大型資本でマネー・ゲーム化する欧州サッカー業界と裏で進む「デジタル化」の今

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Image Credit : Manchester City

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ニュースサマリー:11月末、米国シリコンバレーを拠点とする投資ファンド「Silver Lake Partners」が、世界中で複数の著名サッカー・クラブを所有する「City Football Group」に対し約5億ドル規模の出資を実施し、同社の株式を10%取得した。

City Football Groupとは、英国サッカーリーグ(プレミア・リーグ)の強豪「マンチェスター・シティ」を筆頭に、その他複数国において合計5つのサッカー・クラブを所有する持株会社。日本のサッカーリーグ(Jリーグ)の強豪クラブ「横浜・Fマリノス」の株主でもある。

一方、Silver Lake Partnersは古くは米国クーポンサイト「Groupon」や中国Eコマース「Alibaba(阿里巴巴)」、最近では米国フィンテック「SoFi」や中国ライドシェア「DiDi(滴滴)」などの数々の著名テック・スタートアップに対する大型出資実績を持つ投資ファンドでもある。

同ファンドによる投資は、City Football Groupが複数クラブを所有していることもあって、同企業を世界で最も評価額の高いサッカー・クラブ所有企業に押し上げた。ちなみに2番手に着くのがニューヨーク・ヤンキースを所有する「Dallas Cowboys」、3番手はサッカー・クラブ「レアル・マドリード」である。(※参照:Forbes:The World’s 50 Most Valuable Sports Teams 2019

なお両企業共に、本件に関しメディアへのコメントは行っていない。

大型資本によってマネー・ゲーム化する欧州サッカー業界

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Image Credit : Pixabay

話題のポイント:近年、欧州の強豪サッカー・クラブらが、オイル・マネーやチャイナ・マネーと呼ばれるような、アラブ系の実業家(多くは石油王)や中国企業らによって資本バック・アップを受けるケースが増加しています。しかしこのような現象は、サッカーの活性化へ寄与する反面、スポーツを過度にマネー・ゲーム化させる存在としてしばしば批判されています。

クラブのユニフォームの広告欄にアラブ・中国系企業のロゴや社名が載ることも多くなってきてはいますが、それだけでなく、彼らのような大金持ちはクラブの株式自体を所有し、積極的にクラブの経営・運営に大きく参加するケースがあります。City Football Groupの株式の77%はUAEの大統領の兄弟によって保有されていることから、同社はそのようなトレンドの象徴的な具体例とも言えます。

オイル・マネーやチャイナ・マネーの獲得によって、新しい経営陣の無能により失墜するクラブもゼロではありませんが、一般的にそれらの巨大資本をバックにつけたクラブは、有力な選手・監督の獲得に約100〜200億円規模の莫大な投資を行うことで、一層強くなる傾向があります。

したがって、近年の欧州のサッカーリーグでは、どこも毎年大体同じクラブが優勝争いを行い、元々弱いクラブは資金難に喘ぎ一層弱くなるといったような、硬直化現象が生じています。

また、その格差拡大を助長するような酷いケースでは、コンプライアンス意識の低い金持ち達の経営参加により、不正や汚職への関与などの別のリスクも生み出してしまいます。実際に移籍市場(選手を売買する市場)において、規約に反した横暴な選手獲得を行う強豪クラブも多数あります。

例えば先月、欧州サッカー業界のガバナンス機構であるUEFAによって、先ほど紹介したマンチェスター・シティがUEFAチャンピオンズ・リーグに出場する権利を1年間剥奪される可能性があるとの報道がありました。

これは欧州サッカー金融規制当局が、City Football Groupの経営資金の利用方法がUEFAの規約違反に当たり、サッカー界の経済的な安定性・公平性に大きな危害を及ぼすリスクがあると判断したための処置だとされています。

オイル・マネーのような巨大資本が、サッカー界の格差拡大やルール違反を助長する危険性を持つという事実を象徴しているように見て取れる事例です。

このような行き過ぎたマネー・ゲーム化は、サッカーをつまらなくさせているとして、しばしばファンやメディアからの批判の的になっています。

以上のような観点からSilver Lake PartnersによるCity Football Groupへの投資を考えると、“今後のサッカー業界がオイル・マネーやチャイナ・マネーだけでなく、ついにシリコンバレー・マネーすらも吸収し、さらに資本主義化していく”といった悲惨な未来を予想せざるを得ません。

データがもたらすサッカーのデジタル化

ではなぜ、テクノロジーの世界へと資金を投じるはずのシリコン・バレーの投資ファンドが、別世界であるはずのサッカー・クラブへの投資を始めるのでしょうか。

残念ながらSilver Lake Partnersは未だメディアに対しコメントを残してはいないため、同社の意図を知ることはできません。しかし上記の問いへの最も説得力のある解答として、サッカーへのデータ・アルゴリズム活用、すなわちスポーツのテクノロジー化のトレンドがあることは言及しなくてはなりません。

何を隠そう、近年のサッカー・クラブはテクノロジーを重要視する傾向が強まってきており、アルゴリズムやデータを活用した戦術策定や練習マネジメントを行うケースが一般化しつつあるのです。

今やクラブがデータ・アナリストを雇用することは一般的ですし、最近ではIBMのAI「Watson」ですら、サッカー・クラブの成績改善のために利用されています。

本記事で紹介した当のマンチェスター・シティも、SAP社のクラウドベースのデータアナリティクス・ツールをクラブの成績向上のために活用しています。具体的には、同クラブは、SAPの分析ツールを主に相手クラブの戦術・選手の分析に用い、前年と一昨年はプレミア・リーグ連覇を成し遂げています。

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Image Credit : SAP

さらにSAPはシティに対し、経営やファン・コミュニティの活性化を支援するクラウド・ツールも提供しています。

以上を踏まえると、テクノロジーに精通する投資家が興味を示す理由も十分に理解できます。例えばデータ分析系企業をポートフォリオに抱える投資家にとって、サッカー・クラブへの投資先は投資先同士のシナジーを創出し得る合理的な選択肢になるでしょう。

ですが、改めて先ほどの資本主義化による懸念を思い出さずにはいられません。すなわち、「シリコンバレーの資本家・投資家らが欧州サッカー・クラブの爆買いを始めるようなことがあれば、サッカー業界はさらに資本主義化してしまう」という懸念です。

Silver Lake Partnersは単なる投資ファンドですが、ゆくゆくはGAFAMやBATと呼ばれる世界的なテック企業らの参戦も考えられますし、サッカー好きのIT長者が欧州のビッグ・クラブの経営に参加する可能性もゼロではないでしょう。

そのようなテクノロジーとサッカーの接近は、サッカー界への大きな資本流入を生み出し、一層活発化・普及を促すかもしれません。そしてデジタル化によって、試合のレベルは上昇し、サッカーはより魅力的なスポーツになるかもしれません。

しかしそのような肯定的な見方ができる一方で、古くから築いてきた制度・基盤が揺らぎ始め、業界の荒廃や、スポーツとしての魅力の欠如など、様々な問題を生み出してしまっていることもまた事実だということです。

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