クーデター乗り越え、ミャンマーで再起——ウミガメ起業家・高田健太氏率いる「PLUS TALENT」が正式ローンチ

SHARE:
PLUS IMPACT は8日、ミャンマー・ヤンゴン市内にコワーキングスペースを開設した。同社の EOR サービスのエンジニアはこのスペースなどを拠点に業務に従事する。前列中央にしゃがんでいるのが創業者兼 CEO の高田氏。
Image credit: Plus Impact

※この記事は英語で書かれた記事を日本語訳したものです。英語版の記事はコチラから

BRIDGE のパートナーメディアである e27 は2020年11月、ある日本人起業家が立ち上げたフードデリバリスタートアップ Hi-So の資金調達のニュースを取り上げた。このくだんの起業家の名は高田健太氏。丸紅でミャンマーに駐在し、その後、現地大学でミャンマー語を習得した後に独立。そうして中心都市のヤンゴンで立ち上げたのが、Uber Eats や Food Panda に代表されるフードデリバリサービスを現地ニーズに合わせてローカライズした「Hi-So」だった。

愛知県によるスタートアップハブ施設「STATION Ai」が今年10月に名古屋市内にオープンするのに先立ち、その前哨戦とも言うべき「PRE-STATION Ai」が2022年4月に立ち上がったのだが、筆者はこの頃から、STATION Ai 周辺の人々が不定期で開催しているサウナイベント(主に奥三河地域の山中で催されることが多い)に時々お邪魔させていただいていて、高田氏に声をかけられたのはその時のことだった。

以前運営していた「Hi-So」のオフィスとチーム。
Image credit: Kenta Takada

高田氏の話によると、Hi-So の資金調達を発表して3ヶ月も経たない2021年2月、ミャンマーでは国軍によるクーデターが発生。事業の立ち上がりには大きな支障になったものの、ミャンマーに骨を埋める覚悟で居た高田氏はしばらく現地で様子を伺っていたが、身の安全を心配する投資家らの進言もあり、彼は志半ばに一度、日本へと引き上げることになった。サウナテントの中で汗を流しながら、「いずれ状況が落ち着いたら、再びミャンマーで事業を立ち上げたい」と高田氏が言っていたのを筆者はよく覚えている。

高田氏はその後、日本でフードデリバリ menu の社長室長、500 Global(Accelerate Aichi by 500 Global)のメンター、STATION Ai の統括マネージャーをしていたが、昨年から日本とミャンマーの間を往来しつつ、事業の再起を模索していた。シンガポール法人の Hi-So は PLUS IMPACT と名前を変え、事業もフードデリバリから EOR(Employer of Record)サービスへとピボットした。ミャンマーでの体制も整い、ついに正式ローンチを迎えた。

高田氏は2012年、初めてミャンマーを訪問した。
Image credit: Kenta Takada

EOR とは日本語では雇用代行と訳され、世界的には創業から3年でユニコーンとなったアメリカの Deel が有名。日本発では、デロイトトーマツベンチャーサポートでアジア地域統括を担っていた西山直隆氏が立ち上げた、日本企業向けにインド人エンジニアを繋ぎこむ Tech Japan が知られている。

EOR は企業の海外雇用を代理するサービスで、海外での従業員雇用において、現地法人の設立を必要とせずに、サービスプロバイダが代わりに雇用環境を整え、現地人材の業務就労を可能にする(サービスプロバイダの従業員という扱い)。企業は、サービスプロバイダとのコンサルティング契約を締結し、労務や税制などの面はサービスプロバイダが担当、業務指示や人事評価などは企業自体が行う。就労する本人が希望すればサービス発注元の日本企業の社員となり(転職)、日本で勤務することも可能だ。

「PLUS TALENT」の web サイト
Image credit: Plus Impact

高田氏らが立ち上げた「PLUS TALENT」は、高い技術力を持つミャンマー人エンジニアと企業とのマッチングを行うサービスだ。ミャンマーの人口は約6,000万人で、20〜49歳の割合を見ると男女あわせて45.5%、ざっくり2,700万人前後が若手の労働者だ(日本の同世代は約4,400万人)。経済的安定を求めて大学進学を希望する人は増えているが、社会情勢の影響で大学を卒業できず、活躍の機会を逸している優秀な IT 人材がミャンマーには多い。そんな人材を獲得したい日本企業にとっては格好の市場というわけだ。

私たちはそうした機会格差を是正し、Web3 の技術を活用して途上国支援を実現したいと考えています。日本企業にとっては、ミャンマー人エンジニアの給与水準は月額12万円程度。それでも彼らは非常に優秀です。企業側からすればコストパフォーマンスに優れ、エンジニア側からすれば十分に魅力的な待遇になります。

PLUS TALENT で大切なのは、国内の優秀な人材に活躍の場を与えること。そのために、IT エンジニアのみならず、デザイナーやオフィス職種など、あらゆる人材のマッチングを視野に入れています。ミャンマーでは日本語を勉強する人が増えていて、言語の壁は下がってきている。むしろ勤勉で温厚な国民性が日本の企業と相性が良いのではないでしょうか。(高田氏)

PLUS IMPACT の日本チームメンバー。前列中央が創業者兼 CEO の高田氏。
Image credit: Plus Impact

PLUS IMPACT のビジネスは、エシカルで、ソーシャルで、サステナブルなものだ。新興国発の人材ビジネスなので伸びしろは大きいが、決して J カーブを描く成長の道を歩むつもりはない。同社は Hi-So の頃に、Milken Institute のアジアフェローで元参議院議員の田村耕太郎氏を含む7人の投資家から投資を受けており、「ウミガメ起業家(日本からアジアへ渡航してスタートアップする起業家の愛称)」という言葉を生んだ加藤順彦氏からは2回目となる投資を受けた。

当面は、企業側から人材ニーズがあれば、「こういう人材がいますよ」とマッチング候補を提案する形を取ります。大々的な宣伝や営業活動は行わず、オーガニックな伸びを見込んでいます。それ以上の派手な展開は想定していません。

我々にはノーベル平和賞を受賞したいという野心があります。ネタとして面白いかもしれませんが、決して冗談を言っているわけではありません。ノーベル平和賞は毎年300社以上の個人や組織がノミネートされているので、そこに載れば注目は集められるはずです。

まずは数年かけて活動への理解者を増やし、ノーベル平和賞受賞者やスウェーデン在住の大学教授などに推薦していただく。そうすれば、いずれはノミネートされるはずです。一見すると偽善に映るかもしれません。しかし、どんな小さなことでも機会格差の是正につながるのであれば、それ自体が価値があると私は考えています。(高田氏)

ヤンゴン市内に開設されたコワーキングスペース
Image credit: Plus Impact

いわゆる「アラブの春」が、中東地域にスタートアップブームを引き起こすきっかけになったのは有名な話だ。人間は生きていかなければならないので、政情や経済が不安定な地域で、人々の日常のニーズを捉えるサービスはスタートアップという形で姿を現すことはよくある。労働人口が不足する日本は海外人材に頼らざるを得ないわけで、その中でミャンマーという新たな人材市場のフロンティアを見出した PLUS IMPACT の今後に注目していきたい。

Members

BRIDGEの会員制度「Members」に登録いただくと無料で会員限定の記事が毎月10本までお読みいただけます。また、有料の「Members Plus」の方は記事が全て読めるほか、BRIDGE HOT 100などのコンテンツや会員限定のオンラインイベントにご参加いただけます。
無料で登録する