欧州フィンテックの新潮流「チャレンジャー・バンク」とオープン・バンキング規制改革「PSD2」を紐解く

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Photo by slon_dot_pics on Pexels.com

Revolut」が5億ドルを調達、「Monzo」が1億5000万ドル、「N26」は3億ドル、「Starling bank」2億ドル。以上は2019年内に報じられた、欧州発のデジタル銀行スタートアップによる資金調達(※または調達見込み)です。上記企業らは全てローンチからわずか5年以下で、凄まじい勢いで成長する「チャレンジャー・バンク」と呼ばれる新しい銀行ビジネスです。

「チャレンジャー・バンク」とは何なのでしょうか。初めて聞くという人も多いと思います。そこで本記事では、チャレンジャー・バンクと呼ばれる新興スタートアップらの概要・動向を紹介します。またそれを軸に、欧州のオープン・バンキングの歴史・最前線の現況についても解説します。

日本でも最近、オンライン・バンキングや銀行APIの制度化が叫ばれており、欧州の先行事例は、国内の業界関係者は必ず知っておくべき内容でしょう。

チャレンジャー・バンクとは

さて、第一にチャレンジャー・バンクとは何でしょうか。チャレンジャー・バンクとは欧州を中心に台頭する、銀行免許を保持したデジタル銀行スタートアップのことを指します。欧州の銀行ライセンス取得の簡易化・銀行APIの解放、すなわち「オープン・バンキング」というコンセプトを基に急成長した巨大フィンテック企業のことを指します。

起源としては、2008年の金融危機に関連して、2010年以降より英国政府が国内の主要大手銀行の寡占状態に終止符を打とうと、新規参入者へ銀行免許の付与を開始したことが始まりです。そのため今でも、英国発のチャレンジャー・バンクらが欧州市場をリードしている状況です。

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Image Credit : Challenger Banks in Europe. 2019 Overview

チャレンジャー・バンクのサービスをより具体的に噛み砕くと、銀行免許を所持し、かつスマホ・アプリから手軽に口座開設・入出金・送金・両替(外貨・暗号通貨対応)融資・資産運用・保険など、ほぼ全ジャンルの金融サービスを利用できるモバイルバンキング・ビジネスを指します。

端的に言い換えれば、金融機関の業務の中でも個人や中小企業などの顧客を対象とした小口の業務を行う「リテール業務」を全てスマホアプリに移行したものだと捉えることができ、それに加えてVisaやMasterなどの国際ブランドと連携することでオンライン・実店舗での決済用カードの提供まで行なっています。

これらのアプリは、欧州圏の銀行が提供するリテールサービスが元々利用しづらかったこともあり、デジタル・サービスの利用に抵抗の少ない若者やテッキー(テクノロジーに長けている人)を中心に急拡大していきました。

少し事例を紹介すると、イギリス発の「Revolut」や「Monzo」、ドイツ発の「N26」は中でも特に有名で、各社とも既にユニコーン企業となっており、現在では欧州市圏外にも目を向けています。Revolutは日本市場参入を決定し、N26はすでに米国市場でサービスを展開しています。

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Image Credit : 14 Hottest Digital-First Challenger Banks by Country in Europe

その他にも欧州各地からチャレンジャー・バンクが登場し、現在では既存のオフライン銀行を圧倒する大きなムーブメントとなっています。その勢いは海外にまで波及し、今や米国や南アメリカにも、各地域から急成長するチャレンジャー・バンクビジネスが登場しています。

<参考記事>

ただし、欧州のチャレンジャー・バンクの成長の土壌となったのは、何も各国が銀行免許の認可数を増加させたからというだけではありません。近年、銀行免許を取得したオンライン銀行らの後押しをするように、銀行APIの解放とその標準化といった、新たな規制改革が欧州全体で行われています。

欧州のオープン・バンキング規制改革「PSD2(Payment Service Directive 2)」

PSD2(決済サービス指令2)という法制度をご存知でしょうか。PSD2は、欧州が世界に先駆けてオープン・バンキングを推進するため、そしてセキュリティ・市場競争・消費者保護などの向上を目指し、2016年にEEA(欧州経済領域)各国に向け発行された法的枠組みです。

※EEA=欧州28ヶ国に加え、ノルウェー・アイルランド・リヒテンシュタインの3カ国を加えた地域共同体で、人・物・金・サービスの移動の自由を促すことを目的とする。

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青・緑の地域がEEA加盟国 Image Credit : Wikipedia

2018年にはメンバー各国がPSD2に準拠する形で各々で法整備を整え、その後各銀行によりAPI解放が実施されました。ちなみに同制度は、2007年に誕生した欧州内の決済標準化を推進するための枠組み「PSD」のバージョン2に当たります。

PSD2の施行によって、欧州の各銀行のAPI解放と、フィンテック事業者との接続が義務化され、各国規制当局に認可を受けた事業者らは顧客の同意の下、リクエストに応じて銀行から顧客データを自由に取得したり、決済処理を行えるようになりました。

具体的には、PSD2でAISP(Account Information Service Provider)とPISP(Payment Initiation Service Provider)という2つの免許があります。前者AISP事業者は、ユーザーの口座情報を取得する権限を持ち、後者PISP事業者は、銀行の資金移動APIを活用する権限を持つため、ユーザーに対し決済サービスを直接提供することができます。

※参考:英国のPSD2取得企業リスト

これらを日本の改正銀行法と比べると、以下の図のようになります。日本の場合は銀行のAPI解放が努力義務に止まり、かつフィンテック事業者は各行と個別契約を結ばなくてはならないなど、力強さに欠ける印象があります。

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Image Credit : インフキュリオン

話をPSD2に戻すと、前者AISP業者は、資産マネジメントや家計簿アプリなどをイメージすると分かり易く、後者PISP業者は、ECや送金など、決済全般に関わるサービスを提供するアプリを思い浮かべると良いでしょう。ちなみに両方のライセンスを有し、活用しているサービスも沢山存在しています。

事実、同枠組みの施行によって、欧州チャレンジャー・バンクの顧客数増加にさらに拍車がかかっています。というのも、PSD2によって同企業らがオンライン・バンキングサービスを構築することが非常に簡単になったからです。また、PSD2を活用して成長した便利な金融サービスがチャレンジャー・バンクのアプリへと組み込まれるなど、様々な面でプラスの効果を生んでいます。

さらに「Solaris Bank」などの、部分的にバンキング・サービスを運営するテック企業向けに、PSD2による銀行APIを活用したインフラサービスを提供するビジネスモデルも登場しています。このようなモデルは「Banking as a Service」と呼ばれ、チャレンジャー・バンクと肩を並べ勢いを増す、フィンテックの潮流の一つです。

<参考記事>

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Image Credit : Pixabay

欧州フィンテックを知る意義と、さらなるデジタル化

日本のフィンテック業界の起業家・投資家のリサーチ対象といえば、米国のシリコンバレーや大手銀行のデジタル化もそうですが、今は絶対的に「Ant Financial(螞蟻金融)」や「Tencent(騰訊)」が牽引する中国のフィンテック・エコシステムだと思います。

<参考記事>

ですが、欧州の動向も決して無視できるものではなく、むしろ日本人としては注視すべきだと思います。なぜなら国内の規制改革の動向を見るに、日本の銀行法は英国・欧州の改革を大いに参考にしているからです。その他の国に比べると、より似た規制制度を持ち、かつ少し先行する欧州のエコシステムから学べることは、決して少なくありません。

銀行法がさらにPSD2に類似していき、オープン・バンキングが進行すると考えると、現在の欧州のトレンドに追随する形で、日本国内からもチャレンジャー・バンクやBanking as a Serviceに類似したビジネスモデルのスタートアップが登場してくると予想できます。

そしてこうした視点を取っ払ったとしても、欧州のフィンテックの今後には大いに興味を惹かれます。というのも欧州連合、及びその周辺地域におけるPSD2や、その他の決済インフラの標準化政策は、世界でも前例のない超国家的な金融システムの構築を意味するためです。これは地球規模で考えて、地域・経済・通貨統合を検討する地域にとっての先行事例として、価値ある取り組みだと思います。

聞けば先日、ECB(欧州中央銀行)がステーブルコイン発行に向けた内部検討に着手したといいます。中国のデジタル通貨計画(DCEP)は、単一国家の法定通貨によるデジタル・マネーに過ぎませんが、ユーロ版ステーブルコインの場合は、ユーロが既に国家共同体による共通通貨であるため、アフリカ諸国などが検討する通貨統合と、そのデジタル化の先行事例にもなり得ます。

欧州連合を一つの国家だと捉えると、そのGDPは18兆ドルと、アメリカを超えて世界で2番目の規模になると言われています。英国の離脱問題やドイツ銀行の破綻危機などネガティブなニュースも絶えませんが、今後もグローバルな経済を牽引する存在としての役割は変わらないでしょう。

話が若干それてしまいましたが、最初はチャレンジャー・バンクというホットな切り口から、最後は出来るだけ視点を広げる形で欧州のフィンテック概況を解説しました。日本がさらなるオープン・バンキング改革を実施し、チャレンジャー・バンクやBanking as a Serviceなどのサービスが台頭する日は必ず来ると思います。そのために、いま現在で既存銀行やフィンテック事業者らにどんな対策ができるのかが問われています。

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