Thomson Reuters(トムソン・ロイター)は23日、東京で開催した「リーガルサミット2024」で、法律業務に特化した生成 AI「CoCounsel(コーカウンセル)」の日本における初のデモンストレーションを行った。また同社は、CoCounsel を今秋に日本市場でローンチする予定であることを明らかにした。
CoCounsel は、 Thomson Reuters が今年4月、サンフランシスコで初めて公開したものだ。CoCounsel は、法律 AI のスタートアップ Casetext を買収して開発されたもので、OpenAI の「GPT-4」のような高度な生成 AI モデルを使用し、Thomson Reuters 独自の膨大なコンテンツデータベースを理解し処理する。
生成 AI の急速な普及
Thomson Reuters の AI &リーガルテック・リード アジア・新興市場担当の Thomas Chuang 氏は、Cisco が今年初めに発表した報告書を引用し、現在50%以上の労働者が雇用主の承認なしに生成 AI を使用していると指摘した。この統計は、企業が生成 AI の使用を制限しようとしても、従業員は何らかの方法で使用する手段を見つけ出すことを示唆している。
生成 AI は日常生活だけでなく、日々の業務においても中心的な役割を果たすようになることは避けられない。(Chuang 氏)
Chuang 氏は、法律専門家が生成 AI の力を安全に活用できる手段を提供することが Thomson Reuters の目標であると強調した。同社の生成 AI 戦略は、「構築」「提携」「買収」の3つの柱で構成されているという。
- 構築 …… 既存のソリューションに生成AI機能を組み込む。例えば、法律調査プラットフォーム「Westlaw」や「Practical Law」、法務コラボレーションシステム「HighQ」、支出管理システム「Legal Tracker」などに生成 AI 機能を追加する。
- 提携 …… 顧客が日常的に使用しているツール、特に Microsoft Office 365などとの連携を進める。Microsoft と直接提携し、 Thomson Reuters のコンテンツと生成 AI 機能を Copilot プラグインを通じて利用できるようにする。
- 買収 …… 有望なソリューションを開発した企業の買収を行う。CoCounsel を開発した Case Text を6億5,000万米ドルで買収したのもその一環である。
Thomson Reuters は、生成 AI の研究開発に年間1億米ドル以上を投資することを約束している。
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CoCounsel の特徴
CoCounsel は、OpenAI が開発した大規模言語モデル(LLM)「GPT-4」を基盤として構築された、AI を活用した法律アシスタントである。法律専門家が人間の同僚と対話するように相互作用し、パラリーガルや研修生、若手弁護士に委託するようなタスクを実行するよう指示できる。
Chuang 氏は、CoCounsel が一般に公開されている「ChatGPT」や「Copilot」と異なる点として、次の3つを挙げた。
- 信頼性のための保護機能 …… CoCounsel は、明示的に検証済みの良好な出力のみを返すよう制限されている。また、文書検索強化生成(RAG)技術を用いて、ユーザがアップロードした文書や以前にアップロードしたポリシーなど、既知の情報源から回答を導き出すことを強制している。これにより、AI による「幻覚」(事実に基づかない情報の生成)を排除している。
- 法律業務のための訓練 …… CoCounsel は、法律専門家が有用と感じる方法で結果を提供できるよう、明示的に訓練されている。これにより、一般的な大規模言語モデルよりも高品質な結果を提供できる。
- プライバシーとセキュリティ …… ユーザデータは厳重に保護され、モデルの訓練には一切使用されない。
契約情報の抽出
複数の契約書から特定の情報を抽出する機能が紹介された。この機能は、デューデリジェンスや大規模な文書レビューに役立つ。ユーザは、契約期間、支配権の変更条項の有無、譲渡可能性、相手方の所在地などの質問を AI に投げかけることができる。
CoCounsel は、各質問を個別のフィールドに分解し、表形式で結果を表示する。ユーザは、回答をクリックして文書のプレビューを表示し、AI が回答の根拠とした正確なテキスト部分を確認できる。これにより、法律専門家は簡単に AI の結果を検証できる。
契約書のコンプライアンスチェック
社内弁護士向けの人気機能として、第三者から送られてきた契約書をレビューし、自社のポリシーに準拠しているかをチェックする機能が紹介された。ユーザは、チェックしたい項目のリストを CoCounsel に設定し、契約書をレビューさせることができる。
デモでは、譲渡禁止条項が相互的であること、合併・買収時の譲渡を認めること、準拠法が日本法であることなどのポリシーが設定された。CoCounsel は、これらのポリシーに基づいて契約書をレビューし、不適合な箇所を特定し修正案を提示する。半日から1日かかるような契約書レビューが、5分程度で完了する。
多言語対応
Chuang 氏は、CoCounsel が 日本語を含む多言語での作業が可能であることも示した。日本語の利用規約を英語のプロンプトでレビューし、日本語のテキストから回答を導き出す例が紹介された。また、英語の契約書を日本語のプロンプトでレビューし、日本語で回答を得ることも可能だという。
ただし、非英語言語での機能は公式にはサポートされておらず、ユーザには結果の正確性を慎重に確認することが推奨されている。
Thomson Reuters は、CoCounsel をすでにアメリカ、カナダ、オーストラリア、中東、東南アジアで展開しており、日本では2024年秋にローンチを予定している。
価格設定については、月額サブスクリプション制で、ユーザライセンスに基づいて課金される。トークン数による課金ではなく、プラットフォームの無制限使用が可能な月額料金制となる。企業向けには、採用するライセンス数に応じて異なる価格プランが用意されている。
市場の反応と展望
Chuang 氏によると、CoCounsel は 非常に前向きな反応を得ているという。特に法律事務所では、ビジネスの生き残りに必要不可欠なものとして捉えられており、これまでの他の技術とは異なり、「あったら便利」なものではなく「必要不可欠」なものとして認識されている。
一方で、一部の弁護士からは仕事を失うのではないかという懸念の声も上がっている。しかし、Chuang 氏は、CoCounsel は弁護士を置き換えるものではなく、既存の能力を増強するためのツールであると強調した。
日本市場については、他の国と比較してより慎重なアプローチが見られるという。日本の企業は新しい技術の導入にやや慎重な傾向があるが、これらの技術の探索に強い意欲を示しているとのことだ。
八代英輝氏が語った、リーガルテックの世界トレンド
リーガルサミット2024では、元裁判官で現在は弁護士として活躍する八代英輝氏がゲストに招かれ、国際的な法務業界の動向とリーガルテックの発展について講演を行った。八代氏は日本とアメリカの弁護士資格を持ち、両国での実務経験を踏まえた見解を示した。
リーガル業務の変化と課題
近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグローバル化の進展により、企業の法務部門の業務が複雑化・多様化している。主な業務領域として、国際契約管理、M&A、プロジェクト管理、コンプライアンス、危機管理、紛争対応などが挙げられる。八代氏は次のように述べた。
DX の良い面として、業務の国際化や多角化が指摘されますが、一方で、異なる言語、法律、社会慣習、文化、宗教によってリスクも多様化しています。
特に国際的な企業活動においては、言語や法律、社会慣習の違いによってリスクが多様化しており、効率的な管理が求められている。八代氏は、このような複雑な事象に対して、リーガルテックを活用した効率的な法務管理が必要になってくると指摘した。
リーガルテックの発展
このような背景から、リーガルテック(法務分野におけるIT技術の活用)の重要性が高まっている。リーガルテックの歴史は1970年代にさかのぼり、オンラインの判例検索システムの登場が画期的な出来事だった。八代氏は次のように述べた。
ワードプロセッサなども(広義では)リーガルチェックの中に含めることはできますが、リーガルテックに「紀元前」「紀元後」のような大きな区切りを設けるとしたら、そのエポックメイキングとなるのはオンラインの判例検索だと思います。
アメリカの法制度は case law(制定法よりむしろ判例に基づく法のシステム)に基づいており、判例の効率的な検索がリーガルテックと親和性が高い。また、アメリカの複雑な法体系(各州が独自の法律を持つ)も、リーガルテックの需要を高める要因となっている。
さらに、高額な弁護士費用を抑制したいという企業のニーズも、リーガルテックの導入を促進している。八代氏は、ニューヨークの弁護士費用が世界で最も高額であることを指摘し、企業がコスト管理のためにリーガルテックを導入するモチベーションになっていると説明した。
日本のリーガルテック導入
日本では、特許電子出願システムを世界に先駆けて導入するなど、当初は積極的な取り組みがあった。しかし、その後の発展は緩やかなものにとどまっている。八代氏は日本の状況を次のように評価している。
日本はどのようにリーガルチェックを導入してきたのか。総論的に言うと、日本はスタートは良かったんですけれども、その後は大きく勢いが落ちてしまったと思います。
日本の制定法主義の下では、リーガルテックの活用場面が限定的であった。しかし、近年になって、ハンコ文化からの脱却やコロナ禍でのリモートワークの普及を背景に、契約書のデジタル化が進んでいる。現在は、契約のライフサイクル全体を管理する「コントラクトライフサイクルマネジメント」が注目されている。
また、デジタル・フォレンジック(電子情報の解析技術)の分野では、日本は世界をリードしている。八代氏は次のように述べた。
デジタル・フォレンジックは、コンピュータやスマートフォンなど電子機器に保存されていたり、保存されていたけれども、消去されてしまったりした電子情報を解析し、事実解明を行うための技術です。これは企業内の不正調査や、刑事事件には不可欠の技術となっています。
日米の法務部門の位置づけの違い
八代氏は、日本とアメリカの企業における法務部門の位置づけの違いを指摘した。日本では伝統的に法務部門は「コストセンター」と見なされ、リスク管理や企業の暴走を防ぐ「ブレーキ」としての役割が強調されてきた。
一方、アメリカでは法務部門は「プロフィットセンター」と考えられており、企業価値を創造・増加させ、事業とともに未来を創る創造的な部門として位置づけられている。八代氏は次のように述べた。
アメリカで感じたことですが、法務部門は当初からプロフィットセンターと考えられています。つまり、事業部と同様に、企業価値を増加させ、利益を生み出す、未来を創る創造的な部門ということです。企業にとっては、ハンドルであり羅針盤であるといった考え方です。
アメリカでは新規プロジェクトの予算に法務関連費用が計上されることが一般的であり、法務部門が事業部に新しい提案をすることも期待されている。
リーガルテックの規制と各国の動向
リーガルテックの発展に伴い、各国で規制緩和の動きがある。主な論点は、既存の弁護士業務独占主義とリーガルテック企業の活動をどう調整するかという点である。多くの国では、有資格者(弁護士)と無資格者の融合による実務(Multidisciplinary Practice: MDP)をどう扱うかが議論されている。
八代氏は、各国の動向について次のように説明した。
オーストラリアやカナダは、規制緩和と MDP というものを導入していこうとする流れです。また、ドイツはいわゆるリーガルテック法を2021年に制定しました。こちらには、正面から消費者法の視点を入れられました。
アメリカでは、消費者保護を目的とする弁護士業務独占の原則を維持しつつ、MDP の実質的な合法化に向かっている。八代氏はアメリカの状況を次のように述べた。
結局、何のために弁護士に法律業務を独占させているのか。裁判所はその疑問に対して、それは「消費者保護のためであって、弁護士の仕事を保護するためではない」という本質的な答えを明らかにしました。
日本では弁護士法72条による非弁行為・非弁提携の禁止があり、2023年8月に契約書関連業務支援サービスについて一部緩和されたものの、他の分野では依然としてグレーな状況が続いている。現状では、アメリカなどと比べて MDP の範囲が狭く、弁護士の管理をより強く要求する方向性にある。
今後の展望と課題
八代氏は、日本においても長期的には弁護士業務独占主義の見直しが必要になると予測している。その際には、消費者保護を念頭に置いた法整備やルール作りが重要となる。
長期的な視点では、やはり政府や弁護士会がリーダーシップをとるべきでしょう。リーガルチェックの競争に乗り遅れるわけにはいかないのが実情なので、イノベーション至上主義に立つことなく、将来を見据えて、消費者保護を考えたルールの整備を行っていただきたい。
また、法務部門には法律の知識だけでなく、テクノロジーに精通した人材の登用が不可欠だと指摘した。リーガルテック専門の教育機関の設立や、既存の法学教育にリーガルテックの要素を取り入れることも提案している。
優秀なテック要員、つまり、法律だけではなく、技術やエンジニアリングにも通じている方々を、ぜひ法務部門に多く招聘していただきたいと思っています。
さらに、AI の発展によって契約書の解釈などが自動化されても、最終的な価値判断を行うのは人間であり、法律の基本的な理解と創造的な判断力を持つ人材の育成は引き続き重要だと強調した。
日本企業の国際競争力強化のためにも、リーガルテック産業の発展は不可欠である。同時に、リーガルテックに精通した社内弁護士の育成も急務となっている。技術の進歩と法制度の調和を図りながら、効率的かつ創造的な法務業務の実現を目指すべきだと八代氏は締めくくった。
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