大丸松坂屋百貨店ファッションサブスク「AnotherADdress」の挑戦、成功の鍵は“社内起業”にあり

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写真左から:日立物流サプライチェーン・ソリューション2部 寺島和歩氏、スマートロジスティクス推進部 花輪直之氏、大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端竜也氏

本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業同士のケーススタディをお届けします。

大手企業による新規事業の立ち上げは社内・買収・オープンイノベーション(共創)が主な手法です。中でも難しいと言われてきたのが社内人材による新規事業で、例えば本業を覆すような取り組みは長らく「イノベーションのジレンマ」として多くの経営者・新規事業担当者の頭を悩ませてきました。自社を否定する事業を中から生み出すことは難しく、革新的なアイデアを社外と共に作る「オープンイノベーション・共創」が加速した背景もここにあります。

一方、この10年で社内新規事業の作り方も解像度が上がり、社内に「もうひとつの事業体」を作る社内起業の方法も徐々にですがアップデートが進んでいるようです。今回、取り上げる大丸松坂屋百貨店「AnotherADdress」もそのひとつで、立ち上げにおいて物流面をサポートした日立物流との連携を含めて、大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者 田端竜也氏(写真右)と、日立物流 スマートロジスティクス推進部 花輪直之氏(写真中央)、サプライチェーン・ソリューション2部 寺島和歩氏(写真左)にお話を伺いました。

新品かレンタルか、百貨店のジレンマ

大丸松坂屋百貨店が新たに立ち上げたサービス、それがファッションレンタル「AnotherADdress」です。ユーザーは50の国内外ハイブランドから自分でファッションを選ぶことができるのが特徴で、1カ月で3着利用できて料金は11,880円。価格帯は4万円から20万円台のものが取り揃えられており、到着後の交換も可能です。往復送料やクリーニング代金も月額料金に含まれていて、ブランドはメゾン・マルジェラやMARNI、シーバイクロエなど女性中心のサービスとなっています。

ファッションのサブスクリプション・レンタルは特に目新しいサービスではありません。国内でこの分野の草分けとなった「airCloset」の開始は2014年で、その後もアパレルメーカーやスタートアップが主導したサービスなどがいくつか立ち上がっています。

しかしこれまで百貨店にとって、このレンタルというモデルを採用するのにはハードルが高かったそうです。当然ですが、小売やブランドとしては新品を消費者に届けることがこれまでの商流の中心でした。

特にハイブランドは2次流通を嫌います。価格の安さや中古品の流通はブランド価値を毀損するからです。つまり、ハイブランドと長らく手を取り合ってきた百貨店がレンタル事業を立ち上げるというのはまさに「ジレンマ」に当たるわけです。

一方、世の中は持続可能な社会を求めるようになりました。所有から共有へと消費スタイルが変化しつつある中、ジレンマに対峙するタイミングを誤れば、次にやってくる大きな波に乗ることはできません。この事業を立ち上げた大丸松坂屋百貨店 AnotherADdress事業責任者、田端竜也さんは数十年前、百貨店業界が「ECでファッションを売れるはずがない」と否定した結果が今にあると振り返ります。

「まず今回の取り組みは百貨店業界だけでなく、アパレル業界やクリーニング業界にとって長年のしがらみを超える取り組みとなったことから、非常に大きな反響を社内外でもらっています。初月の会員目標は立ち上げ3日で達成し、新たな取り組みの依頼も舞い込むようになりました。

服は使い捨てではないという信念のもと、ファッションの本質的な価値やサスティナブルな取り組みを重視し、社会や環境にとって持続性の高いビジネスモデルへ転換することを目指すサービスとして立ち上げました。大丸松坂屋百貨店にとって本事業は、これまでの百貨店の構造からの転換と、持続的な未来を実現するための新たな挑戦の第一歩なのです」(田端さん)。

社内にもうひとつの「社内」を作る

AnotherADdressの立ち上げは社内ベンチャー型で実施されました。田端さんは大丸松坂屋百貨店にて長年、新規事業への取り組みを実施してきた経験から課題感をこのように振り返ります。

「大手の新規事業開発における課題はいくつかあります。例えば企画と実行を分離することによる立ち上げ熱量の喪失、部門横断型のPJT形式による事業責任の不明確さと意思決定に伴う膨大な社内調整作業などがそれです。

結果、新規事業に必要なスピード感を欠如するなど、長年新規事業に携わる中で課題を感じてきました。特にここ最近は、オープンイノベーションの文脈で、多くのベンチャー企業と接する中で非常に致命的であると再認識していました」(田端さん)。

田端さんのお話をお聞きし、今回の取り組みには経営トップ層がしっかりとこの事業にコミットしていること、それと田端さんという社内人材が企画から実行まで一貫して責任を請け負っている点が特徴であると感じました。

子会社として切り出すまではしなかったそうですが、内部統制については本体とは全く別のものにしてあるそうで、例えば商品管理については大丸松坂屋百貨店が管理するPOSを使わず、会計についても一般的なクラウド会計サービスを採用するなど、完全に独立したものを部門として用意したそうです。

「今回は私が事業の企画・構想そして立ち上げ、今後の運用まで一貫して担当してきました。社内ベンチャー型で会社には本事業への出資者に近い立ち位置で接してもらい、お金からシステムに至るまで切り離して、権限と責任を明確にして社内調整を排除しました。これにより数々の意思決定の際にスピード感を持って事業立ち上げに当たることができました」(田端さん)。

予算については事業計画に基づいて通常の会社の資本金にあたる予算が立てられ、数年後の主要なKPIをモニタリングすることで継続や撤退などの意思決定が設定されているというお話です。経営者として成長に合わせた増資や資本政策に不必要な時間を取られないのは社内ベンチャー型のメリットのひとつです。

物流をどうする

経営層がコミットし、社内に別の統制を作ることでこれまでの商習慣を大きく変える可能性のある事業を立ち上げることに成功したのが「AnotherADdress」です。

一方、同じくファッションを扱う事業でありながら、サプライチェーンについてはこれまでのノウハウとは異なるものを用意しなければなりません。田端さんはここでスピード感を保つため、共創の仕組みを活用することにします。

「事業を立ち上げるにあたり、1年ほど前倉庫運営をどうするか悩んでいました。そんな折、KDDI ∞ Laboで同じく事業共創パートナーとなっていた日立物流さんを紹介いただきました。日立物流さん側も今後シェアリングや、ベンチャー型の事業立ち上げニーズが高まることを想定し、新規事業としてRFIDを活用したシェアリング対応のWMSの立ち上げを企画されていたんです。

話し合いの結果、外部連携1号案件として、双方の思惑が一致して今回の連携が実現しました。多少の横領域で土地勘があるもののゼロからのスタートだったこともあり、仕様のすり合わせには多大なコミュニケーションを要しましたが、健全に前を向いて進めることができたと感じています」(田端さん)。

日立物流が提供したのはレンタル・サブスク事業者向けのRFID個品管理サービス「レコビス」でした。所有から利用へと消費スタイルが移る中、サプライチェーン側としてレンタル事業運営に必要な貸出予約機能や製品1品ごとの個品管理、クリーニングなどの物流機能をワンストップで提供するものです。

今回の取り組みでは、ハイブランド・ファッションという繊細なアイテムの取り扱いがハードルになったようです。

「ファッションサブスクという消費者様に衣料を貸し出すビジネスモデルですので、貸出頻度・使用による商品の状態変化を1点1点管理する必要がありました。一方、物流としては管理レベルが細かければ細かいだけ煩雑となる訳ですが、煩雑な運用を如何に効率的に品質高く行えるか、運用そしてシステムを含めた仕組みづくりが大きなハードルでした。

両社初の試みでしたので、運用を検討する中で、大丸松坂屋百貨店様がお持ちのサブスク運営に関するノウハウと、弊社の物流運営に関するノウハウを持ち寄り、真剣に議論を重ねることで、サービスを作り上げることができたと思っています」(寺島さん・花輪さん)。

大手には優秀な人材やアセットが豊富に揃っている一方、新しい取り組みについては必ず本流との間になんらかのジレンマが発生します。また、大きな流れに沿った内部統制の仕組みは小さく生み出すモデルには不釣り合いです。そういう意味で大丸松坂屋百貨店の事例は、自社の持つアセットを有効に活用しつつ動きやすいビークルを作った例と言えます。

「完全に顧客・システム・お金(会計管理)を切り離した形で事業をベンチャー型で立ち上げるのは会社にとって初めての取り組みであり、まずは立ち上げに成功したことで、会社にとっても一つの大きなモデルを示すことができたと考えています。

今後、こういった事業立ち上げをどんどんやっていこうという社内気運になっていることも非常に大きいです。一方で事業は立ち上げたばかり、色々な課題が今後出てくることが見える中で、スピード感をもってグロースハックしていけるかが最大の課題であり、挑戦だと思っています」(田端さん)。

編集部では引き続き、大手企業の新しい事業への取り組みをお伝えしていきます。

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