【Fukuoka Growth Next特集】次世代のスタートアップ支援を考えるイベント「StandBy」が東京で開催、300名超が参加

Photo by YUUKI SAKA(SAKAZUKI.Inc)

本稿は、福岡市にある官民共働型のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」のブログに掲載された記事からの転載

福岡のスタートアップ支援施設Fukuoka Growth Next(FGN)は3月28日、東京・虎ノ門にあるスタートアップ拠点「CIC Tokyo」でこれからのスタートアップシーンを展望するプログラム「Stand By」を開催し、福岡や東京のスタートアップコミュニティから300名を超える人々が集まりました。名前の由来は、「スタートアップと支援者が共にあること(Stand By)」。

これは、福岡市が2012年9月に「スタートアップ都市ふくおか」を宣言してから11年、2017年4月にFGNが開設されてから7年を経て、スタートアップを取り巻く環境が大きく変化する中で、FGNが提供できる価値が何かを共に考えようというものでした。「今、福岡とSTART UPする理由がここにある」をテーマに掲げ、パネルディスカッションが繰り広げられました。

本稿では2つのパネルディスカッションの模様をお届けします。

グローバルな視点を持つことの重要性——地方発スタートアップへの提言

Photo by YUUKI SAKA(SAKAZUKI.Inc)

近年、地方発のスタートアップ企業が注目を集めています。政府はスタートアップ支援策を打ち出し、地方自治体も新規事業の創出に力を入れるようになってきました。しかし、地方発スタートアップがグローバルで活躍するためには、世界に通用する土台作りが欠かせません。

「地方人材こそスタートアップ、地方スタートアップこそGo Global」と題されたセッションには、世界的に活躍するベンチャーキャピタルのSozo Ventures代表パートナーの中村幸一郎氏と、アーリースタートアップを支援する ABBALab の小笠原治氏が登壇しました。

中村氏は、アメリカの有力経済誌「Forbes」が毎年発表する「Midas List(最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング)」で日本人として2021年に初めて選出されました(順位は72位)。その後、2022年には63位、2023年には55位と、毎年順位を上げています。

小笠原氏は、さくらインターネットの共同ファウンダーを経て、ネット系事業会社の代表を歴任。その後、2011年にスタートアップ支援のnomadを設立、2013年に投資事業の「ABBALab」を開始しました。プロデューサーとしてDMM.make AKIBAの設立に関わり、現在は京都造形芸術大学顧問、福岡市スタートアップ・サポーターズ理事などを務めています。

数より質を目指すべきスタートアップ支援

Sozo Ventures 代表パートナー 中村幸一郎氏
Photo by YUUKI SAKA(SAKAZUKI.Inc)

現在、日本ではユニコーン企業(時価総額10億ドル以上の未上場企業)の数や上場企業数が、スタートアップ支援の成果指標として用いられることが多くあります。しかし、中村氏はこれらが「本当に適切な指標なのか疑問だ」と指摘します。

その理由は、時価総額は、投資されるスタートアップと参加投資家の合意で決まるため「企業価値」が実態よりも高く見積もられがちだということです。また、上場数が多ければいいというわけでもないです。

一つの企業が大きく成長する方が、日本のスタートアップシーンにとってメリットは大きくなります。そのためには、売上高や従業員数などから、本当の成長性を見る必要があります。企業の実力を見極めるための客観的な指標作りが求められているのです。(中村氏)

スタートアップ支援においては「ボリューム重視」の風潮も見受けられます。例えば、起業家育成プログラムの参加者数を増やし、スタートアップの数を量産しようという試みがありますが、中村氏はこの手法にも疑問を呈しました。

スタンフォード大学の起業家教育プログラムは、30年かけて50人の起業家しか育成していないのです。本当に優れた起業家は希少であり、一部の変わり者が世の中を動かすのです。単に数を増やすだけでは質が伴わず、優れたスタートアップをを生み出すのは難しい。

むしろ重要なのは、地方の変わり者を見つけ出し、寄り添って彼らを支援すること。変わり者は都会よりも地方に多い傾向にあり、そういった人材を見つけ出し、世界に通用するようサポートしていく必要があります。地方に眠る変わり者への着目と、手厚い支援が肝心です。(中村氏)

「日本版スタートアップ支援」の危険性

Photo by YUUKI SAKA(SAKAZUKI.Inc)

中村氏はまた、政府や多くの自治体などが進める典型的な「日本版スタートアップ支援」といった取り組みにも懐疑的な見方を示しました。その理由は、世界で通用するためにはグローバルスタンダードに則る必要があり、日本独自の方法論を打ち立てるメリットがないと考えているためです。

ベンチャーキャピタルの投資先株式の価値算定に対し独自の評価ガイドラインを策定する場合、それに見合う評価機関やデータの整備が必要になります。グローバル市場で説明責任を負うリスクもあり、それには日本独自の枠組みを使うのは現実的ではありません。
スタートアップ業界はめまぐるしく変化しているため、毎年新しいことを学び続ける必要があります。日本版であれば維持・管理に多大な労力がかかり、実用的な教育は行えなくなる恐れがあります。世界の常に変化する潮流に乗り遅れてしまう危険性さえあります。(中村氏)

日本独自の制度を作るよりも、世界の主流に乗っかることが賢明だと、中村氏も小笠原氏も意見を同じくしました。グローバルスタンダードの知識とノウハウを学ぶことが、地方発スタートアップが世界で勝負するための近道となります。

世界の投資家を呼び込むために

ABBALab 代表 小笠原治氏
Photo by YUUKI SAKA(SAKAZUKI.Inc)

地方発スタートアップがグローバルで勝負するには、海外の投資を呼び込むことが不可欠です。しかし、日本国内の慣行とグローバルなベンチャー投資の実態には大きなギャップがあり、乗り越える必要があります。

中村氏によれば、海外の投資家は「継続投資家の判断」を重視しています。アメリカの場合、調達ラウンドが進むにつれ、既存投資家の7~8割の継続支持を得ながら、新規投資家を少しずつ加えていくのが理想的で、このルールを無視すれば、未来の資金調達が頓挫する可能性が高まります。

また、スタートアップ投資では、急成長組織への投資が不可欠です。ベンチャーキャピタルは、成長率50%以上の高成長企業へ投資しなければ、LP出資者に期待されるリターンを得ることはできません。そのため、スタートアップ側にも年収水準なども含めた報酬設計が重要になってきます。

その一方で、グローバルの市場では、契約内容やキャピタルデザイン、株式のバリュエーションなど、国内の慣行とは異なる実態があります。起業家は、この実情を理解した上で、適切に資金調達を進める必要があります。投資家の目線に立って、求められる水準を理解することが重要になってきます。

こういった観点において、グローバルスタンダードを知らずして海外からの投資を引き付けるのは難しい現実があります。その知識を身につけることが、グローバル投資を呼び込む上で欠かせない要件となると中村氏は説く。地方発ベンチャーにも、世界の潮流を学ぶ機会を持ってほしいと願っています。

地方発スタートアップへの期待

Photo by YUUKI SAKA(SAKAZUKI.Inc)

近年は地方大学の独自研究にも注目が集まっていて、農学部や水産学部など、地方の特色ある研究分野で、環境やバイオスタートアップへと発展する可能性を秘めています。地域資源を最大限活用することで、新たなイノベーションの種を見出せるかもしれません。ディスカッションの終盤には、中村氏と小笠原氏から、地方発スタートアップへの提言が相次ぎました。

最初からグローバル市場を意識しながら、地元で事業をスタートすることが重要です。そのためには、世界に通用する土台作りと同時に、地元の強みを活かした事業展開を図ることが重要だと思います。(小笠原氏)

地方発スタートアップには「地場産業の強み」を活かした新しい価値創出に期待したいと思います。例えば、九州の食品加工産業は強みを持っており、フードテック分野などで大きなビジネスチャンスが期待できます。(中村氏)

中村氏は、地方発スタートアップにこそグローバルスタンダードに触れてもらい、世界との距離を縮める機会を持ってほしいと呼びかけました。グローバルな視点を持つ、地方の特色を活かししながらスタートアップできる環境づくり。これに支援者が応えられれば、地方発スタートアップからも世界を変えるイノベーターが生まれてくるのも、そう遠くないかもしれません。

第3期を迎えたFGN、新たなスタートアップ支援のあり方を模索

左から:ABBALab 代表/さくらインターネット 共同ファウンダー 小笠原治氏、さくらインターネット 代表取締役 田中邦裕氏、フォースタートアップス 代表取締役 志水雄一郎氏
Photo by SATOKI HIGASHI

福岡は従来より地方都市ながら、日本のスタートアップ支援の先駆者的存在でした。自治体主導で幾つものユニークな施策を打ち出し、地方からイノベーションの火を灯そうと尽力してきた。しかし近年、国が本格的にスタートアップ支援に乗り出したことで、福岡の優位性が薄れつつある様子も見え隠れします。

そんな福岡で、2024年度から新たなスタートアップ支援の体制が動き出します。Fukuoka Growth Nextはこれまで、福岡市から委託を受けた、さくらインターネット、GMOペパボ、福岡地所の3社が共同で運営していましたが、この4月に迎える第3期からは新たに、フォースタートアップスが運営事業者に加わることになりました。

この節目に、さくらインターネット代表取締役の田中邦裕氏、ABBALab代表でさくらインターネット共同ファウンダーの小笠原治氏、フォースタートアップス代表取締役の志水雄一郎氏が今後のFGNの施策も踏まえたパネルディスカッションを展開しました。モデレータは、フォースタートアップス執行役員 兼 Communication Design の鈴木聡子氏が務めました。

5年前と今、スタートアップ支援の環境はどう変わったか

フォースタートアップス 代表取締役 志水雄一郎氏
Photo by Venture Café Tokyo

最初に切り込んだのは志水氏でした。福岡のスタートアップ従事者の割合は労働人口のわずか0.5%で、全国平均の1.3%をも下回る低水準にあると指摘しました。東京は8%と高い一方、大阪は1%、福岡は愛知や京都とともに3つ目のグループに福岡が位置づけられています。これまでの取り組みで裾野は広げたものの、スタートアップが市民権を得るには至っていないというのです。

小笠原氏も志水氏の分析を支持しました。5年前までは確かに、福岡がスタートアップ支援の最先端にいたものの、国の施策が浸透してきたことで陳腐化し、今やその立ち位置にはいないと現状を指摘します。その上で、これは逆に今までのやり方を変える好機で、新しいことにチャレンジすべきだと主張しました。

一方、田中氏からは地方のスタートアップ支援への痛烈な批判が投げかけられました。「これまでのキラキラした地方のスタートアップは本当に中身があったのか。結局中身の伴っていないケースが多かったのではないか」と疑問を呈しました。その上で「ガートナーのハイプサイクル理論でいえば、幻滅期に既に迎えているか、もしくは幻滅期に向かおうとしているかの時期を迎えている」と分析しました。

さくらインターネット 代表取締役 田中邦裕氏
Photo by Venture Café Tokyo

東京もそうですが、一度過熱したスタートアップブームがいったん下火になっています。だからこそ、本当に中身のある地方の盛り返しを見せられるチャンスが今あると思うんです。世界を相手に戦えるのはもはや東京だけではないです。その意味で、福岡は先駆者になれる立場にあると思います。(田中氏)

そうした問題提起を受けて、話は新たに始まる福岡市の支援事業への期待に行き着きました。5年の月日を経て受け継がれてきた福岡の取り組みは、地方都市の課題に真っ先に直面しながら、今や日本が抱える課題の先進地の一つとしても注目される存在となりました。支援のあり方自体を問い直し、福岡は再び日本のスタートアップ支援の最先端を目指すというのです。

福岡以外の地方都市の追随も予想されます。ましてや、東京の巻き返しもあるでしょう。日本のスタートアップシーンは低迷することなく、活況を取り戻す兆しを見せ始めています。そうした中で、果たして福岡はスタートアップシーンにおけるリーダーの地位を守り抜くことができるのか。一筋の光明は見えたものの、まだまだ遠い道のりが残されています。

福岡が切り拓く地方発スタートアップ支援の新潮流

左から:フォースタートアップス執行役員 兼 Communication Design 鈴木聡子氏、ABBALab代表/さくらインターネット 共同ファウンダー 小笠原治氏、さくらインターネット 代表取締役 田中邦裕氏、フォースタートアップス 代表取締役 志水雄一郎氏
Photo by SATOKI HIGASHI

福岡のスタートアップ支援はどう変わっていくべきなのか。パネリストの3人が意見を出し合いました。

福岡が高さを出すと決めた以上、これまでの公平な扱いはやめましょう。いいところだけえこひいきして、そのスタートアップを徹底的に応援すべきです。(小笠原氏)

福岡なら地元でちょっと頑張れば、ちやほやされる機会に恵まれます。地方の優秀な人材を発掘し、自信を持ってもらう一方で、過度な自己肯定感に陥らないよう注意を払う必要があります。福岡で手応えを感じたら、次は東京でも活躍できるよう備えてもらいます。地元での手ごたえを糧に、より大きな舞台で挑戦することが理想的なプロセスだと思います。(田中氏)

次のターゲットはグローバル市場です。福岡からアジアや世界に直接飛び出せるスタートアップを生み出さねばなりません。CICだけでなく、FGNがその窓口になれるはずです。(志水氏)

これまで福岡のスタートアップ界隈は、東京に比べ人材や資金の面で劣ると指摘されてきました。しかし、昨今の動きを見る限り、そうした状況に大きな変化の兆しが見え隠れします。志水氏が手がける東京を拠点とするアクセラレータープログラムでさえ、最近は地方発のスタートアップの方が大手メディアの注目を集めるケースが目立ってきたといいます。

地方ではスタートアップがスターになる時代です。福岡の若手起業家たちが、次はアジアやグローバルに羽ばたくことを期待しています。(志水氏)

一方で、ABBALabの小笠原氏は、先のセッションでSozo Venturesの中村氏と対談したセッションにも触れ、「グローバル投資家の視点に立てば、福岡か東京かは重要な問題ではなく、グローバルなバリュエーションガイドラインに沿った事業計画であるかどうかが最重要になっていく」と乗り越えるべき課題についても指摘しました。

地理的優位性を活かしつつ、世界の投資家の目線で説明責任を果たせるスタートアップが生まれれば、福岡発で世界に伍していける可能性は十分にあります。場所にとらわれず、事業の本質を見据えるリソースが揃えば、グローバルな機会に恵まれるはずです。東京一極集中が指摘されてきた日本で、福岡がスタートアップハブとして飛躍する時期を迎えようとしています。

Photo by Masaru Ikeda / BRIDGE

Members

BRIDGEの会員制度「Members」に登録いただくと無料で会員限定の記事が毎月10本までお読みいただけます。また、有料の「Members Plus」の方は記事が全て読めるほか、BRIDGE HOT 100などのコンテンツや会員限定のオンラインイベントにご参加いただけます。
無料で登録する