ウクライナのゲームスタジオ、立ち往生した人たちの家となる

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Kids make themselves at home at the Lviv office of N-iX Game & VR Studio. Image Credit: N-iX Game & VR Studio

Daniel Poludyonny氏は、彼のウクライナのゲーム開発会社が住む場所になるとは思いもよらなかっただろう。しかしこれは、ロシア侵攻によってキーフ(キエフ)とリヴィウにあるオフィスで実際に起こったことだ。

Poludyonny氏は、10年の歴史を持つN-iX Game & VR Studio(親会社N-iXの一部門)の代表で、戦前ウクライナでこれまでに数万人というゲーム開発者を雇用していた、ゲームスタジオの代表的な存在だ。このスタジオはウクライナ西部の安全なリヴィウに拠点を置いているのだが、現在戦闘の中心となっているキーフにも2016年からオフィスを構えている。

同スタジオは、シアトルに拠点を置くIrreverent Labs(近日発売予定のメカ格闘ゲームのメーカー)などの顧客のために仕事を続けてきた。Poludyonny氏は、自分の会社が活動を続けており、米国や欧州の中核的な顧客のためにまだ仕事をこなすことができることを伝えたいと考えている。しかし、同時に、戦争でいかに生活が苦しくなったかということも明かしてくれた。

本誌、GamesBeatのインタビューでPoludyonny氏は、同社の200人以上のゲーム開発者が、Rahul Sood氏率いるIrreverent Labsのゲーム「Mecha Fight Club」の開発を含め、約20の異なるプロジェクトに取り組んでいると話してくれた。Poludyonny氏のメンバー、十数名がこのゲームに取り組んでおり、その作業は続いている。この国はインターネットへのアクセスが良く継続が可能だったそうだ。

The lobby of N-iX Game & VR Studio in Lviv.

しかし混乱も続いている。ある会議では、ロケットで使用中のケーブルが破損し通話を断たれた。その後、インターネット接続はすぐに復旧している。というのも、リヴィウのオフィスにはインターネットを引き込むケーブルが3種類ほどあったからだ。

「リヴィウに来て泊まるところがない人は私たちの事務所に泊まることができるようにしています。私たちのオフィスは、寝る場所もあるシェルターのようなものです。また、キッチンやバスルームなどの設備も整っています。住居を探す間、しばらく滞在することもできます」。

2月24日、ロシア軍が国境を越えた時、Poludyonny氏はたまたまスペインで休暇をとっていた。彼は国に戻ることはできなかったが、ポーランドのKrakow(クラクフ)まで足を運んだ。それ以来、彼はそこで事業経営を続けている。プロジェクト・マネージャーの1人が、彼のところに住み込みで働いている。

同社のマーケティング・マネージャーであるVeronika Chebotarova氏は、爆撃が始まったとき、キーフに住んでいた。彼女は街を離れ、西ウクライナに向かうことができたのだが、道路の渋滞を抜けて実家にたどり着くまで、通常の2倍の時間がかかったそうだ。

N-iX Game & VR Studioの多くの従業員と同様、チームメンバーはリヴィウに移動するか、そのままポーランドに向かった。Poludyonny氏によると、彼らが住居を探す間、滞在できるようにオフィスを提供したという。

「写真でおわかりのように、キーフのオフィスでは何人もの人がキャンプをし、持ち物を広げています。リヴィウのオフィスでも同様です。従業員が安全に働ける場所を提供し、そして途絶えることなく彼らが生計を立て続けること、それが目的なんです。ソフトウェア開発とゲーム開発は、ウクライナ経済の非常に大きな部分を占めています。今、多くの人々が離散し、住んでいた場所での仕事を失っており、経済が苦しくなっています。ソフトウェア産業はその助けになるのです。私たちは安全に生きていて、働いているんだというメッセージを送ることができれば、それは役に立つはずです」(Poludyonny氏)。

Chebotarova氏は顧客が同社を支持し、彼らのプロジェクトに継続して取り組んでもらうことに感謝していると語る。また、彼らと制作を共にするIrreverent LabsのSood氏はメッセージで次のようにコメントをくれた。

「Irreverent Labsは、11月にN-iX Game & VR Studioとブロックチェーンゲームの制作を開始しました。12人の開発者がUnityを使って、3D環境アート、アニメーション、サウンドデザインを制作しています。作業は途切れることなく続いており、それが刺激になっています。そして現在の状況は『シュール』ですね。ほぼ毎日、彼らと話をしています。そこで起こっていることを忘れるのは簡単なことです。私たちは、彼らの立場に立って考えるしかない。彼らはこの戦争に勝つことを決意しています。彼らは自分の国をあきらめようとはしません。これほど献身的なチームと一緒に仕事をしたことはありません。私たちは毎日彼らのために祈り、可能な限り彼らと協力し、支援し続けます」(Sood氏)。

もちろん、多くの開発者が全国に散らばって勤務しているため、デスクトップなどのコンピュータ機器をすべて持っていくことができず、これはそう簡単なことではなかったようだ。それでも、コロナ禍の影響もあって、開発者たちは自宅での作業に慣れていた。

2014年に(クリミア併合の)戦火が始まって以来、同社にロシア人社員はいない。そして今、同社はロシアの行動を肯定する顧客との関係を断ち切ろうとしている。

N-iX Game & VR Studio is home to war refugees.

家族の多くはウクライナの国境を越えてポーランドなどに移住しているが、Poludyonny氏によると、戦闘年齢に達している男性は国外に出ることができないそうだ。彼らは働いているか、あるいは今ウクライナ軍に所属しているケースもある。スタジオの従業員の約73%は男性である。

Chebotarova氏は、避難するときは車でも安全だったが、侵攻が進むにつれて道路が安全でなくなったという。同社は、攻撃を受けている東部地域から避難するために複数のバスを手配している。Poludyonny氏は「通常7時間で到着するところを、24時間かけてウクライナ西部に到着した人もいる」と証言する。

チームは激しい砲撃を受けているハリコフなどの戦闘地域から人々を避難させることができたが、一握りの労働者やその家族はキーフに留まることを選択したそうだ。例えば、Poludyonny氏の両親は、ここを離れないと言っていた。ある従業員は、徴兵されたので軍隊に入隊した。

Poludyonny氏は前述の通りl、Krakowにオフィスを構えており、移転の課題はあるものの、各チームは仕事をこなすことができていると話していた。最も規模の大きなゲームチームには、ゲームデザイナー、エンジニア、プロデューサー、品質保証担当者、アーティストなど約40人が在籍し完璧な体制を整えているという。

「今回の件で既存のクライアントを失ったことはありません。それどころか、彼らは私たちを大いにサポートしてくれていますし、社員が異なる場所で勤務する必要があることも理解してくれていて、まったく問題ありません。今、私たちはほぼ100%の生産能力で出荷を続けています」。

しかし、新規顧客候補の中にはウクライナでプロジェクトを進めるのはリスクが大きいと判断したところもあったらしい。新しいモニターやデスクトップが必要な人は、ポーランドに逃げたり必要な物資をウクライナに輸送しようとするため、道路が混雑し、交換機材を手に入れるのは簡単ではないからだ。

その上で彼は「コンシューマー向け製品の物流は戦争のせいでズタズタです。ただ、備品には在庫があったんです」と付け加えていた。

GamaMineのストーリー

筆者はその一方、アメリカのGameMine社のCEOで、長年にわたって富を築いた連続起業家、Daniel Starr氏にも話を聞いた。Starr氏は自らがやり手であると思ったことは一度もなく、頭を下げることも厭わなかった。そんな彼は人生で一度だけ勝負をかけたことがある。彼の会社はウクライナ国境近くのルーマニアのCluj-Napoca(クルージュ・ナポカ)にある。

Starr氏は、カリフォルニア州モンテシートという裕福な地域に拠点を置いているが、ウクライナへの支援のために、数千万ドル規模の不動産物件を大量に売り払い始めている。彼は祖父母がウクライナ生まれだがカリフォルニアで育ち、不自由ない生活を過ごしていた。

彼はルーマニアに飛び、国境を越えてウクライナに物資を輸送するのを手伝うことにした。彼は地元の町に費用を払い、ウクライナからルーマニアに国境を越える人々のための家を探そうとしている。町長にアメリカン・エキスプレスのカードを渡し、町中の部屋を予約できるようにして、その費用をまかなったのだ。町が難民には光熱費のみで利用可能と宣言する前に、600もの部屋を満室にした。

「CTOと私は物資を調達し、国境を越えて運びました。私たちはもっと多くのことをしなければならないし、私はここでのチャンスから利益を得ているわけです。しかしあまりにもひどい。私は元々、あまり影響を受けない人間なんです。私は人生で欲しいものはすべて手に入れました。最初から裕福だったわけではありませんが、それが私の望みであり手に入れたものです。ただ、時に結局、それが何も意味をなさないこともあります。今回のことは本当に衝撃的でした」。

ウクライナとの国境で見た光景をStarr氏は驚きを持って語ってくれた。群衆の中に立っている人やバーで飲んでいる人が、とても落ち着いていてリラックスしている様子に見えたからだ。なぜ、人々はビクともしないのか、彼らはそれに慣れているように見えるのか、と。

「不気味でした。こんなことが起こるなんて正気の沙汰とは思えない。優先順位が違う。みんなガソリン代の心配をしている。第三次世界大戦になるかもしれないから、みんな巻き込まれたくないんだ。しかしもうこれはすでに第三次世界大戦だ」。

ウクライナに物資を運ぶのは大変だったが、彼のチームは何とかそれをやり遂げたそうだ。ウクライナで何が起こっているのか、もっと多くの人に関心を持ってもらい、何か行動を起こしてほしいと語っていた。ただ家にいて、小切手を書いているだけではいけないと。その一方、自分が戦いに行くわけではないことも理解している。

私はランボーじゃない。41歳のユダヤ人だ。彼はとにかく口だけじゃなく行動したいと語る。

「今後、90%を寄付に回すつもりです。なぜ巻き込まれる前にそう極端になるかだって?私は自分の信念に従って行動しているだけです。何かを成し遂げるための最善の方法を考えているだけなのです」。

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