過去記事で振り返る「スイングバイIPO」の意外な事実

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

ここ数年、スタートアップの成長モデルにもさまざまな変化が生まれるようになりました。中でも先日、KDDIグループのソラコムが果たした「スイングバイIPO」というモデルには、その変化を示すさまざまな要素が含まれているように思います。そこで本稿では、過去にMUGENLABO Magazineでしかできなかったインタビューを振り返りつつ、気が付いたある一つの側面を解説してみたいと思います。

本記事は、MUGENLABO Magazineの共同運営先、THE BRIDGE社の平野氏に執筆いただきました!(めぇ〜ちゃん)

私は普段、スタートアップの成長をつづるニュースサイト「BRIDGE」というメディアを運営しています。その関係でソラコムの創業者、玉川憲氏にも事業開始のタイミングから何度かお話を伺う機会をいただきました。もちろんスイングバイIPOを宣言した際も、記事として書かせてもらっています。

ところでこの手法、いわゆる「親子上場」のようなスキームであり、米国で一時期話題となったSPAC(特別買収目的会社)にあった意外性はありません。それだけに世の中には「何が注目されているのだろう」と思う方もいらっしゃるようです。私も先日、このテーマで勉強会を開催したのですが、参加されている方からもそのようなご質問をいただきました。

しかし、スタートアップのメディア的な視点で言うとやはり、従来のM&Aや親子上場とは異なる視点があるのです。それはこれまでに、MUGENLABO Magazineに掲載されたいくつかのインタビューを読み解くことで見えてくるようになります。

ソラコムが果たした「スイングバイIPO」

2024年3月26日、ソラコムはスイングバイIPOを果たす(写真提供:ソラコム)

意外な視点をお話する前に、ソラコムが果たしたスイングバイIPOについて少しおさらいしておきます。彼らの創業は2014年です。IoT(Internet of Things・モノのインターネット)向けの通信SIMおよびそのコントロールをクラウドで完結させる意欲的なサービス「SORACOM Air」のデビューは華々しいものでした。日本におけるAWSを手がけたチームがスタートアップするということもあり、私を含め、多くのメディアや企業が注目します。

さらなる驚きはそれからわずか2年後にやってきます。ソラコムは2017年8月、KDDIへの株式譲渡により連結子会社化を発表するのです。創業からわずか3年「三桁億円」規模の買収劇には多くの投資家、起業家、スタートアップエコシステムに大きな衝撃を与えることになります。

驚きはそこで終わりませんでした。グループ入りしてから約3年の時を経た2020年、新たな成長ステージとしてソラコムは再び株式公開のロードマップを公開します。グループインした際、わずか8万回線だった契約数はその当時、200万回線契約まで拡大しました。

さらなる高みを目指すために経営陣がとった手法は「スイングバイIPO」として発表されたのです。翌年の2021年6月には早速、独自の経営方針を示すべく、プラットフォームの国内外利用拡大を目指してセコム、ソースネクスト、ソニーグループ、日本瓦斯、日立製作所、World Innovation Lab(WiL)の6社との資本業務提携も発表しています。

そこからさらに3年後の2024年3月。同社は上場を果たします。

承認時に予想されていた時価総額は365億円規模(承認時の仮価格にて算出した2月20日時点の推定評価)でしたが現在、同社の価値は800億円(記事執筆の5月9日時点)を超える評価となっています。

創業から3年で大手企業に入り、そこから3年間の成長期間を経てスイングバイIPOを宣言。それから3年で上場を果たす。それが駆け足で振り返るソラコムのスイングバイIPOまでの道のりです。

「スイングバイIPO」誕生の時

ソラコム 玉川氏

では話を戻します。スイングバイIPOは何が新しいのか。それを知る上でひとつ、玉川氏のインタビューを引用しつつ解説してみたいと思います。まず、玉川氏はグループ入りした後の「成長期の3年」でソラコムの成長に一定の手応えを感じるようになりました。この一節です。

買収後にある程度の成長が見えた、このタイミングでの「スイングバイ・IPO」宣言はなぜ必要でしたか?

まず「スイングバイ・IPO」宣言の背景をお話しますね。ソラコムとしてKDDIに買収された時に5年分ぐらいの成長ラインを描いていたんですが、それが見えてきた結果、その後どうなるかっていうとやっぱり利益に走るんですね。しっかり投資してきた結果の成長ですから、それが見えたのであればそこそこ投資は絞って、つまり人もそこまで無理やり突っ込まないで利益を上げていこうってなります。そこで髙橋さんやみなさんに相談したのです。これはもっと突っ込んだらもっといけるんじゃないですかや、ソラコムが本当に世界でも使われたらもう一桁違うレンジまでいけるじゃないですか、ソレをやってみませんかっていう話をしたんですね。(玉川氏)

こうしてKDDI・ソラコムの経営陣は「IPO」という選択肢を視野にいれることになります。

しかしここで難しいのが「それをどうやって内外に伝えるか」です。というのも、メディア視点で言えば、買収された後のスタートアップがその親会社を離れる、もしくはストラクチャを変える場合、どうしてもその理由を知りたくなるからです。

そこでこのスキーム変更には相応の理由があることを伝えるため、「スイングバイIPO」というタグラインが誕生することになります。

わざわざストラクチャを変えることの意味がしっかり理解されないと誤解を生むケースもありますよね?

髙橋さんやKDDIのチームのみなさんに仰っていただいたのが、ポジティブにマーケットに捉えて欲しいねということでした。実際、KDDIに入ったことでソラコムは8万回線から200万回線まで伸びて「じゃあIPOを検討します」だと、あれ?何か悪くなったのかな、と詮索を生む可能性もありますからね。だから、さらに成長していくために、スイングバイ・IPOというメッセージを考えて、積極的に出そうとなったんです。(玉川氏)

そして意外な事実です。それはこの「スイングバイIPO」という言葉がこのタイミングよりもずっと前に生み出されていた、という点にあります。

M&Aで失われるスタートアップの「モメンタム」リスク

玉川氏の言葉を続けます。

実はこの「スイングバイ(注: 宇宙用語で、惑星探査機が遠くまで行く時に惑星の重力を使って加速する方法)」という言葉、元々は年にKDDIに買収された時にチームの中で決めた標語なんです。KDDIに入るけど、KDDIの力をお借りして、もっと飛んで行こうよと。

今回、何か良い考えある?って髙橋さんに言われて。2017年の標語にIPOをつけると良いんじゃないかと思いました。ただ、スイングした後、これ戻ってくるんだよねと釘を刺されましたけどね(笑)(玉川氏)

そうなんです。このスイングバイIPOという言葉、元となったメッセージは「成長の3年」に入るその入り口、グループインする際にできた言葉だったのです。これには理由があります。ここも玉川氏の言葉を引用します。

2017年の買収時、評価額は大型ながら過半数の取得に留めることで「余白」を残しました。成長期待の手法としてはアーンアウトなど他の手法もありますが、この余白の設計が後々の成長に寄与した部分は大きかったのではないでしょうか?

アーリーステージのテックスタートアップにおいては、買収されたチームがモチベーションを失うことなくビジョンに邁進することをどう担保できるかっていうのがやはり重要だと思うのです。結果論ですが、この余白の設計がやはり上手でした。

あと信頼関係も大きいですね。髙橋(誠氏・KDDI代表取締役社長)さんはもちろんですが、前田(大輔氏・KDDI技術企画本部副本部長)さんや新居(眞吾氏・ロイヤリティマーケティング代表取締役副社長)さん、松野(茂樹氏・KDDI経営戦略本部副本部長)さんなどの担当いただいたみなさんとの信頼関係があって、チームとしてはやっぱりこう責任を果たしたい、成功させたいっていう思いが凄く、そういったものが集結した感じですかね。(玉川氏)

私も過去、スタートアップで大手企業に買収されたケースを取材させてもらったことが何度もあります。その際、創業者の方々が特に気にするのが「モメンタム」です。

スタートアップというのはある意味「期待値」の塊です。株式公開市場で言えば、PER(株価収益率)の倍率などで可視化されるもので、その時点のあらゆる評価は未来の成長期待の「先食い」になります。

買収というのはこのモメンタムを一度、断ち切る危険性があるのです。

例えば創業者が全ての株式を手放してしまったらどうでしょうか?株主や一緒に働くメンバー、外部の企業や私たちのようなメディアも含め、第三者視点として「ひと仕事終わった」という気持ちが働く可能性があることは否めません。

しかしそれではスタートアップの魂とも言うべき「成長期待値」というモメンタムが失われる可能性があります。創業者や経営者が事業から離れるかもしれないという「雰囲気」はスタートアップにとって大きなマイナスなのです。

これが怖い。

実はソラコムの上場と時を同じくして「スイングバイIPO」を目指し、グループ入りした生成AI開発のELYZAも同様の危機感を持っていました。代表の曽根岡侑也氏がMUGENLABO Magazineのインタビューに次のように答えてくれています。

ELYZAとKDDIグループ、生成AIの社会実装に向け資本業務提携を締結

今回の資本業務提携が本当に成功するかどうかは、この後の我々の数年間の努力次第だとは思います。やはりご一緒する背景にあった『スイングバイIPO』というコンセプトの通り、ご一緒するのがゴールでは全くありません。グループ入りしてからの成長を重点的に話しましたし、対話の内容が未来に向いていたというのが、非常に良かったと思っています。

(中略)

我々自身、強く意識してることは二つあります。一つ目が国内トップクラスのKDDIのみなさんのお力をお借りできるという状況になったので、国内No.1の大規模言語モデル、LLM生成AIの開発者、そして社会実装の担い手に確実に近づけていくことです。二つ目は今回の取り組みの中で、グループ入りをさせていただいた形になりますが、ELYZAらしい文化を捨てることなくコラボレーションを進めていきたいです。世の中にしっかりと貢献する、本当にAIの社会実装において継続的かつ、長期的に使われるためにやるべきことは全部やる。このスタイルは変えることなく進んでいきたいと思っています。(「スイングバイIPO」がもたらした共創ーKDDI 担当者とELYZA代表に聞く子会社化とそのウラ側)(曽根岡氏)

ポイントは受け入れ側企業とグループインした企業、双方がこのメッセージを伝えていることにあります。買収された後に更なる成長を目指す、というのは言葉としては簡単です。しかし、創業者・経営陣もステークホルダーとして残り、また、受け入れ側もその後の成長を一緒にイメージしながらこうして積極的にメッセージしていきます。

そうすることで、スタートアップ特有の「成長期待」というモメンタムを失うどころか、さらに加速させることができる。

MUGENLABO Magazineに掲載した当事者でもある玉川氏、曽根岡氏のインタビューを振り返りつつ、そこから見えてくる、スイングバイIPOの一つの側面に迫ってみました。何かの参考になれば幸いです。

※スイングバイ IPO:ソラコムが提唱した新たなIPOの枠組み。スタートアップが大手傘下となったのちに事業成長させた上で再度上場を目指すことを指す。

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