
先週末、カイロ中心部のタハリール広場から歩いて数分の場所にある元カイロ・アメリカン大学のキャンパスは、数千名の人々が集まり大きな盛況を博していた。カイロ内外から、スタートアップイベント「RiseUp Summit」に、起業家、投資家、メディア関係者が集まったのだ。主催者によれば、4000名以上の登録があったという。地域最大規模のスタートアップイベントだ。
なぜ今、カイロのスタートアップシーンが勢いづきつつあるのか、今回のイベントから分かったこと、感じたことをレポートしたい。
インターネット・モバイル普及率の急速な成長
最初に断っておけば「スタートアップシーンが盛り上がっている」といっても、日常的に億単位の資金調達をするスタートアップが出ていたり、大手テック企業による買収などが盛んな欧米のスタートアップシーンの状況と比べれば、エジプトのそれは何年も遅れをとっており、そのエコシステムの規模もはるかに小さい。それはヨルダンやレバノン、UAEといったその他のMENA(中東・北アフリカ)諸国でも同様である。
それでも、カイロやその他MENA地域におけるテック系スタートアップシーンが徐々に熱くなり始めていることは確かだ。
MENA地域のスタートアップハブとして注目される都市は、ヨルダンのアンマン(A)、レバノンのベイルート(B)、エジプトのカイロ(C)、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ(D)の「ABCD」であることは、こちらの記事でも紹介した。
ABCDの都市の中でも、その勢いの大きさをもっとも感じさせられると言われるのがカイロだ。というのも、カイロの人口は郊外も含めれば約1900万人、エジプト全体の人口も約9000万人と、他のMENAの都市を規模において大きく引き離す。それだけ国内の市場、スタートアップの人材や消費者の規模が大きい。
そして、カイロでテックスタートアップが盛り上がりつつある背景には、急速なインターネット、スマートフォン普及率の成長が背景にある。現在のエジプトにおけるインターネットの普及率は4割程度と言われるが、2010年時にはその数は15パーセント程度であったことを考えると大きな伸びであり、今後も大きな成長が見込まれる。インターネットやモバイルがさらに普及すれば、eコマースやUberのようなモバイル上のオンデマンドサービスの成長も大きく伸びていくだろう。また、24歳以下の人口が全体の約半分と、若い「デジタルネイティブ」が多い点もまた、テック企業の今後の大きな成長を期待できる理由である。
たとえば、昨年11月にカイロでの事業を開始したUberは、最初の1年で100万件の乗車予約を達成したと発表している。同社はエジプト第2の都市であるアレクサンドリアにも拡大する予定だ。ちなみに、今回筆者がカイロを訪問した際も数回Uberを利用したが、毎回予約から数分以内に車をスムーズに呼ぶことができた。外国人にとっては、公共交通機関の情報を理解することが難しく、また地元のタクシーの料金についても不安が残るため、透明性と利便性を提供してくれるUberは非常に役立った。
カイロの「スタートアップの父」Ahmed Alfi氏の取り組み
話を戻すと、スタートアップのエコシステム全体が成長するには、当然ながら大きな市場やインフラの普及だけでなく、多くの起業家の輩出、そして起業家を育成、支援するためのシステムが必要になる。その点、これまでベンチャー企業文化の素地がほとんどなかったカイロでは大きなチャレンジに直面していた。
そんな中、カイロのスタートアップコミュニティの支援に大きな貢献をしている人物がいる。「カイロのスタートアップシーンにおけるキーパーソンは誰か?」と尋ねると、ほぼ全員がまず最初にその名を上げる Ahmed Alfi氏だ。
Alfi氏は、エジプトで生まれ、その後の人生のほとんどをアメリカで過ごした。90年以降、ベンチャーキャピタリストとして長年のキャリアを持ち、テック企業への投資を行ってきた。
そんな彼が2012年、母国エジプトの首都カイロの中心地にあるGreekキャンパスと呼ばれるアメリカン大学の元キャンパスが空っぽの廃墟になっている状態を目にしたとき、その広大なスペースをスタートアップのハブにするアイデアを思いつく。歴史的な建物、広大なキャンパスをテック企業、スタートアップのスペースにするのだ。1週間後には大学との交渉がスタートし、ほどなくして10年間のリース契約が結ばれた。

2012年。約30年の独裁政権を維持したムバーラク大統領が辞任にいたったエジプト革命の翌年のことだ。ムバーラク政権崩壊後も、政治情勢は安定せず抗議運動や流血の事件も起きていた。そんな先が見えない状況においても「もう少し状況を見てみよう」という姿勢にはならなかった。
Greekキャンパスは、デモの中心地であったタハリール広場から歩いて数分の場所である。それでも、Alfi氏は「場所については心配していない。治安も徐々に回復するだろう。これは長期的なプロジェクトなんだ。私たちはこれを成し遂げるための方法を見つける。」とメディアに語っている。
それから3年が経ち、現在では100を超えるテックスタートアップ、企業のオフィスがGrEEKキャンパス(リース契約以降、キャンパスの表記の方法が変わった)を拠点としている。「起業家は合法、違法に関わらず、何事によっても行動が妨げられてはならない」とAlfi氏は以前のRiseUpで語ったが、このGreekキャンパスにおけるテックハブこそ、氏の起業家精神によって実現したものだ。
今回開催されたイベントRiseUpもまた、このGrEEKキャンパスで開催され、カイロを超えてMENA地域全体の起業家や投資家が集まり交流する「ハブ」となっていた。
Alfi氏はまた、ベンチャーキャピタルSawari Venturesを設立し、Flat6Labsというアクセラレータプログラムも2011年からカイロやベイルートなど4都市で展開している。

起業にかける希望
今回私がRiseUpで出会った地元の起業家に「カイロのスタートアップコミュニティはどうか?」と尋ねると、多くの起業家がその横のつながりの強さを強調した。マーケティングや開発、PR…問題に直面すると、他のスタートアップやテック企業を訪ね、力を借りる。こうしたスタートアップ同士の知識やノウハウの交換は、GrEEKキャンパスで日常的に行われている。
一般的にスタートアップのエコシステムを成長させていくためには、行政や大手企業の支援、そして大学などの研究機関、投資家、起業家のつながりが望まれる。その点、カイロでは政治情勢が安定しないため、行政による起業家支援はまだあまり望めない状況にある。だからこそ、Alfi氏による取り組みは一層大きな意義をもつ。
そして、今カイロをはじめMENA地域の成長に大きな期待をしているのはAlfi氏だけではない。今回3度目を迎えるRiseUPは、これまでカイロにフォーカスしていた段階を超えて、MENA地域全体のつながりを築くことに注力した。そして、MENA地域外からの投資家や企業、ジャーナリストも会場では目立っていた。今月はじめにMENA地域のシードステージスタートアップを対象に3000万ドル規模のマイクロファンドの設立を発表した500 Startupsもイベントに参加。ファウンダーのDave McClure氏も訪れた。

Facebook、Google、Uberといった企業もまた地域に秘められた機会に注目している。起業家やスモールビジネスの支援、教育を通じて、現地での存在感を高めることを目指している。
現地の起業家たちは、こうした経験やノウハウの厚い投資家や企業から学ぶことに熱心で、ワークショップや対談セッションの後も積極的に質問やピッチをしていた。
500 StartupsとともにGeeks on a Planeという、MENA地域のスタートアップハブ都市を訪問してシリコンバレーの投資家と現地の投資家、起業家とのつながりを深めるツアーに参加していたシリコンバレーの Quest Venture Partnersのマネージングパートナー、マーカス・オガワ氏は、MENA地域のスタートアップの状況について「エグジットの選択肢が少ないなど、まだまだ現地の起業家にとってはチャレンジは大きい」と言う。同時に、「今の時期に中東に行くことについては不安があったけれども、実際に現地に来たらそんな不安感は一気に消えた。テレビで報道されることと現地とのギャップは大きい。アラブの人々のホスピタリティに感動した」と語る。
私自身も今回のカイロ訪問に関しては、心配してくれた友人も多かった。実際、今月はじめにカイロ中心部のナイトクラブで爆発事件があり、16名の人々が死亡した。それでも、短い期間ながらも実際にカイロを訪れてみて、起業家の意欲やまた海外から来たゲストをもてなす現地の人々のホスピタリティに感動せずにはいられなかった。政情や社会の不安を抱えながらも、彼らは前を向いていて、そして外国人にとても優しかった。
「起業家は、何事によっても行動を妨げられてはならない」とAlfi氏が言ったように、社会が安定するのを待つのではなく、目の前の機会をつかんで変革を起こしていこうとする起業家の力がイベント全体で感じられた。
後編では現地で注目されるスタートアップをいくつか紹介したい。




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