Spotifyが築く“音の帝国”ーー知っておくべき音声市場45社スタートアップまとめ(後編)

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Image Credit: Spotify

前編ではGAFAMらが一挙にリリースさせたスマートイヤフォンを皮切りに、音声市場の成長性と音声SNSカテゴリーについて語りました。後編では他3つのカテゴリーについて触れていきたいと思います。後編の主役となるのがSpotifyです。同社が描くのは2つの戦略。「音声SNS」と「Podcastストリーミング」です。

2019年5月、Spotifyが「ソーシャルリスニング機能」をテストしていると報じられました。実際にはユーザーアカウントに紐づいたQRコードを読み込むと、友人のプレイリストを登録できるサービスであった模様です。前編で紹介したリアルタイムで音声対話をするような機能ではなかったようです。

しかしこれでSpotifyがP2Pネットワーク構築に興味を持っていることが推測できました。単にQRコードを通じたネットワークはあまり強固なものになるとは思いません。SNSとして機能させることでユーザーをフックさせることができます。Spotifyがここに賭ける可能性は高いと考えます。将来的に考えられるSNSの形は前編を参考にしていただければと思います。

タイトルにもある、Spotifyが目指す“音の帝国”が指すものは「音楽ストリーミング事業」「音声SNS」「Podcastストリーミング」の3つに集約されます。音楽ストリーミング事業で盤石なビジネスを確立し、次に目指したのはソーシャル要素。そして同時にPodcastストリーミング事業を急拡大させています。ここで話を戻し、3つのカテゴリーを紹介しようと思います。

2. Podcast制作/編集ツール

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Image Credit: Gimlet Media

2019年2月、SpotifyがPodcast市場への攻勢をスタートアップ買収を通じて急速に強めました。その1社が『Gimlet Media』です。2014年にニューヨークで創業し、2,850万ドルの調達をしています。

同社はオリジナルPodcastシリーズを配信する制作スタジオ。火星移住の模擬実験プロジェクトの参加者に密着したドキュメンタリー『The Habitat』や、AIアシスタントが登場するSFフィクション番組『Sandra』などの人気作品を続々と配信。eBayがスポンサーを務めるPodcast番組を配信し、ネイティブ広告を成功させています。Spotifyが得意とする音声広告をPodcast市場で成功させている点が評価され、買収に至ったのがGimletといえます。

Gimletのように自社制作スタジオ事業に手を出すスタートアップは多くありません。多大なコストがかかることから長く市場にいる人で無ければスケールすることはないでしょう。そのため大型競合は少なく、『Western Sound』や『Wait,What?』『The Athletic』のような中小規模のスタジオしか目立ったプレイヤーはいない印象です。

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Image Credit: Anchor

SpotifyはPodcast制作プラットフォームも買収しています。それが「Anchor」。2015年にニューヨークで創業し、累計調達額は1,500万ドル。手軽にPodcastを制作でき、Spotifyなどの各種音声プラットフォームに配信まで行える一気通貫サービスを提供。音声広告を展開することもできるワンストップ・プラットフォームと呼べるでしょう。

さて、企業がPodcastを制作をする場合、機材とチームがが揃っているため高品質なコンテンツを収録することができます。しかし個人ではなかなか編集するのに時間がかかりますし、リテイクを何度もする課題が発生します。この市場課題に目を付けたのが「Descript」。2017年にサンフランシスコで創業し、累計2,000万ドルの調達をしています。著名VC「Andreessen Horowitz」も出資している有望スタートアップといえます。

Podcast音声を読み込ませると、AIがデータ分析をしてテキスト表示に変換。単語単位で編集が可能となります。たとえば感嘆表現など、必要のない声を手軽にカット編集できるツールとなっています。筆者も試しに利用しましたが、編集から商用利用可能な音声挿入まで1つのダッシュボードで出来ることから利便性の高い印象でした。同社はテキストをプロのナレータが吹き込んだPodcastに変換するサービス「Lyrebird」を買収。テキストとオーディオの両方を編集できるツールとして市場攻勢を強める戦略です。

少し話が逸れますが、音声アプリを構築するビルダーサービスも登場しています。Amazon AlexaスキルやGoogle Assistant機能を、様々なトリガーを設定してプロトタイプアプリを作成できる「Voiceflow」。2018年にカナダのトロントで創業し、350万ドルを調達しています。

3. Podcastコンテンツ・プラットフォーム

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Image Credit: Parcast

世の中には大量のPodcastコンテンツが散らばっています。こうしたコンテンツを集めてネットワークとして束ねるプラットフォーマーの市場ポジションを目指す企業が多数登場しています。Spotifyもこの分野に注目し、「Parcast」を買収しています。

Parcastは提携パートナーから提供されるコンテンツを流通するディストリビューターとしてサービスを展開。SpotifyからすればGimletとParcastの買収を通じてPodcast制作スタジオから流通ネットワークまで、Podcast市場の川上から川下までを抑える戦略に打って出たといえるでしょう。

Parcastの競合は数え切れません。2018年にニューヨークで創業し、すでに1億ドルを調達しているPodcastネットワーク『Luminary Media』は最大の競合と呼べるでしょう。50万以上のPodcastショーへアクセスできるプラットフォームとして展開しているコンテンツホルダー。アジア展開はしておらず、欧米市場のみでサービス提供をしています。同じく1億ドル調達をする、2015年サンフランシスコ創業の『Himalaya Media』は2,400万Podcastコンテンツ(コンテンツ単体ベース)を配信する大手です。

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Image Credit: Castbox

他にも2016年にサンフランシスコで創業し、累計2,970万ドルを調達している「Castbox」も有名です。9,500万に上るPodcastコンテンツを配信しており、その数ではLuminaryに引けを取りません。2013年に北欧で登場した「Acast」も累計9,700万ドルの大型調達をしているPodcast配信プラットフォーム。配信サーバーから分析ツール、広告ネットワークまでを持っており、配信インフラが整っている点が特徴。

2016年にロサンゼルスで創業し、1,500万ドルの調達をした「Wondery」も比較的大手の部類に入るPodcast配信ネットワークサービスです。「Misson.org」などのPodcastネットワーク企業も登場しています。中小規模のスタートアップでは200万ドル超の調達をしている『Entale Media』、UIが優れている印象の「Breaker」や「Brew」、「Overcast」など多数挙げられます。

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Image Credit: Blinkist

ビジネス記事や小説を聴く体験も普及しています。Podcastというよりはテキストコンテンツをそのまま読み上げるタイプのサービスです。2012年にドイツで誕生した「Blinkist」は3,480万ドルの調達に成功しています。様々な本の要約オーディオコンテンツを聴くことができます。この領域ではAmazonが展開するオーデイォブックプラットフォーム「Audible」が最大手といえるかもしれません。また、本の要約を一口サイズの音声コンテンツで配信する「Headway」も競合として挙げられます。

膨大なテキストコンテンツを効率的に理解する媒体として音声コンテンツは最適だと考えられます。「Curio」は『The Guardian』や『Financial Times』に代表される大手メディアの配信記事にナレーションをつけて音声配信するメディアプラットフォーム。忙しい若手ビジネスプロフェッショナル層をターゲットにキュレートコンテンツを提供します。テック/ビジネス系Podcast配信では「upside」というアプリも登場しています。

4. 特化型音声コンテンツ

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Image Credit: SimpleHabit

特定領域のコンテンツだけを配信する音声メディアがとても多く誕生している印象です。なかでも最近注目市場であるメディテーション(瞑想)市場から多数の音声アプリが登場しています。

2016年にサンフランシスコで創業し、累計1,260万ドルの調達を果たした「SimpleHabit」は好例でしょう。“瞑想版Netflix”をコンセプトに展開しており、全米の瞑想家のクラスを5-10分程度の短尺で聴ける手軽さが特徴です。電車の中やオフィスの仕事場などのシチュエーション別にクラスを選べる使い勝手の良さも評価できるでしょう。

競合には1億ドル以上の調達をしてユニコーン入りをした「Calm」が挙げられます。瞑想分野のコンテンツを幅広く揃えている点では肩を並べる競合はほとんどいないでしょう。2013年にボストンで創業した「10% Happier」も成長株として注目。累計510万ドルを調達しています。加えて2010年にロサンゼルスで創業し、累計7,500万ドル調達に成功している「Headspace」も大手スタートアップに数えられます。

日本でもメンタルヘルス市場に対して関心と需要が年々高まりつつあります。生産性改革に注目が集まる中、忙しい人に特化した短尺メディテーションコンテンツを配信するSimpleHabitを模倣した日本ベンチャーが急成長する可能性が大いにあると感じています。

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Image Credit: Aaptiv

コンテンツ領域特化で注目されるのは瞑想以外にスポーツも同様。激しい運動をする際、動画を観ながらレクチャーを受けるシチュエーションは考えにくいです。そこで登場するのがオーディオ。冒頭で説明したAppleやGoogleの完全無線イヤホンがあれば音声を聴きながら運動ができます。

こうしたユースケースに注目したのが「Aaptiv」。2015年にニューヨークで創業し、累計5,210万ドルも調達しているスポーツ特化の音声アプリ。トレーナー毎の運動コンテンツを聴きながら楽しく身体を動かせます。運動中に音楽が流れるため、どこにいてもジムにいるような感覚を得られる点も特徴です。同じようなコンセプトに300万ドルの調達をしている「MoveWith」もいます。

競合には2億ドル超の資金調達をした「ClassPass」が提供する「ClassPass Go」が挙げられます。ClassPassは月会費を払うことで様々なフィットネスクラスに通うことができるサブスクサービス。従来、1つのジムチェーンに会費を払う必要がありましたが、各ジムをネットワーク化して様々なクラスを楽しめる体験を提供しています。同社が最近注力しているのが音声フィットネス。全米のトレーナーが提供するクラスを手軽に楽しめます。ClassPassが音声市場へ参入するのは、ジムに通う人からジムに行かずとも屋外で自分で運動をする人に至るまで、フィットネス市場の全てをカバーする戦略に打って出ている証拠ともいえます。

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Image Credit: Tingles

ニッチなコンテンツを配信することで市場ポジション確立を目指す動きも目立ちます。Y Combinatorのプログラムを卒業したASMR配信プラットフォーム「Tingles」はまさにその事例に当たります。

ASMRは聴くだけで快感を持てる音声コンテンツを指します。耳を掃除する音や石鹸を削ると音などが代表的。YouTubeで流れる3-4時間以上の勉強向けBGMや、カフェの音、雨音なども広義にはASMRに入るでしょう。こうしたASMRコンテンツはこの2-3年で徐々に注目を集めており、Tinglesは世界中のASMRユーザーのプラットフォームになっています。

旅行ガイドアプリも登場しています。Skypeの創業者が作ったDetour」は音響機器メーカー「Bose」によって買収されています。旅行ガイド市場は非常に小さいですが、競合には「Audm」と呼ばれるスタートアップも現れています。

最後に、筆者が最も注目している音声スタートアップを紹介しています。それが音声学習コンテンツプラットフォーム「Knowable」です。“音声版Udemy”をコンセプトに、音の学校を作り上げています。各ユーザーが作った学習コンテンツを販売できるマーケットプレイスになっています。

現在は著名な起業家や投資家がコンテンツを吹き込んでいることから、ユーザーが自然とコンテンツをアップする流れにはなっていません。しかし、これから音声市場が成長し、コンテンツの制作のハードルが下がれば大きなビジネスチャンスを獲得できるでしょう。特化型学習コンテンツをたくさん集めることができ、流通総額が上がれば徐々にマーケットプレイスの成長速度も上がると感じます。事実、著名VC「Andreessen Horowitz」のパートナーも出資しており、これからの事業拡大は確実といえると考えます。

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Photo by John Tekeridis on Pexels.com

ここまで駆け足で音声市場で活躍するスタートアップ約45社を紹介してきました。冒頭で説明したようにSpotifyが目指す“音の帝国”が指すものは「音楽ストリーミング事業」「音声SNS」「Podcastストリーミング」の3つ。コンテンツ量と強固なネットワークエフェクトを武器に完成されるのが音声市場の勝者です。その座を虎視眈々と狙っているのがSpotifyと感じます。

ソフトウェアサイドではSpotifyが最前線にいます。一方、前編でも紹介したスマートイヤフォンを発表したApple・Google・Amazon・Microsoftの4社はハードウェアサイドの最前線にいるといえます。この4社が同様に音声市場を狙いにきたらどうなるでしょう。

視聴体験の入り口となるイヤフォンを抑え、音声コンテンツまでを集めることでビックデータによるスマートアシスタントによるコンテンツレコメンドから自社プラットフォームで配信されるコンテンツを聴かせる綺麗な体験を提供する流れができます。他社プラットフォームへ逃さないユーザーの独占が始まるでしょう。まさに小売市場でAmazonが私たちを独占している構図が音声市場で起きる具合です。

話が飛躍してしまいましたが、2019年はSpotifyの買収劇をきっかけに音声市場が急成長する年になりました。2020年以降はプレイヤーが揃い、先述したような大きなビジョンと戦略を描きながら事業展開できる企業が勝てると感じます。

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