、それぞれの会社のデータに基づいてAIが最適化されますが、学習データは企業間で共有されることはありません。このように、お互いが競争関係にならないよう配慮しています。(Boka氏)

アクセンチュア・ベンチャーズ Akari Imamura

企業のセキュリティポリシーの尊重はAI Squareにとって最重要課題です。AIの更新も容易で、簡単な手順で最新のAIモデルをオンプレミス環境にデプロイできます。機密情報を外部に漏らすリスクを排除しながら、継続的な改善サイクルを実現しているのです。

加えて、AI Squareはインターネット上に存在しないデータセットの収集にも注力しています。企業から提供を受けたこうした非公開の産業データを研究・分析し、新たなAIソルバーの開発を行う計画です。大手AI企業が持たない、リッチかつ多様なデータへのアクセス権を確保することで、独自のAI製品を開発するという戦略に基づく取り組みです。

競合他社は、インターネット上に公開されたデータを用いて一般的なLLMを開発しています。しかし、私たちはむしろ企業の内部データ、つまり世の中に出回っていないデータにこそ価値があると考えています。(Boka氏)

ヘルスケア、製造、エネルギー、法務といった主要業界での非公開データの収集と分析を進め、新たなAIソルバーのリリースを継続することで、AI Squareはユニークな製品ポートフォリオの構築を目指しています。

同社はまた、大手コンサルティング企業との協業にも意欲を示しています。アクセンチュアの元社員でもあるBoka氏は、かつての同僚とのつながりなどを活かし、いくつかの連携を期待しています。

コンサルタントが顧客企業の課題を発見した際に、AI Squareのソリューションを提案していただくのが一つの選択肢です。また、当社がアクセンチュア・ベンチャーズからの出資を受けられたらいいですね。私自身がアクセンチュアのアルムナイでもあり、協業できる可能性は十分にあると考えています。(Boka氏)

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