テレビ東京コミュニケーションズとSpotify、両社のタッグで見出すポッドキャストビジネスの未来とは

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本稿はKDDIが運営するサイト「MUGENLABO Magazine」掲載された記事からの転載

課題とチャンスのコーナーでは、毎回、コラボレーションした企業同士のケーススタディをお届けします。

かつて放送業界は、受信機によって市場が完全に分かれていました。そして、テレビやラジオで目や耳にした話題は、全国の職場や学校で格好のネタになっていたものです。今では、テレビ局が OTT(インターネット配信系サービス)に進出したり、ラジオ局が映像配信を手掛けてみたり、もはやメディアミックスやクロスメディアという範疇を超えて、さまざまな形で我々の日常に入り込んでくるようになりました。

これは、さまざまな下剋上が生み出される好機とも言えます。コンテンツや体験を届ける手段に制約がなくなりつつある中で、地方の小さなラジオ局が全国にファンを持つライブ番組を制作したり、OTT が地上波のゴールデンタイムを凌駕するドラマシリーズを生み出したりするようになり、ビジネスモデルやオーディエンスのターゲティングもこれまでと違ってきます。時はまさに、放送・エンタメ業界の第二創成期と見ることができるでしょう。

テレ東コミュニケーションズは、テレビ東京グループのデジタル事業を担う戦略会社です。今年4月、「ウラトウ」という音声コンテンツレーベルをスタートさせました。グループ内に既に全国ネット地上波・衛星波・OTT と、映像放送・配信というリッチメディアのフルラインナップを持ちながら、映像の無い音声コンテンツの分野に進出してきたことで注目を集めました。業界のエポックメイキング的なこの動きに、オーディオストリーミング世界最大手の Spotify は配信プラットフォームの提供という形で参加しました。

両社がどうして手を組んだのか、そして、期待する未来展望などについて、テレビ東京コミュニケーションズでウラトウのプロデューサーを務める井上陽介さんと、スポティファイジャパンでテレ東コミュニケーションズとの事業共創を含めた音声コンテンツの事業戦略を担当する西ちえこさんに話を聞きました。

テレビ東京グループが音声配信を始めた理由

ポッドキャスト番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision』

テレビ東京コミュニケーションズの井上さんによれば、テレビ東京グループにとって、配信分野の事業拡大は、かねてから喫緊のテーマに上がっているそうです。そんな中、地上波でドキュメンタリー番組兼グルメ番組として人気の高い「ハイパーハードボイルドグルメリポート」の企画演出を担当する上出遼平さんから井上さんに、ポッドキャスト立ち上げの提案がありました。

日々、動画配信に関する試行錯誤が生まれる中、上出ディレクターから、〝映像を捨てた〟音声コンテンツの構想を聞き、新鮮に感じました。デジタル音声広告の市場もこれから育っていくのではという期待感もあり、テレビや動画の「画面」の外にいるユーザーに向けたコミュニケーションとして事業をスタートさせました。(テレビ東京コミュニケーションズ 井上さん)

「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は、「食べる=生きる」をコンセプトに、ギャング・兵士・難民・出所者・貧困層などの世界各地の危険な場所・危険な仕事をして生きる人物のもとへディレクターが赴いて密着取材を行う番組です。テレビ番組では、彼らがどんな食事をして生きているかを伝えていますが、ポッドキャストでは、ディレクターが食事を共にしながらインタビューします。

ポッドキャストの浸透は、ライフスタイルの違いなどから、欧米に比べ日本は少し出遅れた感はあります。しかし、今年に入って、Voicy や Radiotalk など音声系スタートアップの台頭、冷めることのない Clubhouse 人気、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」の資金調達など、音声メディアや音声 SNS は、これまでに無かった盛り上がりを見せています。

ただ、地上波放送や OTT と違って、ポッドキャストにはまだマネタイズができそうな明確なビジネスモデルは存在しません。放送局にとって、この分野へ先陣を切って挑むのは企業にとっては投資であり、他方、制作者の眼には、放送のような時間尺や内容に制約のない、全く真っ白なところからデザインできる魅力的なキャンバスと映るのかもしれません。

ストリーミングの雄Spotifyが、放送局と組んだ理由

2021年6月に実施したSpotifyポッドキャスト戦略記者説明会のスライド

Spotify の名前を聞くと、音楽のストリーミング配信を連想します。確かに、2008年10月のサービス開始以来、長きにわたって Spotify は音楽のストリーミング配信に特化してきましたが、ポッドキャスト配信ツールの Anchor、それにポッドキャスト制作の Gimlet Media や Parcast を買収した2019年あたりから、ポッドキャスト配信に力を入れ始めました。

ポッドキャスト自体はマネタイズの方法を持っていなかった中で、Spotify はいち早くデジタル音声広告の可能性に着目しました。日本でも先月、スタートアップのオトナルが国内初となるポッドキャスト向けのデジタル音声広告のアドネットワーク(オトナル)を立ち上げるなど、ビジネスとしてポッドキャストに取り組むことができる素地が徐々に整ってきたように思います。

そんな中、Spotify が「ウラトウ」の展開でテレビ東京コミュニケーションズと組むことになったのは例外ではありません。これもまた、ポッドキャストを積極的に事業の柱にしていこうとする Spotify の世界戦略の一つであり、良質なコンテンツ供給の素地をさまざまな事業者と取り組んで作っていこうとする動きと捉えることができます。

昨年の秋に、テレビ東京が音声コンテンツを作っているとの情報をキャッチし、テレビ局が映像を使わずどんなことを実現しようとしているのか知りたくて、コンタクトをとり詳細をヒアリングしました。直接お話しをしたら、音声でしかできないストーリーテリングを、とても真剣に考えていることが伝わってきたので、ぜひご一緒したいと思いました。

Spotifyは、さまざまな分野のクリエイターと連携し、オリジナルのポッドキャスト番組を展開してきました。常に新しいパートナーとの次なる連携を模索している中で、映像が専門領域であるテレビ局と連携することで、音声コンテンツの表現の可能性の幅を広げる新しいチャレンジができるのではないかと考えました。(スポティファイジャパン 西さん)

折しも Spotify は先月末、世界各国で展開しているポッドキャストクリエイター育成プログラム「Sound Up」の日本上陸を発表しました。このプログラムは、応募者の中から選抜された10名のクリエイターに、ポッドキャスト番組に必要な機材の提供に加え、企画・制作・配信のためのトレーニングといった人的支援を行い、良質なコンテンツの発掘につなげるというものです。

放送業界には、構成作家、演出家、ディレクター、芸能人など、ポッドキャストのクリエイター候補になりそうな人材が多く存在します。彼らにポッドキャストの可能性を訴求し、彼らの創り出すポッドキャストからオーディエンスが増えれば、需要と供給の上向きのスパイラルが生まれるかもしれません。テレ東コミュニケーションズとの事例を試金石として、放送各社への横展開も可能でしょう。

共創を通じて得られたもの

プロジェクトが始まってまだ数ヶ月ですが、テレビ東京コミュニケーションズと Spotify の両社はすでに、この共創を通じて得られた成果は、当初の想定以上だったと評価しています。

ローンチしてまだ日も浅いですが、コンテンツについて SNS でリスナーの方から様々な反応をいただいたり、聴取データからも離脱率が低く、聴取時間が長い傾向があり、好評いただいているとわかりました。社外からも問い合わせをいただき、これから事業をどう展開していくべきかの気づきを得られました。またチームの中でぼんやりとイメージしていた「テレビ局ならではの音声コンテンツ」というものも言語化/具体化できつつあると感じています。(テレビ東京コミュニケーションズ 井上さん)

パートナーシップを発表した後の反応は、これまでとは別次元のものでした。「まさかテレビと組むとは」と驚きをもってコメントを送ってくださる方が多く、またさまざまな分野の方々からコンテンツ制作に関連するアプローチを直接受けることも増えました。既存IPのプロモーションとしてポッドキャストを活用することのみならず、表現方法の一つとして新たな「作品」を生み出すことを考えていただける、一種の起爆剤になったのではないかと実感しています。(スポティファイジャパン 西さん)

ポッドキャストを届けているオーディエンスからの反応だけでなく、両社共に、これまでに無かった取り合わせについて社内からも評価が高かったことを強調していました。一人のオーディエンスとしては、今回のテレビ東京コミュニケーションズと Spotify の取り組みに刺激を受けた放送業界から、バラエティに富んだポッドキャストが多数生まれてくることを願わずにはいられません。

編集部では引き続き国内の共創事例をお届けいたします。

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