UBV、2023年のSaaS業界分析レポートを公開——進むコンパウンド化、SaaSが人口減少社会を支えるインフラに

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Image credit: UB Ventures

UB Ventures は8日、スタートアップなどが開発した SaaS 領域を中心に、業界動向のデータを集約し分析したレポート「UB Ventures SaaS Annual Report 2023-2024」を公開した。UB Ventures は2020年、ユーザベースの「SPEEDA」出身でデータの収集や分析などに造詣の深い早船明夫氏をチーフアナリストに迎え、SaaS リサーチチームを設置した。このレポートはこのリサーチチームを中心に、UB Ventures のパートナー、プリンシパル、アソシエイトらが協力して作成、一昨年から発行されている。

早船氏に、今回のレポートのポイントを聞いた。

SaaS 企業の全体動向

早船明夫氏

まず、国内 SaaS 企業全体の業績動向について尋ねたところ、トップに位置する大手は引き続き好調な成長を維持していることがわかった。年率30~40%を超える売上高成長を遂げる企業もあり、売上高300億円を上回る社の中には、スケールメリットを生かした急成長企業の台頭が目立つ。一方で、売上高50億円以下の小規模層においては苦戦を強いられているケースも多く、企業規模による二極化の傾向が鮮明になってきた。

また、企業の収益性にも注目が集まるようになってきたという。昨年までは売上高の成長率を重視する風潮が強かったが、収益性が高く利益率の高い企業に対する評価が次第に高まってきている。バブル期には売上高純利益率に高い倍率がつく傾向にあったが、足元では黒字化の目途が付いた企業に対して割安感が評価されるようになってきた。加えて、Chatwork など中小ビジネスを対象とした SaaS ベンダーを中心に、定期的な価格改定が行われるようになり、ユーザ企業に対し適正な料金支払を求める機運が高まってきた。

IPO / M&A 動向

一方、国内 SaaS 企業の株式上場(IPO)件数は、2022年が3件だったのに対し、2023年が2件と低調に推移した。ただし、注目すべき点は、IPO した SaaS 企業のなかにベンチャーキャピタルなどから出資を受けていないオーガニック成長企業(デットや売上のみで堅調な成長を続ける企業)が含まれていたことだ。株式市場の環境が必ずしも良くない中にあっても、着実にビジネスを積み上げてきた優良企業が上場に踏み切ったことがうかがえる。

その一方で、M&A 件数は増加基調にある。特に大手 SaaS 企業による M&A が目立つようになってきており、規模の利く企業が優良ベンチャー企業を自社に取り込む動きが活発化している。例えば、昨年にはスウェーデンの PE である EQT が、人事評価クラウドの HRBrain を買収するなど、大型の M&A 案件も登場した。株式市場における新規上場が難しい環境が続く中で、M&A を活用した資金調達ニーズの高まりがうかがえる。

資金調達の動向

SaaS 企業全体の調達総額は、前年を下回る水準にとどまっているものの、一部で大型の資金調達が実現した例もある。特に注目すべきは、シリアル起業家による調達が活発だったことだ。2度目以降の起業で資金を調達する動きが目立ち、コーポレート IT 管理のジョーシス、企業向け DX ソリューションプロバイダの LayerX、セールスイネーブラーのナレッジワークなどの事例が挙げられる。事業の成功体験があり、一定の実績とネットワークを有する起業家には潤沢な資金が提供されるトレンドを確認できた。

また、バーティカル SaaS(特定業種向け SaaS ソリューション)の分野においても、調達状況に明るい兆しが見られた。早船氏によれば、製造業、建設業、物流業などの人手不足に直面する業界に特化した SaaS 企業へ、積極的に資金が投下されているという。企業が直面する深刻な人手不足問題を、SaaS によるデジタル化で解決しようとする動きが加速しつつあるようだ。

人口減少社会に向けた取り組み

今回のレポートでは、人口減少が進む日本社会に向けた取り組みについても言及されている。その一例として、外国人労働者のオンボーディング業務を一元化するプラットフォームが紹介されている。外国人労働者の増加に伴い、在留資格申請や住宅確保、給与支払いなどの手続きを処理するためのサービス需要が高まっており、そうしたニーズに応える新たな SaaS ソリューションの台頭が注目された。人口減少に伴う労働力不足に対する対策を、SaaS スタートアップの成長機会ととらえることもできる。

レポートの分析から、日本のSaaS業界が成熟化とともに複線化の道を辿りつつあることがうかがえる。一部の大手企業は収益重視の経営に舵を切る一方、新興勢力は成長を追求し続けている。これらの企業群が相互に棲み分けながら、SaaS 業界全体が進化を遂げていく様子がみてとれるだろう。ビジネスモデルの更なる深化と、社会課題解決に向けた新たな挑戦という2つの軸で発展を遂げつつあり、今後さらに多様性と可能性が高まっていくことが期待される。

UB Ventures SaaS Annual Report 2023-2024 は、ここからダウンロードできる。

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