外科医が子どもの命を救うために活用するVRトレーニングとは——ロサンゼルス小児病院、米英のVRスタートアップ3社がプロジェクトで連携

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VR ホスピタル
Image Credit: Oculus

バーチャルリアリティはゲームを楽しむ人にとって素晴らしい体験をもたらすが、他の方法で世界を変える可能性も秘めている。その可能性に気づいた Shauna Heller 氏は、Oculus VR での仕事を辞め、VR の枠を超えた利用法を提案するコンサルタントに転身した。彼女が取り組んだプロジェクトの1つに、医師が緊急時に乳幼児を治療する方法を習得できる VR シミュレーションがある。

Heller 氏は開発者と技術者たちを1つのチームにまとめ、Children’s Hospital in Los Angeles(CHLA)の外科医らに引き合わせた。彼らは協力して訓練中の医師に向けた VR シミュレーションを開発した。シミュレーションでは特定の発作に見舞われたり、アナフィラキシーショックを発症したりしている子どもへの対処を学習できる。

チームが採用したのは、市販の Oculus Rift + Touch だ。プロジェクトは2016年の初めに立ち上げられ、2件のプロトタイピングが実施された。2017年の初めには完全に動作するモデルが完成し、仮想世界での学習に使われている。学習の様子は開発者と医療チームがモニターし、今後も継続的に仮想世界が拡張される予定だ。プロジェクトには約18人の開発者が参加した。

これは VR の非常に重要な一面です。

Heller 氏はこう力説する。氏はプロジェクトのエグゼクティブディレクターであるほか、以前 Oculus で非ゲームプロジェクトに関するデベロッパー渉外担当を務めていた。

このプロジェクトは、子どもの生命が懸かった医療現場において、ゲーム技術を活用したトレーニングを可能にします。

プロジェクトは Facebook の Oculus VR 部門から資金提供を受けている。同部門は Oculus Rift VR ヘッドセットの製造元である。これは、「VR for good」と呼ばれる数あるプロジェクトの中の1つであり、長期的にはこうしたプロジェクトによって VR の真の価値が社会に広まるかもしれない。

Heller 氏は元々は Oculus チームの初期メンバーだった。しかし彼女は、ゲーム用途での VR にはさほど情熱を持てず、他の用途に興味を抱いていた。彼女はコンサルタントになり、VR が誇る没入感を利用してヘルスケアの教育を改善する、というアイデアを Oculus から得た。彼女が協力を仰いだのは、AiSolve と VR 開発企業の BioflightVR だ。両社はこれまで医療シミュレーションを行っており、医療現場で働く医師と会話するためのノウハウがあった。

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非ゲームアプリ用 VR コンサルタント Shauna Heller 氏
Image Credit: Shauna Heller

BioflightVR の設立者は、CBS チャンネルのドラマ『CSI:科学捜査班』にも携わり、ハリウッドで視覚効果の魔術師として知られるグループだ。彼らはより大きな社会的影響を持つプロジェクトにスキルを生かしたいと考えていた。幸運にも彼らは医者の使う医学用語を理解することができた、と Heller 氏は振り返る。

チーフクリエイティブオフィサーで共同設立者の Rik Shorten 氏はこう語る。

BioflightVR には壮大なビジョンを実現する使命がありました。医療トレーニングの未来の形を実現するという使命です。医師や実習生らがこうしたダイナミックな新技術を使って学び、訓練を受ける助けになること以外にチームの才能を最大限に活用できた例は考えられません。

イギリスの AiSolve は没入型トレーニングおよびシミュレーションの会社で、VR コンテンツ作成のための独自の AI フレームワークを開発している。これら2社は病院と緊密に連携を行い、実在の看護師のイメージをスキャンしたほどだ。

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3D アニメーション用に看護師をキャプチャしている様子
Image Credit: Oculus

訓練のシナリオは病院の医師らが想定した。AiSolve のプログラマーチームは、医療環境を仮想世界に取り込み、AI による世界を作り上げた。実習生たちはここではバーチャルな患者と医療スタッフ、およびその他プログラムのシチュエーションにおけるレスポンスによって意思決定して治療を進めたり、修正を加えたりといった行動ができる。

小児科の緊急事態はまれであるが、その性質上、一度起これば事態は緊迫する。時間的猶予は極端に少なく、秒または分単位の対応が求められる。熟練した対応が必要なため、若き外科医たちが実際の状況でこれらのシナリオを練習し、専門知識を得ることはできない。代わりに、通常はマネキンで訓練を行う。CHLA の医師 Todd Chang 氏によると、標準的なシナリオで外科医を訓練するためには、1つの病院で年間43万米ドルの費用がかかる。Heller 氏によると、VR システムのコストはそれよりも少ないという。

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後列左より:Todd Chang 氏(CHLA)、Tom Dolby 氏(AiSolve)、Josh Sherman 医師(CHLA)、Randy Osborn 氏(BioflightVR)、Rik Shorten 氏(BioflightVR)、
中列左より: Devi Kolli 氏(AiSolve)、Shauna Heller 氏(Clay Park VR)、
前列:David Bryant 氏(BioflightVR)
Image Credit: Oculus

AiSolve の CEO である Devi Kolli 氏は次のように述べる。

VR はこういった最先端の医療トレーニングで本領を発揮します。私たちはプロジェクトチームや CHLA の医師らと協力して、AI による VR シミュレーション技術を活用し、現実のシナリオに極めて近い環境を生み出しました。こうしたことは以前はまったく不可能でした。さらに、AI 機能を使用すれば実習生が学習内容をカスタマイズすることもでき、長期的なスキル向上にも貢献します。

VR シミュレーションはシナリオを再現するだけでなく、コンピュータが管理するトレーニング環境の中でパフォーマンスの測定も行う。実習生はフィードバックに学び、対応を向上させることができる。

シミュレーション環境では、緊急事態が再現される。救急医が症状を伝え、看護師と技師の行動はシミュレーションに参加している医師の決定に委ねられる。また、両親は混乱した様子で子どもが生きて帰ることを祈っている。まるでハリウッドドラマのようだが、それよりもリアルでインタラクティブだ。本物の人間の生命を危険に晒すことなく、緊急事態の訓練を行うことができる。

CHLA の医師である Josh Sherman 氏は声明の中で次のように述べている。

私たちは、医療蘇生の訓練・評価ツールとして VR の適性をテストしていますが、今のところ非常に良い結果が出ています。ビデオゲームの経験がほとんどない医師ですら、VR 環境にすばやく適応し、彼らから大変良好なフィードバックを受けることができました。現実の ER の状況と比較して、VR の経験においても同様のストレス反応が見られます。研修生はシミュレーションだと理解しながらも、リアルに感じているのです。これが VR が優れている理由です。

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(上)VR ホスピタル
Image Credit: Oculus

VR で実際の症例を再現すれば、正しい診断と治療ができるようになるまで、学生と医師は何度でも繰り返し難しいシナリオにトライできる。CHLA では2つのトレーニングモジュールを導入しており、医学生、研修医、医師らが積極的に利用している。繰り返し練習することで、手術時間は短縮する傾向にある。この結果を受け、Oculus は医療専門家へのサポートを拡大していきたいとしている。

AiSolve の CEO である Devi Kolli 氏によると、CHLA とのプロジェクトの目的は、医療専門家と協力して技術的および環境的精度を確保することにあるという。また、多業種にわたり複数の適用例があり、可能性は大きい。

体験学習は、小児科での緊急事態に備えてトレーニングを積む上で最も優れた方法の1つです。私たちはかなり密度の高いタイムテーブルで行動し、VR シミュレーションは文字通り週を追うごとに改善されました。従来の体験学習とは違い、VR では全員が一ヶ所に集まる必要がありませんので、はるかに高い柔軟性を持ち、学生はより頻繁にトレーニングを行うことができます。

AiSolve と BioflightVR の両社は現在、次なる関連プロジェクトを進めている。

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】

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