8億人の老眼を救う、モジュール式眼内レンズ「Atia Vision」の可能性

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RPReplay_Final1590531176 2Video Credit:Atia Vision

ピックアップ:Atia Vision Closes Second Tranche of $20M in Series D Financing

ニュースサマリ:老眼矯正用の眼内レンズを開発する「Atia Vision」は5月19日、シリーズD2,000万ドルの第2トランシェを終了した。本シリーズはCorporant Asset Managementが主導し、Capital Partnership(TCP)、AMED Ventures、Shangbay Capitalが参加した。

同社は2012年にカリフォルニア州キャンベルで創業。眼科市場の最大セグメントである白内障および老眼の視野回復を目的とした眼内レンズを開発する。

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Image Credit:Atia Vision

話題のポイント:人間であれば避けて通れない道、それが老眼と白内障です。老化と共に水晶体に支障が生じることで視界が霞んだり、近くが見えなくなるこの2つの病気は、世界中で白内障が6,520万人、老眼が8億2,600万人の未治療患者がいると言われています(WHO調べ)。

一度発症すると自己治癒、薬の投与での回復は叶わず、手術による治療以外に治す方法はありません。ただし、白内障の手術は日本で年間140万件、世界中で2,000万回件行われる比較的ポピュラーなものであり、麻酔も目だけの局所麻酔、日帰りの手術が可能であることからも手術件数が多い病気です。

白内障手術では濁った水晶体を取り除いて代わりの眼内レンズ(IOL)を挿入します。眼内レンズは主に単焦点レンズ、多焦点レンズ、非点収差補正レンズの3種類。それぞれ一長一短があって絶対的に良いものがないため生活様式に合わせてレンズを選択する必要があります。言い換えると、術後は多少のデメリットを抱えて元の状態に戻ることはないということです。

40歳の6人に1人、70歳を超えると2人に1人の割合で水晶体に障害を持つ現状を踏まえると、自分が罹らないと考える方が不自然です。人生100年と言われる時代、手術をしても元の状態に戻れずに副作用(ハロー、グレアなど)を抱えて数十年生きていくのは不便すぎますが、これが現在の妥協点です。

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Image Credit:YourSightMatters

今回取り上げたAtia Visionは眼内レンズに新しい選択肢を生み出すスタートアップです。遠くから近くまで、完全な視野の回復を目的としたモジュラー老眼矯正眼内レンズを開発しています。

そもそも水晶体と眼内レンズの決定的な違いは屈折率を柔軟に調整できる点です。物体との距離に応じて厚みを変えることができる水晶体は、近ければ厚くして屈折率を上げ、遠ければ薄くすることで屈折率を下げて焦点を合わせています。

つまり、目が物を見る時に水晶体を操作する筋肉の動きを利用して屈折率を変えられる、そんな便利な眼内レンズがあれば水晶体を代替できるわけです。Atia Visionはこんな机上の空論のようなコンセプトを実現しようとしています。

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Image Credit:Atia Vision

モジュラー老眼矯正眼内レンズはBase LensとFront Opticの2つで構成されています。Base Lensが目の自然な動的調節メカニズムを模倣しているため屈折率調整の役割を持ち、Front Opticは患者ニーズに沿う機能を持たせることが可能な設計です。実際、公表されている実験値からは焦点をシームレスに合わせられる様子が観測されています。

とりわけ、Base Lensの完成はAtia Visionを未解決者が9億人もいる市場で不動のポジションを確立するのに最も重要な成功となるでしょう。いわばBase Lensは「眼のプラットフォーム」です。

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Image Credit:Atia Vision

Base Lensは基本的には一度臨床試験をパスすれば開発する必要はなくなり、患者の数だけ作り続ければよくなります。変数を持つFront Opticの技術開発に集中しつつ、Base LensとFront Opticの標準規格を設けることでサードパーティの参加を促し、トータル販売価格が低い製品を生み出すことが可能です。

実は視力障害の有病率は所得地域で格差があり、低中所得地域の有病率は高所得地域の4倍と推定されています。特にアフリカの近見障害率は80%を超えます。機能面の充実だけでなくAndroidと同様にサードパーティを巻き込むことで廉価版を安く販売する戦略を取れれば、多くの人の課題を解決しつつ、薄利多売を避けて収益構造が強固としていけます。

もちろん、医療品であり保険適用の有無も絡むため従来のデバイスと全く同じやり方が適用できるわけではありませんが、Base Lensはビジネス戦略を強気に攻めれる大きな武器となるでしょう。

現在はヒト初回投与試験(FIH)の生体適合性および前臨床試験に臨んでいる段階だそうです。製品として市場に登場するのはまだ先になる見込みで、今回の資金調達はこの初期試験に使用される予定です。

日本では2007年に多焦点眼内レンズは承認され、2020年4月から眼鏡装用率軽減を目的とした多焦点眼内レンズの使用は厚生労働省が定める選定療養となりました。レンズ代が自己負担で変わりはないのですが、大きな進歩だと言えます。

超高齢化社会を迎え、経済発展が乏しくなった日本はこれ以上の医療費増加は避けなければいけないものの、国民の生産性にも関わる眼の問題をどこまでフォローできるのか。眼内レンズマーケットが2022年までに55億ドルに到達すると言われる中、Atia Visionが両方を一気に解決してくれることを期待して今後も注目していきたいと思います。

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