ソーシャルメディアは本当にメディアなのか? 中国Weibo(微博)についての議論から考える

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【翻訳 by Conyac】【原文】

Image via Jason Lee/Reuters

中国におけるソーシャルメディア、特にweibo(微博)は巨大で、既存のメディアに取って代わる、または少なくとも補足する存在になりつつあると言われてきた。昨日の中国青年報で曹林(カオ・リン)記者がソーシャルメディアについての記事を書いていたが、私は個人的には賛成できないものの、さらに深く検証する価値があると思う。

曹記者はweiboがどれだけ影響力を持った「メディアアウトレット」であるか、フォロワーの数によっての影響力を表す例えを引用してこう始めている。

「フォロワーが100人以上いると、それは社内報です。1000人以上だと掲示板。1万人以上だと雑誌。10万人以上は地方新聞。100万人以上ではTV局。1000万人以上は地方のサテライト局。1億人以上だと、CCTV(訳注:中国中央電視台、日本のNHK東京に相当)のようなものです」。

なかなか良い例えではないだろうか?しかし、曹記者はこう続けて書いている。

「水を差すようだが、『セルフメディア』という概念は誇張されすぎています。いくらweiboが絶大な支持があろうと、インターネットがどれだけ影響力が大きくソーシャルネットワークがいかに活用されているかとはいっても、個人のアカウントは個人交流の空間に過ぎません。そしてこれらはメディアのような役割は果たすことはできないのです」。

曹記者はweiboの情報配信の利便性とその反面の情報の信憑性は、最終的には既存の紙媒体やテレビメディアといった経路にて判断されるものであり、weiboユーザによってではないと論じている。ここは私も曹記者に同調するが、weiboから発信される情報でweiboユーザを満足させるに十分な証拠(通常は写真によって)を持つ例も多い。さらに、中国のメディア規制の風潮の中で、一般のweiboユーザが既存のメディア経路よりもweiboの「リポーター」を信用する時もある。これはweiboの集合的な影響力が大きくなりすぎたため、公式なメディアのようにコントロールしづらいからだ。

しかし曹記者は、ソーシャルメディアは本当のメディアにはなれない、なぜなら女優の姚晨(ヤオ・チェン)のweiboアカウントは人気があるが「莫言氏はノーベル賞を受賞したか?」という質問の答えを知るために彼女のweiboを見る人はいないからだと言う。これはあまり関係ない話で、もちろん姚晨(ヤオ・チェン)がそういった情報を発信すると期待する人はいない。だが、曹記者が何千人ものweiboユーザが毎日アクセスしてそういう質問の答えを探していないと思うのであれば、大きな間違いである。

「情報発信は誰にでもできるのです」と曹記者は続ける。「しかし『メディア』は情報を収集、確認、そして発信して始めて人々の信頼を得るのです」。それは確かにそうだが、weiboユーザも同じことができるのではないか?もちろん一般的にweibo上での噂は正しく伝達されてこなかったこともある。しかしweiboやその他中国のソーシャルメディアユーザにも情報収集、取材、内容を確認したうえで記事を掲載している人は多い。(例として、Youkuのpaike(優酷拍客)コミュニティがいい例である。)

信頼性という面では、ソーシャルメディアに発する言葉が非常に信頼されている強力なユーザが存在する。同時に、既存のメディアにも全く信頼されていないものもある(こちらのようなサイトのことだが)。

曹記者の議論は究極のエリート意識の類である。私は「書く」というキャリアを積んでいるし新聞という媒体があるから報道できるが、君たちにはインターネットしかないじゃないかというようなものだ。「weiboのようなソーシャルメディアはエンターテイメント、インタラクション、散在した「情報」のためのプラットフォームで、ニュースを生み出す力はないのです」と彼は書いている。ジャーナリストになるための訓練は確かにプロとしての報道に繋がることは否めないが、発見、確認、記事の共有はやる気があれば誰にでも可能である。

とは言っても、ソーシャルメディアが従来のメディアを置き換えるというわけではない。もちろんそんなことはないし、新聞に取って代わると期待しているweiboユーザを曹記者は批判しているが、これはもっともである。それにweiboでの情報は Southern Weekendの記事と同様に信憑性があるということはない。だがweiboや他のソーシャルメディアは単に出版プラットフォームである。他のプラットフォームと同じで、真実の報道ができるというだけだ。同様に、テレビや印刷メディアも単なるプラットフォームである。つまり、weiboや他のインターネットテクノロジーと同じく、くだらない情報をも伝達できるのだ。

多くのweiboユーザは決してメディアとは呼べないし、彼らもメディアになろうというつもりは毛頭ない。しかし、weiboの全ての人が(weiboには他では入手できない内容を発表するプロフェッショナルのリポーターもいるのだが)本当の報道をやっていないと言い切れないし、姚晨(ヤオ・チェン)は政治ニュースの確かな情報源ではないということだけであり、それらを言及するのは馬鹿げている。さらにこのプラットフォームが本当のメディアに適していないと言うのは筋が通らない。言葉が書けてそれを他の人と共用できるプラットフォームは、正しい人が情報を発信していれば「メディアアウトレット」になる可能性がある。

weiboの平均的なユーザはジャーナリストではないが、weiboのユーザにはジャーナリストもいる。さらに、weiboの驚異的なスピードは既存のメディアプラットフォームと対照的で、主な新聞雑誌の一面よりも記事を「繊細に」伝播する。もちろん噂や根も葉もない嘘と真実を見分けるのは難しい。しかし、信頼性のある人々をフォローすればweiboは優れた情報源であり、他ならぬメディアプラットフォームである。

以上が私の見解である。曹記者が同意していないのは明白だが、おそらくあなたもそれは同じだろう。ソーシャルメディアはジャーナリズムにおいてプラットフォームとなり得るのか、はたまた新聞やテレビ局だけが本当の「メディア」なのか?

【viaTech in Asia】 @TechinAsia

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