本稿は、Disrupting Japan に投稿された内容を、Disrupting Japan と著者である Tim Romero 氏の許可を得て転載するものです。Tim Romero 氏は、東京を拠点とする起業家・ポッドキャスター・執筆者です。これまでに4つの企業を設立し、20年以上前に来日以降、他の企業の日本市場参入をリードしました。
彼はポッドキャスト「Disrupting Japan」を主宰し、日本のスタートアップ・コミュニティに投資家・起業家・メンターとして深く関与しています。
日本の最も成功した起業家に率直な話を伺う「Disrupting Japan」にようこそ。私は Tim Romero、お聞きいただきありがとうございます。
今日は、人工知能と自然知能について話をしたいと思う。実際のところ、我々は自然知能、そして、テクノロジーを改善する手段として、人工知能の活用について話をしようとしている。教育は、ディスラプションを最も必要としつつ、最も抵抗の強い分野だ。このことを説明できる因果の事例はおそらく少なくない。教育にディスラプションが必要なのは、我々の生活のほとんどの側面が変化したにも関わらず、教育は長くの間、変化させることが難しいものだったいうことだ。とはいえ、この100年間で、教育は日本でのみならず、世界中で変化してきた。
今日は、教育の変化の理由、そして我々がそれに対応して何ができるかについて話したい。atama plus 創業者兼 CEO 稲田大輔氏を紹介しよう。彼は人々の学習を支援できるより良い方法を見つけたと確信し、三井物産での長年の有望キャリアを後にした。今回のインタビューで、稲田氏と私は塾について話すが、日本国外の人々のために塾が何なのか、イノベーションや教育に重要となってくる理由について説明しておくべきだろう。
塾はよく cram school と訳される。西洋に似たようなものは無いが、日本やアジアでは一般的だ。塾は民間会社が運営する学校で、日本の高校生が塾に通うのは、通常の学校授業の終了後、週末、休日だ。塾の目的は、高校生が大学入試で高得点を取れるよう支援すること、また中学生対象の塾であれば高校入試で高得点を取れるように支援するというものだ。しかし、塾は民間企業であって、上場している会社さえある。生徒の獲得に向け激しくしのぎを削り、生徒らがテストでどれだけの成果を出せたかを元に評価される。したがって、塾が新しいテクノロジーを試し、日本における教育イノベーションの多くが塾に焦点を当てていることは不思議ではない。
これで背景がお分かりいただけたと思うので、稲田氏との対話はより意義深いものとなるだろう。彼は三井物産を離れる決断をしたときに直面した困難についても触れ、スタートアップシーンに繋がっていない人がどうやって共同創業者を見つければいいかについて、実用的なアドバイスをくれた。しかし、私が話すより稲田氏はもっとうまく話をしてくれるだろう。さぁ、インタビューを始めよう。

Tim:
というわけで、教育用の AI を開発する atama plus の稲田大輔氏に来ていただきました。今日はありがとうございます。
稲田氏:
来社いただき、ありがとうございます。
Tim:
ところで、エドテック用の AI というのはボヤッとした表現で、それを手がける会社も多くありますね。atama plus が何をやっているか、ご説明いただけますか?
稲田氏:
日本の高校生や中学生に AI プログラムを提供しようとしています。ビデオ講義、演習のほか、熟練度、実績、考慮レベルなど生徒のデータを分析するテストで構成されています。
Tim:
なるほど。どのような科目をターゲットにしていますか? 数学、外国語、歴史など?
稲田氏:
今のところは高校生向けに数学コンテンツを提供していますが(編注:取材時)、他の科目も準備中です。英文法や物理など新プロダクトをローンチする予定です。
Tim:
お客さんについても教えてください。現在は誰が「atama+」を使っているのですか? 政府、塾、それとも大学?
稲田氏:
我々のビジネスモデルは B2B2C で、塾を通じて生徒がお客さんになります。塾という言葉に耳慣れてらっしゃるかわかりませんが。
Tim:
Disrupting Japan の海外のリスナーにとっては、prep school(予備校)という訳では、cram school(塾)が持つ利点の強みを表現しきれていません。生徒に関して言えば、多くの日本の生徒たちは、学校授業の後に塾へ通い、大学入試に向けた勉強に臨むのですよね。
稲田氏:
高校の最終年度には生徒の約70%が学校授業の後に塾に通い、中学三年生の約70%が塾に通っています。塾のコンセプトは、日本で大変人気があります。
Tim:
そうですね。後ほど、イノベーション、教育、エドテックについても話したいんですが、私が日本で面白いと感じたのは塾がイノベーティブになろうとしている点なんです。塾は互いにに競争する民間企業ですね。高校や大学などと違って、教育に新しいテクノロジーを取り入れようとしているようですね。
稲田氏:
そうです。ですから、我々は塾とともに教育をイノベートしたいんです。
Tim:
エドテックや教育用の AI に話を進める前に、稲田さんについて少し話をしたいと思います。稲田さんのこれまでをみてみると、よくいる起業家とは生い立ちが違ってらっしゃるようですね。東大を卒業し、エスタブリッシュで尊敬の念を持って見られる三井物産で11年間も働かれた。どうして、三井物産を離れ、スタートアップを創業されたんですか?
稲田氏:
三井物産時代には、ブラジルに5年間赴任しました。私は、三井物産で教育事業を始めたのです。まず三井物産には教育事業が無かったので、日本最大の教育会社であるベネッセとジョイントベンチャーを設立し、ブラジルで教育事業を始めたのです。日本の教育ノウハウを日本からブラジルに持ち込むというものでした。
Tim:
うまくいきましたか?
稲田氏:
残念ながら、財務状況は良くありませんでした。三井物産はこの事業の会社を閉じ、私はブラジルで再び新たな教育事業をスタートさせました。
Tim:
三井物産とですか?
稲田氏:
三井物産とです。実際には、ブラジルのエドテック企業に出資し、私はそこで働いていました。
Tim:
では、三井物産を離れ、atama plus を始められたきっかけは何ですか?
稲田氏:
日本に帰国後、三井物産の社内で教育の新規事業を立ち上げようとしたのですが、大企業の中で教育をイノベートするのは困難で、スピードが遅かったのです。そこで、自分で一から作った方が良いと考えました。
Tim:
私も多くの日本企業と仕事しているので同意しますが、その点について話をしましょう。スタートアップもいれば、本当に大きな企業もいるわけですが、そこで問題になるのは、クリエイティブでイノベーティブなアイデアが無いことではない。素晴らしいアイデアを持った人は多くいるものの、人々が決断しそれに基づいて行動するよう、指揮系統にアイデアを上げることが難しいのです。稲田さんは、三井物産でも同じような体験をされましたか?
稲田氏:
伝統的な大企業で仕事を続けていたら、私には他の大企業で仕事する選択肢は無かったでしょう。しかし、一から作ったスタートアップと比べると、まさにそこから始められるわけですから、それはもっとスピーディーでクリエイティブになると思いました。
Tim:
家族は、大企業を辞めてスタートアップを始めることに協力的でしたか? なぜなら、東大、三井物産と、明確なライフスタイルの道のりを歩いてこられて、そこからスタートアップに参加するというのは極めて大きな変化だからです。多くの人を驚かせたに違いないでしょう。
稲田氏:
はい。驚かせてしまいましたが、私にとっては夢を実現することの方がもっと重要だったのです。
Tim:
ご結婚はされていますか?
稲田氏:
いいえ、独身です。
Tim:
それなら、決断は比較的しやすいですね。
稲田氏:
そうですね、そう思います。共同創業者と atama plus を始めてからは、リスクが大きいとは考えなくなりました。
Tim:
三井物産で11年働いた後、共同創業者とどのように出会ったんですか?
稲田氏:
彼らは大学時代の友人たちです。中国でリクルートの CEO をしていたビジネスで最強の友人、同じ授業で学んだエンジニアリングで最強の友人を呼び寄せました。
Tim:
ということは、東大の同窓会のようなところで出会ったということでしょうか? あるいは、卒業から10年ぶりに連絡を取ったとか?
稲田氏:
事業担当の共同創業者は、大学の頃からいつも新事業を立ち上げることの可能性について、彼と話をしていました。エンジニアリング担当の共同創業者は、非常に多くの時間を費やして説明し、彼に決断してもらいました。
Tim:
それは重要なことだと思います。若いスタートアップ創業者、特にまだ大学に在籍するような20代前半の創業者の多くの人にとって、ネットワーキングしたり共同創業者を見つけたりするのは容易だからです。大企業で働いていて起業したい人の多くは、最大の困難の一つは共同創業者を見つけることだと言います。
稲田氏:
大学にいた頃は、起業の可能性について話をしていたものの、その議論をやめました。私は三井物産が好きで、共同創業者はそれぞれ(在籍していた)リクルートやマイクロソフトが好きでしたが、彼らと再び議論を始めました。
Tim:
つまり、あれから10年経って「ほら、大学の頃に話していたこと覚えてる?」みたいな?
稲田氏:
そうそう、時が来たのです。
Tim:
それで、彼は「そうだね、やろうか」と言った?
稲田氏:
11月に(現在の)COOと話をし、1ヶ月間議論を続け、彼の参加が決まりました。マイクロソフト出身の CTO は、1年間にわたって話を続けました。
Tim:
なるほど。
稲田氏:
CTO となった彼には家族がいて、子供が2人いました。彼に時間が必要だったのは、奥さんから承認を得ることが大変難しかったからです。彼は奥さんを説得する必要がありました。
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Tim:
以前、Disrupting Japan に来ていただいた Sansan の寺田さんも前職は三井物産でした。今では、三井物産出身のスタートアップ創業者は多いんでしょうか?
稲田氏:
いえいえ、そんなことはないです。
Tim:
コミュニティのようなものがあるわけでは?
稲田氏:
三井物産出身の創業者たちがいて、連絡があることは事実ですが、その数はコミュニティと言えるほどではありません。
Tim:
まだ数は少ない?
稲田氏:
そうですね。
Tim:
なるほど。三井物産の同僚の人たちは協力的ですか? 今でも三井物産と仕事していますか?
稲田氏:
定年退職前に三井物産を離れる人は多くありませんが、彼らは大変協力的です。
Tim:
それは素晴らしい。将来スタートアップ創業を考えている大企業で働く人たちにアドバイスをもらえませんか?
稲田氏:
三井物産で仕事していた時、一から新会社を作るのは大変難しいと考えていました。リスクをとる必要があったからですが、今では、もちろん困難ではあるのだけど、さほど大きな困難ではないと理解しています。誰でも挑戦できることだけれども、大企業で働いていた人にとっては一歩踏み出すのが大変なんだと思います。。
Tim:
つまり、人々は実際の大変さよりも、さらに大変だと考えてしまっていると?
稲田氏:
そう思いますね。
Tim:
なるほど。それは、たいていのことに言えますね。人々が心配しすぎている。そのほかにも、大企業と違ってスタートアップで働く際の大きな違いとしては、スタートアップは目の前に今ある問題に集中する傾向があるということでしょう。大企業はあらゆる可能性に対して計画したがる。
稲田氏:
そうですね。特に今はそうです。でも、現在では5年間や3年間を計画することはあまり意味がない。今、問題を解決する必要があるんです。それもまた、私が学んだスタートアップと大企業の大きな違いです。
Tim:
えぇ、私もそうです。計画することは安全だけど、行動することはリスクだと思います。AI について少し話をしましょう。atama+ は AI を使っていますが、どのようなことをしているのですか? 何を分析し、カスタマイズされた学習体験を作り出すために何をしているのでしょう?
稲田氏:
我々の生徒たちは、タブレット内のアプリで勉強をします。そして、そのプログラム、私は生徒たちが何を完全に理解していないことにトライします。ビデオ講義、演習、テストなどで構成される、パーソナライズされたカリキュラムを作るのです。
Tim:
例えば、だいぶ前からあるフラッシュカードタイプの復習支援ツール、そういうものはかなり前からありますが、atama+ は(ユーザによって)異なるビデオを引き出し、生徒毎に完全に新しい講座を作るわけですか?
稲田氏:
そうです。しかし、我々はたくさんのコンテンツを持っています。ビデオ講義、2つのテストなど、多くのコンテンツを作りました。
Tim:
うまくいっていますか?
稲田氏:
我々は生徒たちの点数の改善を図りますが、残念ながら、我々にとってはユーザ観察の方が重要です。生徒たちは塾に通い、我々は生徒たちを集めインタビューをとって、生徒たちがどう感じているか、プロダクトのことをどう思っているかを把握しています。
Tim:
どのようにバランスをとっていますか? というのも、atama+ をはじめとするこの種のプロダクトには、2つの方法がありますね。プログラムとやり取りする生徒たちを観察し、それに基づいて判断する直接的なヒューマンインタラクション。でも、これは人工知能ではなく通常知能です。もう一つはデータを眺め、(生徒たちのプログラムとの)やり取りを眺める人工知能による方法。atama+ では、この2つの方法のバランスをどう取っていますか?
稲田氏:
我々にとっては、両方とも重要です。我々は AI 企業ですが教育をイノベートしたいと考えているので、教育体験を改善する必要があると分かった時には、AI によるものではないものも開発しました。
Tim:
なるほど。教育はこの150年間、イノベーションやディスラプションに最も抵抗してきた分野ですね。基本的にはずっと同じまま。新しいツールを取り入れようとしますが、基本的な構造に変化は無い。先ほど、塾は民間企業で競い合っているから、よりイノベートしようとしているという話をしました。文科省や大学、あるいは、他の学校がこの技術を使うことに興味を示していますか?
稲田氏:
えぇ、多くの学校から連絡をもらっていますが、残念ながら、ほとんどの学校は教育を劇的に変えたいとは思っていません。
<後編へ続く>
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