日本で最も国際色豊かなスタートアップサマースクールは、いかにして作られたのか?【ゲスト寄稿】

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スシ・スズキ氏

本稿は、京都スタートアップサマースクールの設立者でリードオーガナイザーを務める、スシ・スズキ氏による寄稿を翻訳したものだ。寄稿された原文は、THE BRIDGE 英語版に掲載している。

スズキ氏は、京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab の准教授で、デザイン思考、イノベーション、 アントレプレナーシップを教えている。また、スタンフォード大学で始まり世界的に拡大した9ヶ月のイノベーションプログラム「ME310 / SUGAR」を担当している。

スズキ氏は以前、École des Ponts ParisTech(フランス国立土木学校)でデザインイノベーションを教えつつ Paris Est d.school を共同設立、スタンフォード大学で「ME310」のエグゼクティブディレクターを務めた。また、パナソニックヨーロッパのイノベーションチームを立ち上げ、アンティークの着物やアクセサリーをオンラインで取り扱う日本のスタートアップ「i-kimono.com」の共同創設メンバーの一人でもある。

スズキ氏は京都で生まれ、その後、アメリカで15年以上、ヨーロッパで5年以上を過ごし、60カ国以上を旅行した。スタンフォード大学で機械工学の修士号、ライス大学で機械工学とスタジオアーツの学士号を取得。


京都スタートアップサマースクールは、京都工芸繊維大学の KYOTO Design Lab(D-Lab)が開催する、2週間の起業家プログラムである。すべて英語で行われるこのプログラムでは、世界中から60人以上の参加者、ワークショップのファシリテーター、講師が一堂に会する。

なぜスタートアップのサマースクールなのか?

京都サマースタートアップスクールの1シーン
Image credit: Sushi Suzuki

2014年当時、パーソナルなショッピングアシスタント用途のセマンティックな製品検索エンジンを作っていた Yocondo というドイツのスタートアップで、私は失業保険を受けつつ働いていた。チームは4人の素晴らしいエンジニアと、機械工学およびデザインシンキングの経歴を持つコンセプトデベロッパーの私だった。自己資金で何もないところから始め、私たちだけの技術と人々に役立つ製品を作ろうと頑張った。製品はどんどん向上していったが、起爆剤となるような使用例や、資金調達のための投資家との出会いを得ることはできなかった。幾人かのメンバーの失業手当が尽きると、チームは解散した。スタートアップの墓場に、変な名前の会社がまた1つ増えたということだ。

この経験の中で、私は2つの世界的なスタートアップのイベント、ダブリンの Web Summit とヘルシンキの Slush に参加することができた。私たちは投資家とコネを作りメディアの注目を集めようとしたが、すぐに自分たちはスタートアップの世界について知らないことが多すぎるということに気づいた。エンジニアやデザイナーが持つ勘違いは「良いものを作ればユーザはついて来る」というものだ。私たちはスタートアップについての本や記事を読んではいたが、本当の意味で分かってはいなかった。もの作りが上手いからといって、必ずしも良い起業家というわけではないということに、私は気づいた。

起業家精神やスタートアップという言葉は現在世界中で流行っており、会社を作りたいと考える若者は増えている。しかしながら、多くの大学で学べることよりも、はるかに多くのことを学ぶ必要がある。エンジニアリング、デザイン、ビジネスの学校に通うことで学べるのは、全体のほんの一部だ。そこで、起業について包括的概観を学ぶ京都スタートアップサマースクール(KS3)が作られた。

京都スタートアップサマースクールはどう組み立てられているのか?

ワークショップで議論する参加者
Image credit: Sushi Suzuki

世の中にはリーンローンチパッドをモデルにした多くの起業プログラムやコースがある。1日目に参加者はアイデアをまとめ、チームを組む。数週間から数か月の継続的なユーザインタビュー、メンタリングセッション、そしてピッチの後で、最終的にチームはしっかりしたプロダクト・マーケット・フィットのアイデアを生み出すというものだ。KS3は意図的にこのモデルを避け、起業家が会社を設立する前に知っておくべき幅広い内容に、より注力している。異なった長さのモジュールで編成されており、実際に活動している起業家やプロフェッショナル、大学の講師に教えてもらう。

KS3 の核心は、複数日の2回のデザインシンキングとリーンスタートアップのワークショップだ。デザインシンキングのモジュールは、イノベーション、協力的、ユーザ中心、速やかな試作を通じた実験的思考といったマインドセットに注力する。過去2年間、私たちは幸運なことにスタンフォード大学 d.school の講師 Anja Nabergoj 氏に教えてもらっている。リーンスタートアップのモジュールは、ごく小規模な実験を通じてアイデアを向上させていき、プロダクト・マーケット・フィットな良い製品を作るようにするものである。顧客が何を求めているのかを間違って捉え、良くない製品を作る起業家が非常に多いが、デザインシンキングとリーンスタートアップはこれを防ぐことができる。

2回の大きなワークショップの後、小さめの講義やワークショップも多数ある。これらのモジュールには、500 Startups Japan のトップによる投資家と起業家の関係、Kickstarter のデザインとテクノロジーのトップによるクラウドファンディング、Plug and Play Center Japan のマネージングディレクターによる「アクセラレータとの協力の仕方」といった内容のセッションが含まれることもある。2018年から人気があるセッションはスタートアップの企業文化に焦点を当てたもので、この分野で博士号を取った研究者によるものだ。私は Slush Tokyo のピッチコーチであった経験を活かして、スタートアップのピッチについてのセッションを教えている。

地元起業家とのミートアップ
Image credit: Sushi Suzuki

小さめのワークショップでは、Arduino を使ったメカトロニクスプロトタイピングのように、より技術をベースにしたトピックの紹介、ソフトウェア開発や CAD の紹介、マーケティングのためのストーリーテリングというようなことに注力している。これらのモジュールの目的は、参加者を何かの分野のエキスパートにすることではなく、スタートアップを立ち上げる上で重要な、さまざまな分野に通ずる根本的な知識を提供することだ。しっかりした紹介を経ることで、参加者はここで得たことを起業に取り入れる際に、成功するためには何を学ぶべきなのか分かるようになる。

その他にも、2週間を通じて、地元の起業家とのミートアップ、地域のスタートアップ訪問、朝のヨガや瞑想セッションといった楽しいイベントが多数ある。KS3 はスタートアップウィークエンドの54時間で終了し、そこで参加者は起業に向けた準備をし、学んだすべてのことを当てはめることができる。このセッションは SW Kyoto community が共催するもので、地元のメンバーも参加する。

京都スタートアップサマースクールに参加するのはどういった人か?

KS3 は2016年に2日間のベータテストとして、4つの講座と12名の参加者で始まった。プログラムに関する広告は1か月前からしか行っていなかったので、参加者の多くは地元の人間だった。2017年、プログラムを2週間に拡大させ、世界中に向けて広告を出した。私はこう考えていた。「起業についての2週間のプログラムのために、本当に日本に来る人がいるだろうか?」果たして、その年は51の国々から199件の申し込みがあり、その中から35名を私たちは選んだ。そして本当に世界中から人々はやって来た。2018年も同様に盛況だった。ブラジル、チリ、エジプトといった日本から遠く離れた場所から来た参加者もいた。イラクからも希望者がいたが、ビザを取ることができなかった。

一方で、日本の学生からの申し込みは多くはない。申し込みのうち40~50%は日本人になるのではないかと考えていたが、過去2年間は3~5%だった。言語的障壁のため多くの人が敬遠するとは分かっていたが、日本にはあまりサマースクール文化がないということに私たちは気づき始めた。さらに多くの日本人参加者を集めることが、間違いなく将来に向けた課題である。

KS3 にこれまで参加した人の出身地は世界中に
Image credit: Sushi Suzuki

2018年にはプログラムの最初の1週間を、企業参加者にも開放した。デザインシンキングとリーンスタートアップの2つの中核的なワークショップは、企業や社員が新たな製品、サービス、ビジネスを開発しようとする際に実際に適用できるものだ。複数の企業が社員を送って来てこれらの方法論でトレーニングを受けさせており、私たちも将来的にこれを拡大させたいと考えている。

KS3 を運営していて最も大きな喜びの1つは、毎年築くことができているコミュニティだ。毎年全参加者で Facebook グループを作り、サマースクールの後も多くの参加者の交流が続いている。多くの人々はスタートアップの潮流がまだ初期段階の国々から来ており、世界中の志を同じくする情熱的な人々と繋がりを持つことは励みになる。また、ポジティブな意見も建設的な意見も両方とも、多くのフィードバックを受け取っている。KS3 のすべての面で改善を続けており、今年参加する人々に会えることを心待ちにしている。

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