Wearable Tech Expo in Tokyo〈Day2〉〜2020年東京五輪は、ウエアラブルでどう変わるか? #WearableTechJP

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左から:上路健介氏(博報堂DY)、夏野剛氏(慶応大学大学院)、為末大氏(アスリートソサエティ)、井幡晃三氏(総務省)、佐々木俊尚氏(ジャーナリスト)

今週開催された、Wearable Tech Expo 2014 in Tokyo の2日目午後のセッションでは、2020年に開催される東京オリンピックが、ウエアラブル・デバイスでどのように変わるかをテーマに議論が交わされた。

このセッションに参加したのは、夏野剛氏(慶応大学大学院)、為末大氏(アスリートソサエティ)、井幡晃三氏(総務省)、佐々木俊尚氏(ジャーナリスト)、猪子寿之氏(チームラボ)の5名の有識者達だ。モデレータは、博報堂DYの上路健介氏が務めた。

ウエアラブル・デバイスを使った、オリンピック・コンテンツ消費の行方

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夏野剛氏と為末大氏

議論の口火を切ったのは夏野氏だ。ウエアラブルが普及するには、ソフトウェアとハードウェアの両方の成熟が必要だ。彼の主張によれば、日本のSFとは対照的に、アメリカのSFにはそのような側面が感じられない。2020年の東京がウエアラブル・オリンピックになるのは、時間と場所の両方の側面から理に適っている、という。

一方、アスリートの為末大は、インターネットがオリンピックに関わるに際しての課題点を、自身の経験を通じて次のように述べた。

以前は、オリンピック期間中、オリンピック参加選手はネット上に(写真やテキストを)アップしないことをIOC(国際オリンピック委員会)に求められるということはあった。その後、ブログがOKになり、現在ではソーシャルメディアがOKになった。それが2020年の段階ではどうなるか。

ジャーナリストの佐々木氏の説明では、現在はウエアラブル・デバイスという各論の部分に人々の意識が集中してしまっているが、本来は、

センサー/ウエアラブル → クラウド → ビッグデータ解析 → ネットサービスでどう稼ぐか

…という大きなサイクルの中の一部でしかない。オリンピックで言えば、このビッグデータ解析の後のデータ・ジャーナリズムで、視聴者にどのようにみせるかというところに焦点が行くべきだと、と主張する。

つまり、2020年にウエアラブル・オリンピックを実現するには、テクノロジーではなく、むしろ、ビジネススキームやスポンサーシップが課題になってくる。現在のオリンピックは、IOC が全世界のテレビ局から莫大な放映権料と、その放映に付随してくるスポンサーフィーによって成立している。先のソチ五輪の開会式でも見られたように、選手が自分のスマートフォンで撮影した写真を、ソーシャルメディアで〝生中継〟するのが当たり前のようになる中、オリンピックのビジネスモデルを進化させないと、ウエアラブル・オリンピックは実現できないだろう、というのがパネリスト達に共通する意見だ。

オリンピックより、パラリンピックの方が進化する?

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ウエアラブル・デバイスの中には、生体情報を取得したり、運動を補助したりできるものも多い。これらの機器を活用できれば、オリンピック出場選手は、平常時より有利な状態で記録を残すことができるかもしれない。

為末氏によれば、現在のオリンピックでは、基本的に助力性のある道具(例えば、ジャンプを要する競技で、靴にバネがついているなど)を選手が使うことは認められていない。しかし、夏期オリンピックに比べ冬季オリンピックは道具を使う競技が多く、パラリンピックではさらに多い。IOC も基本的には多くの視聴者にオリンピックを楽しんでほしいと考えているはずなので、対応は変化していくかもしれないと述べた。

何らかのルール作りは必要になるだろう。出場選手へのウエアラブル・デバイスの着用が認められれば、デバイスが普及していない発展途上国よりは、先進国の選手にとって有利かもしれない。結果として、オリンピックの成績上位を先進国の選手が独占してしまうようなことになれば、発展途上国からは不満の声が上がるかもしれない。

アスリートの生体データは誰のもの? 肖像権は誰のもの?

オリンピック出場選手がウエアラブル・デバイスを着用するようになれば、選手のバイタル・データを取得できるようになる。典型的な観客や視聴者にとっては、それを映像や姿とあわせてライブで見たいと思うのが自然な心理だろう。データ・ジャーナリズムだ。しかし、データは誰のものだろう。選手のものか、スポンサーのものか、ひいては、テレビ画面の前で記録に挑戦する選手の像は誰のものなのか、という話に帰結する。

佐々木氏は、そのような公の場において規制をするのは難しい。オープンデータのようにデータを公開し、それをメディアや他の組織が自由に加工してよい、という形になるのではないかと予測する。総務省の井幡氏は、データの帰属について個人情報としてどうかという議論はあるが、数値の羅列でしかないデータについて、財産権に関する言及は今のところない。総務省としては、なるべくならオープンにした方がいい。データは自由に活用できるのが望ましい、との立場を明らかにした。

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佐々木俊尚氏

2020年の東京オリンピックでさえ、競技中にウエアラブル・デバイスを選手が着用するのは、まだ難しいだろう、というのが為末氏の予測だ。しかし一方で、多くの選手がいるオリンピックの会場では、着用を完全に規制で縛るのは現実的ではない。おそらくは規制の範囲内で着用が限定的に許され、オリンピックはメディアの空間として、そこで起きたあらゆる形の情報はインターネットを通じて共有される、むしろ、それを制御することはできないだろう、というのが佐々木氏の見方だ。

ウエアラブル・デバイスとインターネットで、観衆・視聴者参加型オリンピックを実現する

チームラボの猪子氏は、オリンピックに対するユニークな見解を披露してくれた。彼によれば、2008年の北京オリンピックまでは、世界中の視聴者に対して、劇場で芝居を鑑賞しているような、〝劇場型オリンピック〟という見せ方がとられた。2012年のロンドン・オリンピックは、必ずしも現場のライブの映像や音声が伝えられるとは限らず、加工された映像が挿入されるなどの演出が加えられた〝映画型オリンピック〟だったと言う。

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猪子寿之氏

2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでは、デジタルメディアとの融合がなお一層進むだろう。では、2020年の東京は、どのようなオリンピックを目指すべきだろう。

猪子氏のアイデアは、ウエアラブル・デバイスとインターネットを活用した、観衆・視聴者参加型のオリンピックだ。オリンピック期間中に東京に来れば、選手のみならず、市民の誰もが擬似的にオリンピック出場選手と同じ体験ができるというもの。疑似体験の様子を映像などの形で記録・共有すれば、東京にやってきた市民は「オリンピックに参加した」記念を土産に持ち帰れるわけだ。

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出場選手の競技を、渋谷駅前で仮想的に体験するイメージ(チームラボ提供)
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立体フォログラムの事例(チームラボ提供)
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聖火ランナーの進行にあわせて、観衆の持つデバイスに光が灯る例(チームラボ提供)

夏野氏は F1レースを例に出し、モナコやシンガポールのグランプリでは、街を会場にして車が走ることで面白さが倍増するように、オリンピックも競技場のみならず、街の中でも市民が疑似体験できるようになれば、エキサイティングなものになるだろうと、猪子氏のアイデアに賛同した。

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ウエアラブル・デバイスの作り出す未来を垣間みられるようになった我々は、2020年の東京オリンピックをどのように作り上げるべきだろうか。その答えになるかどうかはわからないが、このセッションの中で、特に記憶に残ったのは為末氏の発言だった。

1960年に東京オリンピックが開催され、今日でも、そのとき作られた新幹線や国立競技場や高速道路などに頼って、我々は生活している。つまり、オリンピックのときに作られたものが、その先50年程度は生活に大きな影響を及ぼすと考えれば、2020年の東京オリンピックは、それから先の50年を予見させるようなものを世界に見せられる機会にできるとよいだろう。

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